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令和のダンジョンを、昭和の魂(メロディ)でブチ抜く 〜MusicMasterの英雄譚〜  作者: 渡部安恵


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12/17

閑話 江戸川の『掃除屋』・鏡の向こうの『攻略者』

 昼下がりの「お食事処まきむら」。

 夜の営業に向けて、仕込みの包丁の音が心地よく響く店内で、アルバイトの麻生香澄あそうかすみは休憩がてらスマホを覗き込み、思わず声を上げた。


「ちょっと! 大将、女将さん! 陽葵ちゃんたちのライブ配信、とんでもないことになってますよ!」


 その声に、厨房で巨大な寸胴を回していた主の秀之ひでゆきと、小鉢を並べていた妻の結衣ゆいが顔を出す。


「なんだなんだ、また陽葵ひまりが律の指示を無視して暴走したのか?」

「あの子も学習しないわね」

「違うんです! 今、三層に突入していて……これ、見てください!」


 香澄が差し出したスマホの画面には、魔素ノイズを突き破り、ネオンブルーの光を引いて「滑走」する陽葵の姿が映し出されていた。


「……おいおい、嘘だろ。三層のメタセコイア・エリアをあんな速度で?」


 元探索者である秀之の目が鋭くなる。彼が知る三層は、足元の苔に絡め取られ、空中の虫どもに削られながらじりじりと進む「泥沼」のはずだった。だが、画面の中の陽葵は物理法則をあざ笑うように、最短距離を直線で駆け抜けていく。


「陽葵カッコいいわねぇ! でもあの背中の火花、大丈夫なの?」

「女将さん、あれ火花じゃなくて魔素の排気ですよ! 多分……。あ、律くん――」


 その瞬間、激しい魔素の奔流に耐えかねたように、スマホの画面が激しく明滅し、完全にブラックアウトした。

【配信が切断されました】という無機質なエラーメッセージ。


「あら、流石に三層のノイズじゃ宗治むねはるさんたちが改造したドローンでも無理なのね」

「二人とも、大丈夫なんでしょうか!?」


 結衣が困ったように眉を下げ、香澄がパニックになるが、秀之だけはフッと鼻で笑った。


「心配いらねえよ。ここからが本番だ」


直後、スマホのスピーカーが爆発したかと思うほどの音圧で、哀愁漂うシンセサイザーの旋律が鳴り響き、映像が鮮烈に復帰する。


「……この曲。聞いたことないけど、妙に耳に残るメロディね」


 結衣が不思議そうに首を傾げる。秀之の世代ですらリアルタイムではない、半世紀近く昔の旋律。しかし、秀之は曲名などどうでもよかった。画面の一点に釘付けになり、包丁を持つ手に力がこもる。


「……バカな。律の野郎、あの荒れ狂う魔素の中で、陽葵のスキルと自分の流してる魔法を『音のピッチ』だけで無理やり共鳴シンクロさせてやがるのか。最新のデジタルデバイスはノイズを『排除』しようとして弾かれてバグる。だが、あいつのアナログ機械は、魔素の乱れを全部エレキの『歪み(ディストーション)』として演奏に取り込んじまってる。真空管や磁気テープのノイズすら『味』にする、あの古びたシステムだからこそできる芸当だ。普通なら、魔力の波形がぶつかり合って魔法が霧散するか自爆するのがオチだぞ!」


 配信画面では、陽葵がボスの『刃の枝垂柳』の懐へと飛び込んでいく。

 画面を埋め尽くす殺意の弾幕。一般視聴者である香澄は「きゃあ、危ない!」と目を覆うが、秀之は見た。陽葵が、来るはずのない死角からの攻撃を、首を傾げるだけで回避したのを。


