17. 我が校では……
まだしばらく、多忙な日々が続くので更新が不定期になると思います
イツィンゲール女学院の生徒数は、3学年合わせて約300人。学校の規模としては、小さい方だそうだ。その分、生徒一人一人に丁寧な指導を行えることが最大の特徴らしい。
セールヴィでは、全員が寮に入り、週末は実家で過ごすという生活だったけど、こちらでは、実家から通うこともできるそうだ。もちろん、寮に入ることもできる。
「ご両親や身近な方に教わっていたり、家業を手伝っていたりする生徒もおりますから」
「なるほど」
頷きはするものの、さっきの煙が気になってしょうがない。攻撃法術ってことは、攻撃魔法のことよね? 安全面には問題ないっておっしゃっていたけど……
「先ほどの爆発が気になりますか? 心配なさらなくても大丈夫ですよ。攻撃法術にとても強い適性を持つ生徒がおりまして、彼女以外の生徒の場合、あんな風にはなりませんから」
でなければ、授業の妨げになってしまいますと、ミス・キャリーが笑う。
現行の対策で完全対処できないのが1人だけなので、様子見をしているそうだ。彼女が攻撃法術を使う時は、生徒に被害を出さないというところに重点をおいて対策をしているらしい。
「何をするにしても、自分の力量を把握しないことには話になりませんからね」
「なるほど」
「不躾かとは存じますが、生徒の皆さんはどちらの階級の方が多いのでしょうか?」
「伯爵夫人のご懸念ももっともですわ。やはり、女性はもっと社会に出るべきだと考える、中流階級出身の方が多いですね。もちろん、上流階級出身の方もいらっしゃいますよ」
そのため、最初から身分差を意識して行動できるよう、リボンタイの形で身分が分かるようにしているのだそうだ。
理由は簡単で、学院に入学しました。今日から卒業までは、お互いの身分を忘れましょう。卒業しました。明日からは身分を思い出して下さい、と言われても、すぐに思い出して対応できない人もいる。だったら、最初から身分をきちんと区別しておいた方が良い、ということなのだそうだ。
「もちろんですが、身分と成績は全く別の話です。身分で成績が左右されるなど愚の骨頂。何より、本人の為になりません──!」
愚の骨頂ときましたか。その力強さ、頼もしいわ。グロリアも「おっしゃる通りだと思います」力強く頷いていた。
「我が校の特色の1つとしまして、カリキュラムは本人の希望に沿って組み立てるようになっております。勿論、取得必須のカリキュラムもございますわ。もう1つの特色が、魔族側の礼儀作法や基本教養も教えているということですね」
「まあ! 魔族の礼儀作法も? それは、こちらを作られた方が魔族の方だから、ですか?」
わたしがたずねれば、それはあまり関係ないという答えが返って来た。
「この先、国の将来を思えば、魔族との交流をより深いものにいたしませんと技術的に大きな後れを取ることになるだろうことは、ご存知ですか?」
「技術面で後れをとっているらしいことは、兄から少し聞かされております」
兄たちの話では、主要な街道に設置されている魔物避けがもうすぐ寿命を迎えるそうだ。そうなった時、今の国の技術で用意できるかっていうと、難しそうな雰囲気だった。
「その通りです。今はまだ、人族、獣族ともにかつての支配者であった魔族への嫌悪感がぬぐい切れず、接触を避けているようですが、これからはそういう訳にもいかないでしょう」
魔族からの自立を目指し、仕掛けた戦争───自立戦争が500年くらい前の話だもの。いつまでマイナスイメージを引きずっているんだか、という気にもなる。
寿命が長い魔族でも、さすがに世代交代が進んでいて、今の政治家たちはこの自立戦争を知らない世代なんだそうだ。つまり、両者の新しい時代の幕開けが近いってことね。
「あぁ、ご覧になって下さい。こちらのクラスは、淑女教育を行っているところですね」
左手側を示されたのでそちらを見ると、ダンス教室のような部屋になっていた。左右の壁は鏡張りになっていて、30人くらいの生徒が順番に鏡の前を歩いている。
「歩く練習は、ご実家でもできますけれど、その姿が優雅に見えるかどうかとなると、答えられない方が多いと思いますわ。お母さまのご指導があっても、同じことでしょう」
確かに。仮に自分ではできていても、他の人を指導するとなると、また別の問題でしょうしねえ。立ち方一つでも、印象ががらりと変わるそうだ。
「淑女教育と一言で申し上げても、その内容は様々ですわ。ですので、講義については、生徒の希望などを考慮しつつ、ある程度は自分で選べるようにしておりますの」
