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第54話 『火竜殺しの英雄譚を語ったら、ただの迷惑な卵泥棒だったと発覚した話』

分厚い木のジョッキ。喉を焼く強いエール。

最高だぜ、やっぱり「錆びた剣亭」の酒は。


俺がいつもの指定席で骨付き肉に齧り付いていると、隣で深いため息が聞こえた。

見ると、以前ここでボヤ騒ぎを起こした『紅の鷹』の魔導士の若造が、死んだ魚のような目でテーブルに突っ伏していた。


「……狂ってますよ、最近の斡旋所は。討伐依頼の難易度が跳ね上がってて、俺たち中堅じゃ手も足も出ない」

「筋肉が足りねえんだよ、筋肉が。もっと重い杖を振って体を鍛えろ」

「いや、あんたのせいですよ! ガンツさんが『火竜殺しの英雄』だなんて噂が広まったせいで、血の気の多い連中や厄介な依頼がこの街に集中してるんですから!」


若造が涙目で訴えてきやがる。

火竜殺し、ねぇ。まあ、尾ひれはついてるが、あながち嘘でもねえさ。


「へっ、伝説ってのは勝手に歩き出すもんだ。だがな、俺も若い頃は無茶をしたぜ。あれは二十年前の話だ」


俺はジョッキを置き、若造に向けて身を乗り出した。語ってやるぜ、本物の武勇伝を。


「相手は巨大な『飛竜』だ。俺と当時の相棒、斥候のジークは、奴の巣に忍び込んだ。最高の連携だったぜ。ジークが精密な罠を仕掛け、俺が囮として竜の気を引く。見事な作戦で卵をかすめ取り、俺たちは街へ凱旋したんだ。英雄の帰還ってやつだぜ」


どうだ、痺れるだろ。俺は満足気に鼻を鳴らし、再びジョッキに手を伸ばした。

だが、横から冷や水を浴びせるような声が響いた。


「聞いていられませんな、筋肉殿(ガンツ)。記憶の改ざんにも程がある。罠が完成する前に雄叫びを上げて突撃したのは、どこの誰でしたかな?」


琥珀色の酒を揺らしながら、石頭(おやじ)が呆れた顔でこっちを見ていた。


「んだと? 俺は完璧なタイミングで……」

「そうそう。君が作戦を無視して卵を抱えて逃げ出したせいで、怒り狂った親竜が街まで追ってきてねぇ。おかげで街中が肝を冷やす大惨事になったじゃないか」


カウンターの向こう側から、ワイングラスを持った細いの(もやし)がニヤニヤと笑いながら口を挟んできた。


「俺のせいじゃねえ! あの時は……」

「瓦礫の下で気絶していたあなたが言えるセリフではありませんな。屋根を吹き飛ばされた酒場から飛び出し、パニックになった住民の避難誘導と、即席の防衛陣形を指揮して事態を収拾したのはこの私ですよ。どれほど骨が折れたか」


石頭の言葉に、俺は言葉に詰まった。

えっ、マジか? 俺、瓦礫の下で寝てたのか?


「そもそも、君の冷静な思考を凍りつかせたのは、僕が卵を先に持ち帰った方が勝ちなんて賭けを持ちかけたせいでもあるんだけどねぇ。まあ、あの竜を最終的に追い払ったのは、たまたま居合わせた別のベテランパーティさ。君はただの迷惑な卵泥棒だよ。もう少し頭を冷やして過去を思い出すことだねぇ」


細いのがパチンと指を鳴らした。

その瞬間、俺が握っていたジョッキの表面に真っ白な霜が張り付いた。中身のエールが、歯が浮くほどキンキンに冷え上がっていやがる。


「なっ……! じゃあ俺、竜を倒してねえのか!?」

「ええ。一撃も入れておりませんな」


石頭の無慈悲な宣告に、俺は頭を抱えた。

俺の二十年間信じてきた英雄譚が、ただの泥酔と気絶の記憶だったなんて。筋肉が萎えそうだぜ。


「……ぷっ。あははははっ!」


突然、隣で『紅の鷹』の若造が腹を抱えて吹き出した。


「なんだよ、火竜殺しの伝説って、ただの勘違いの大失敗じゃないですか! 傑作だ! いやあ、肩の荷が下りましたよ。俺、あんたみたいな完璧な英雄を目指さなきゃいけないのかと、勝手にプレッシャー感じてました」


若造の顔から、さっきまでの悲壮感がすっかり消え失せていた。

まあ、こいつが元気になったんなら、俺の恥を晒した甲斐もあったってことにしておくか。


「うるせえ! 終わり良ければ全て良しだろ! 筋肉は嘘をつかねえんだよ!」


俺はキンキンに冷えたエールを無理やり喉に流し込み、空になったジョッキを若造のグラスにガツンとぶつけた。


「笑える失敗談と、等身大の俺たちに乾杯!」


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