「避けた……!? いや、曲に合わせて『隙間』を選んでいるのか。あいつら、ダンジョンの殺意を自分たちのステージに書き換えやがった……!」


 そして、サビの最高潮。


『遊びでやってるんじゃないんだよぉッ!!』


 絶叫と共に放たれたのは、現代の魔導理論では説明がつかないほど巨大な『光の刃』だった。スマホの画面が、文字通りその熱量で焼き切れるかと思うほどの蒼光に染まる。

 三層の主が、たった一撃で。


 爆発的に流れ去るチャット欄を見ながら、香澄は呆然と呟いた。


「陽葵ちゃん……『遊びでやってるんじゃないんだよ』って、それ、昨日の夜にみんなで切り抜き動画見ながら話してた『冷凍焼けの苦情』の時のセリフですよね……。あんな世界を滅ぼしそうな巨大変形ビームサーベルぶっ放しておいて、怒りの理由がうちの業務用冷蔵庫の冷凍焼けって……」

「あはは、あの子たちらしいじゃない!」


 結衣は暢気に笑っているが、秀之は一人、腕を組んで唸っていた。


「……あいつら、わかっててやってやがるな。プロが時給換算で逃げ出す『公共事業』を、趣味のライブ配信で黒字に変えちまった。……香澄ちゃん、今日の仕込みは念入りにやるぞ。この配信が終わったら腹を空かせた大物二人が帰ってくるぞ」

「はい! ……あ、見てください、視聴者数。江戸川区の人口を超えそうな勢いですよ!」


 商店街の小さな食堂。その片隅で、最新の魔導技術と昭和のアナログな熱量が混ざり合う「異常な掃除屋」たちの活躍は、静かに、しかし確実に世界へと拡散され始めていた。


 店外の掲示板に貼られた『活性化による魔素予報』のチラシが、風に揺れる。

 先ほどまでノイズのせいでチカチカしていた商店街の街灯は、いつの間にか、まるで祝福するように安定した輝きを取り戻していた。



 都心のギルド本部。

 馴染みの装備店に愛剣を預け、俺はギルド併設のカフェで暇を潰していた。

 C級。世間一般から見れば「勝ち組」のハンターだ。大きな失敗をせず、常に期待値を計算し、時給に見合わないリスクは踏まない。それがこの業界で「安定して高収入を得る」ための絶対条件。今日も二層の安全圏で適当に雑魚を間引き、そこらのサラリーマンの月収ほどを数時間で稼いできた。


 ふと、SNSのタイムラインに流れてきたライブ配信の切り抜きが目に留まる。


『江戸川の掃除屋、三層の主を最短踏破中!』


「三層? バカか……あそこは今、魔素のオーバーロードでまともな探索ができる状況じゃないはずだぞ」


 鼻で笑い、冷やかしのつもりでリンクを飛んだ。画面の向こうでは、小柄な女が巨大なハンマーを振り回し、あり得ない速度で森を滑走していた。


「……は?」


 思わず持っていたコーヒーをこぼしそうになる。

 カメラの隅で、相方の男が腰に下げた武骨な装置を弄っていた。何らかのバフ魔法をかけているらしい。だが、おかしい。三層のあの『ノイズ』の中では、俺たちが使っている最新の魔導デバイスだって同期エラーを起こす。それなのに、あの女の動きはノイズを「加速」に変えているように見えた。


 やがて、画面はボスの『刃の枝垂柳(ブレード・ウィロー)』と対峙する。

 俺なら、あの弾幕を見た瞬間に撤退を判断する。あるいは、ギルドから十人以上のB~A級チームを派遣させ、数千万単位のバックアップ機材を並べてから挑む案件だ。


 ――その時、画面が激しく明滅し、一瞬にしてブラックアウトした。

【配信が切断されました】という無機質なエラーメッセージ。


(……チッ、やっぱり全滅か、あるいは通信デバイスが焼き切れたか!)


