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令和のダンジョンを、昭和の魂(メロディ)でブチ抜く 〜MusicMasterの英雄譚〜  作者: 渡部安恵


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第8話 水郷の刻を越えて碧き水の星へ、刻《とき》をこめて

陽葵ひまり、思考を捨てろ。鼓動を磁気テープの回転に預けろ」


 深く押し込まれた再生ボタンの重厚な金属音が響いた瞬間。


【出力270%:感応知覚音界ニュータイプ・フィールド――『碧き水の星へ』展開】


 流れてきたのは、哀愁を帯びたシンセサイザーの旋律。

 一九八五年、少年たちが宇宙の深淵に思いを馳せた、あの『ときをこえる』祈りを孕んだ洗練された旋律が、戦場に響き渡る。


「ニュータイプだかオールドタイプだかは知らんが……今の俺たちの魂は、ときを超えてシンクロしているッ! 跳べ、陽葵!!」

「だからその喋り方なんなのーっ!? ――でも、身体が、勝手にぃっ!」


 カセットから流れる『音楽(世界観)』に律の精神が乗っ取られるのはいつものことだが、ボリュームを上げていたこともあって、今回の上書き《パッチ》はあまりにも濃厚すぎた。

 次の瞬間、彼女の動きは「回避」から「未来予知」へと昇華された。


 陽葵の固有パッシブスキル『絶対リズム感(アナログ・レゾナンス)』。

 律の奏でる磁気テープのうねりと、彼女の鼓動が完全に同期した瞬間、律が放った「出力270%」のバフは、陽葵の肉体の中で四倍、五倍という、システムの上限すら置き去りにする未知の乗数へと跳ね上がっていく。


 背後から迫る不可視の枝を、まるで見えているかのように首を傾げて回避する。脳裏を鋭く貫いた光の音(ひらめき)と共に、ボスの弾幕の「隙間」が、音の波紋となって脳内に直接流れ込んでくる。


「っ、――はぁぁぁぁぁぁっ!!」


 陽葵の叫びと共に、空中を蹴る機動が「物理」から「光の軌跡」へと書き換わった。律が指先でピッチを微調整するたび、陽葵の脳内には『敵の殺意』が光の筋となって視覚化される。

 陽葵が柳の弾幕を『点』で踏み越え、ボスの懐へと肉薄する。その瞳がネオンブルーに発光し、システムの限界を告げるアラートが心地よいビートに溶けていった。


 その超常的な機動を支えるべく、律が前に出た。


「その歪んだ敵意、私の一撃で相殺させてもらうッ!」


 律は腰のプレーヤーに左手を添えたまま、空いた右手をボスのコアへと突き出した。

 光の奔流が収束し、身長をも遥かに凌駕する、無骨で長大な「|超大型砲《ハイパー・メガ粒子ランチャー》」へと結実する。

 直後、指先から放たれた凝縮魔力は、シンセサイザーの激昂と同期し、空間を焼き裂く極太の蒼白い波動――まるで高出力のメガ粒子砲めいた閃光へと姿を変える。圧倒的な魔法射撃が、ボスの側面の枝を綺麗に消滅させ、その注意を強引に惹きつけた。


 <……っ、ジジジィィンッ!>


 こちらへ意識を向けさせた一瞬の隙。そこに、青い閃光が吸い込まれていく。

 律はボリュームノブを最大まで――限界の『10』まで捻り上げた。三〇〇パーセントの出力に、磁気テープが悲鳴を上げ、プレーヤーの筐体が異常な熱を発し始める。


「感情を爆発させろ、陽葵! そこが旋律の『頂点サビ』だッ!」

「――バイオ・コンバート、全開ッ!! (って、私のスキルはキネティック(運動)コンバートなんですけどォォォ――バイオって何よぉぉぉ!?)」


 そんな陽葵の内なる悲鳴を置き去りに、磁気テープの放つ圧倒的な熱量が、彼女の持つ『ひまわり壱号』の安全装置リミッターを物理的に焼き切っていく。

 ハンマーの先端から、瑞々しいトワイライトブルーの空間を真っ赤に染め上げるほどの真紅の光が伸びる。それは重力を無視して形成された、全長十メートルを超える巨大なビーム状の光刃――。


「遊びでやってるんじゃないんだよぉッ!! ……そこから、いなくなれぇぇぇ!!」


 サビの最高潮。陽葵が振り下ろした「あり得ない射程」の光刃が、ブレード・ウィローの巨躯を真っ向から両断した。


 ――ドォォォォォォンッ!!