「ええとつまり、同じ淑女教育のカリキュラムを選んでも、女官として働くことを希望している方でしたら、役職の序列と女官としての礼儀作法などを中心に、ということですか?」
「その通りです。他にも、理想の姿に近づくためにはどうすればよいか、という相談も受け付けていまして、場合によってはお化粧などについても指導いたしますわ」
「そんなことまで?! 生徒にとって、とても良い環境なのですね。感動しました」
セールヴィの女子教育は、前世で言うところの義務教育的なもの。選ぶ自由はない。15にもなったら、学びたいことの取捨選択くらいさせてもらいたい。ドレスコードはともかく、流行を取り入れる方法なんて、わたしにはどうでもいい知識だ。
「ダンジェ伯爵令嬢は、どのような将来を思い描いていらっしゃいますか?」
「わたしは、健康面で人の役に立ちたいと考えています。回復魔法では治らない、身体の不調を整え、毎日を快適に過ごせる手伝いができれば、と……」
「なるほど。そういうことでしたら、まずは薬草学と錬金術を学ばれてはいかがでしょう? 錬金術はその物に含まれている必要な物だけを取り出し、それを加工する技術ですので、薬を調合する際には、より強い効果を引き出すことができますよ」
薬草学に基づいて作られる薬は、漢方薬のようなもの。錬金術を用いて作る薬は、薬草に含まれる有効成分を抽出して固めて~、という風にして作られたもののようである。
「錬金術は、初級編で止めておいて、薬草学は上級編まで、ということも可能ですか?」
「もちろんです。どのような将来を望むかによって、求められるものもレベルも変わりますもの。どこまで学ぶかは生徒次第ですわ。法術関係の職をお望みでしたら、最低でも錬金術の中級編は修めておかれた方がよろしいかと存じますが……」
おっとぉ……。この流れなら魔法一歩手前のあれについて切り出せる。
「実は、ぜひこちらで学ばせていただきたいことがあるのです」
「何でしょう?」
うまく説明できないことを前置きした上で、魔力を使えば回復魔法では治らない、身体の不調を治すことができること。その特性を使って、みんなが元気な毎日を過ごせるよう、サポートしていきたい。そのための勉強をしたいのだとミス・キャリーに伝える。
「……なるほど。それは、法力学のようですね」
「法力学……」
初めて聞く言葉だ。
グロリアも初耳のようで、
「恐れ入ります。それはどのような学問なのでしょう?」
「あなた方が『魔力・魔法・魔法具』と呼んでいるもののことを、魔族では『法力・法術・法具』と呼んでいることはご存知ですか?」
「はい。こちらでは、魔族の呼び方に合わせていることも存じております。──ということは、私たちの言葉に置き換えると魔力学ということになるのですか?」
「そうですね。精霊に譲渡して魔法・法術として使用する以外の方法はないか、考える学問ですよ。法具も、元はこの学問から生まれた物です。今は別物として扱われていますが」
「魔力……じゃなかった、法力が動力になっているからですね」
「その通りです。法力は何にでも転じることができる万能エネルギーですので、様々な方法が研究されているのですよ」
法術を使うために必要なエネルギーが法力である、という考え方ではなく、法力と名付けたエネルギーの利用方法の1つが法術である、という考え方ということだ。
「何にせよ、さすがはシール・エスクロの妹君ですわ。あの方と会っていただくべきだと確信いたしました」
「あの方……ですか?」
兄を知っていたことに少し驚きつつ、わたしは首を傾げた。一歩下がったところにいたグロリアを見るも、黙って首を横に振られてしまった。彼女も分からないらしい。
「お待たせしました、英才公。編入を希望されているダンジェ伯爵令嬢と保護者のダンジェ伯爵夫人をお連れいたしました」
「うむ。待っていたぞ」
案内されましたるは、理事長室。
正面にいらっしゃるは、金髪巻き毛、青い目のゴージャス美人。
濃紺のアフタヌーンドレスは、クジャクの羽根をモチーフにしたような刺繍が施され、濃紺の手袋は二の腕を覆い、さらに羽根のストールを羽織られている。豪華……!
何でも魔族は、身内や親しい人以外には名乗らないそうだ。ミス・キャリーも本来なら、教育爵と名乗るのが正しいそうなのだが──郷に入っては郷に従えの精神で、人族のルールにならって、本来なら隠すべきキャリー姓を名乗っているそうだ。
初めましてとご挨拶申し上げると、英才公の向かいの席を勧められた。
「あのシール・エスクロの妹が編入を希望していると聞いて、私は新しい才能に出合える予感をひしひしと感じていてな。貴方に会えるのをとても楽しみにしていたのだ」
ええと……すみません。わたし、兄と違っていたって普通の人間なんですが……。