 それが、三層のオーバーロードに対するプロとしての『当然の常識』だった。即座にギルドへ救助要請を出すべき、最悪の状況。


 だが、その絶望を切り裂くように、スマホのスピーカーが激しく震え、次の瞬間、信じられないことに映像が復帰したのだ。


「っ……なんだ、この曲は」


 スマホのスピーカー越しに流れてくる、古臭い、けれど胃の奥を震わせるような重厚な旋律。


 最新のデジタルデバイスがことごとく弾く魔素のノイズを、その「古びた音波」は強引に調律し、自分たちのリズムに上書きしていく。あり得ない。現代の魔導理論の真逆を行く手法だ。


 画面の中の女――陽葵とかいう探索者の瞳が発光し、ボスの殺意を鼻先で回避しながら肉薄していく。


『遊びでやってるんじゃないんだよぉッ!!』


 絶叫と共に放たれたのは、現代の魔導理論では説明がつかないほど巨大な『光の刃』だった。

 三層の主が、たった一撃で。

 計算も、時給も、リスク管理も、すべてを嘲笑うような暴力的なまでの「熱量」が、画面を真っ白に染め上げた。


「……。…………。」


 配信が終わった後も、俺は呆然と画面を見つめていた。

 チャット欄は祭りのような熱狂だ。だが、プロの端くれである俺の背中には、嫌な汗が伝っていた。


 公式プロフィールを確認する。二人のランクは『E級』。

 ……冗談だろ。実績や討伐数だけで評価すればそうなるのかもしれないが、今見せつけられた実力は間違いなくB級、いや、特化型としての爆発力を含めればA級にすら届きかねない。


 この化け物たちを、画面の向こうで数字を並べて嗤っていたのはどこのどいつだ。……俺だ。

 俺は震える指先で、自分のアカウントの「プロマーク」が表示されているのを確認しながら、湧き上がる敗北感と、それを上回る敬意を込めて、チャット欄に一つのログを打ち込んだ。


『――俺たちは効率の奴隷だが……あんたたちは間違いなく「攻略者」だ』


 画面の向こうの女は、それを見て「たまには全力出してみなよ、スッキリするよ?」と無邪気に笑った。


「……採算、度外視か」


 窓の外に広がる、安全に管理された一層の入り口を見る。

俺たちはいつから、この世界の鼓動を数字の並びでしか見なくなったんだろう。

 あの音楽に乗せて、命を、魂を削りながら突っ込んでいくあの無茶苦茶な熱量。かつて、武器を初めて握った少年の頃に抱いていたはずの、あの焦がれるような衝動が、胸の奥でみっともなくくすぶる。


 ……無理だ。

 今の安定した収入、守るべき仲間、積み上げてきた信頼。それらを天秤にかけて、あの無茶苦茶な「掃除屋」たちの隣に並びたいかと言われれば、俺の足はすくんでしまう。


「装備、上がりましたよ。調整はバッチリです」


 店員に声をかけられ、俺はスマホをポケットに突っ込んだ。

 受け取った剣はピカピカに磨かれ、手元の最新魔導端末には、エラー一つない数字の羅列が並んでいる。

 何の狂いもなく、ノイズもなく、完璧に効率化されたシステム。


「……ああ、助かる」


 俺は明日もまた、計算通りの戦場へ向かうだろう。効率を求め、数字を稼ぎ、安全に、冷めていく。


 けれど、耳の奥にはまだ、あの歪んだシンセサイザーの音がこびりついて離れない。


 都心の空は、いつも通りのどんよりとした曇天だ。

 だが、ここから遥か東の果て――あの泥臭い下町の空を見上げれば、そこには世界のノイズをすべて爆音で吹き飛ばされた、夕暮れにはまだ遠い、突き抜けるような青空が広がっているに違いない。


 効率という名の数字の向こう側で、割に合わない命を燃やして笑う、あの狂った『攻略者』たちの残響を耳の奥に聴きながら。


 俺は自分の、静かで冷たい戦場へと歩き出した。


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