 激しい光の爆ぜる音と共に、三層の主がエメラルドグリーンの粒子となって霧散していく。

 その瞬間から、先ほどまで空間を狂わせていた魔素ノイズが嘘のように鳴りを潜めた。

 静寂が戻った水郷に、カセットテープが回り切った「カチッ」という停止音だけが、虚しく、しかし誇らしげに響いた。


「……はぁ、はぁ……。やった、ね……」


 陽葵がその場に膝をつく。強制的に引き上げられた感覚が引いていき、強烈な疲労が彼女を襲う。

 律もまた、熱を帯びて煙を吐きそうなプレーヤーをそっと撫で、ボリュームノブを『1』へと戻した。


 その二人の姿を、浮遊するドローンのカメラが至高の臨場感で捉え続けている。

 直後、配信画面のチャット欄が、限界突破した速度で爆発した。


『「遊びでやってるんじゃない」って台詞、陽葵ちゃんに言わせるレトロニキの教育、業が深すぎるw』

『怒りのスイカバー(※ハンマーです)強すぎワロタwww』

『演出が完全に土曜夕方17時半のアニメなんよww』

『伝説の配信確定だわ。同時視聴者数、バグり散らかしてるぞ!』


 画面の向こう側では、滅多に見ることのできない「水元の三層ボス討伐」の快挙に、数万人へと膨れ上がった視聴者が祭りのような熱狂に包まれていた。


 ◆


「……っ、ふぅー。……一瞬、頭の中が真っ白になって、誰かが喋ってるみたいな感覚だった。なんなの、今の……」


 陽葵ひまりが膝をつき、肩で息をしている間、りつは無言で戦場の後始末を始めていた。

 ブレード・ウィローが霧散した跡には、鮮やかな翠色の魔石コアと、樹皮の形をした希少素材が転がっている。さらにはボスの攻撃に巻き込まれて細切れになったドラゴン・フライたちの残骸からも、金属質のはねや甲殻を丁寧に拾い集めていく。


 その間も、ドローンの周囲を回るチャット欄は、かつてないほどの速度で流れていた。


『今の叫び、完全に「刻」が見えてた人のやつじゃん!』

『でもあのハンマー、マジでデカいビームサーベルだったぞ。物理法則どこ行った?』

『正直、素人が無謀なことしてると思ってたけど……見直したわ。江戸川の掃除屋、本物だ。』


「……? みんな、さっきから私の台詞に反応しすぎじゃない? 『刻』が見えるって何の話? ……あ、プロギルドのマークの人だ」


 陽葵は顔を上げ、流れる文字を追う。


『――「プロ」として一言。正直、時給云々を言った自分が恥ずかしくなるような、とんでもないモンを見せてもらった。俺たちは効率の奴隷だが……あんたたちは間違いなく「攻略者」だ』


 画面の向こう、数値と採算に縛られているはずのプロ探索者が、清々しい顔でキーボードを叩いているのが伝わってくるようだった。


『うおおおプロが認めた!!』

『効率厨のプロにここまで言わせるの最高すぎるw』

『江戸川の掃除屋、大金星だろこれ!』


「あ、さっきのプロの人だ! えへへ、見ててくれたんだ。……ねえ、プロの皆さんもさ、たまには採算度外視で全力出してみなよ。意外と、スッキリするよ?」


 陽葵が茶目っ気たっぷりにドローンへ向かって一石を投じると、チャット欄は『陽葵ちゃんがプロを煽ってるw』『でも正論だわ』と再び沸き立った。


 陽葵がドローンに笑いかけたところに、ドロップアイテムの袋を肩に担いだ律が戻ってきた。


「陽葵、息が整ったら移動するぞ。二層まで戻れば一安心だ」

「えっ、もう? せっかくボス倒したんだから、もうちょっと余韻に浸らせてよー」

「機材が限界だ。この『ダム』を壊したことで、周囲の魔素が急速に安定し始めている。代わりに俺のテープの『乗り』も悪くなる。出力を二割まで絞るぞ。戦闘は無しだ」


 律の言葉は絶対だ。陽葵も自分の武器――『ひまわり壱号』の魔導モーターが、今までにないほど熱を発しているのを感じていた。


「了解。……じゃあ、みんな! そろそろお暇するよ!」


 律が慣れた手つきでカセットを一度取り出し、鉛筆の先でキュルキュルと手早く巻き戻す。再び装填されたそれは、先ほどまでの激昂が嘘のように、切なくも優しい、物語の終わりを告げるアウトロ(終奏)を奏で始めた。


 出力を二割まで絞られた、穏やかなリズムが流れ、二人の体を軽く押し上げる。

 

 三層の帰り道、遠くからイビル・ツリーの放つ魔法の弾道が光ったが、律はそれを予測済みの足運びでかわし、陽葵も軽い足取りで障害物を飛び越えていく。

 行きがけに陽葵が大量の魔物を引き連れ、ボスに見事な『同士討ち』をさせたおかげで、あれほど厄介だった『飛びムカデ』や『ドラゴン・フライ』の群れは一匹として残っておらず、頭上にはのどかな木漏れ日すら差し込んでいた。


 二層の泥濘でいねい地帯を抜け、一層の入り口が見えた頃には、魔素の霧も薄れ、柴又の空気が混じり始める。


「……よし、ここまで来ればもう大丈夫だ。陽葵、配信を切れ。機材を休ませる」

「はーい! みんな、今日は見てくれてありがとう! 水元公園、無事に『お掃除完了』だよ! じゃあ、また江戸川でねー!」


 陽葵がカメラに向かって手を振ると、画面が暗転し、ライブ配信が終了した。

 

 ダンジョンを抜けた二人は、初夏の力強い西日が差し込み始めた水元公園を後にし、京成金町線へと乗り込む。

 電撃戦だったこともあり、車内は帰宅ラッシュ前で程よく空いていた。


「あー疲れたぁぁぁ! りっちゃん、明日は絶対に特上の鰻だよ、鰻! みんな誘って食べに行こう!」

「……ドロップ品の換金次第だな」


 陽葵が座席に深く沈み込む。隣では律が、まだ熱を帯びているカセットプレーヤーをそっと取り出し、リールが痛んでいないか、我が子を労わるような手つきで確認していた。


「……テープは無事か。次はヘッドのクリーニングと、出力の再調整が必要だな」

「りっちゃん、私のハンマーのメンテも忘れないでよね! あんな『赤い光』出したの初めてなんだから。……ねえ、さっきの曲、なんて名前?」


 陽葵が身を乗り出して期待の眼差しを向けるが、律は視線を合わせない。


 カセットに傷がつかないよう、丁寧に、けれど少しだけ誇らしげにプラスチックケースの蓋を閉じると、窓の外、のどかな昼下がりの光に包まれた下町の景色を見つめたまま、ぶっきらぼうに、けれど少しだけ口角を上げた。


「……さあな。だが、今日のお前のスイングには、よく似合っていた」


 嘘偽りのない、相棒への確かな賛辞。


「えー、ケチ! またそうやって自分だけカッコつけてさぁ!」


 陽葵の抗議をBGM代わりに聞き流しながら、律は愛機をケースに収める。


 ガタン、ゴトン。


 柴又までたった一駅。住宅街の裏手をのんびりと走る、京成金町線のレトロな二両編成の揺れが、戦いの興奮で火照った二人の身体を優しく冷ましていく。


 鞄の中の輝く戦利品と、世界をほんの少しだけ塗り替えた、あの「黄金時代」の爆音の余韻を携えて。


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