蘇我馬子の最期と誓い
聖徳太子(厩戸皇子)が「死の運命」を乗り越えた西暦六二二年より、四年。
飛鳥京の発展を陰で支え続けてきた巨星が、その静かな生涯を閉じようとしていた。
西暦六二六年、蘇我馬子。病床に伏すその老将のもとへ、太子は自ら脚を運んだ。
「馬子殿……」
枕元に腰を下ろし、太子は馬子の枯れ枝のような手を優しく握りしめた。
かつて「丁未の乱」の直前、一触即発の戦場で交わした言葉が、昨日のことのように思い出される。
「太子様……」
馬子はかすれた声で微笑み、込み上げる涙を隠そうとはしなかった。
「感謝……いたします。あの丁未の年、わしの暴走を止め……蘇我と物部を共に活かす道を示してくださった。もしあの時、わしが物部を滅ぼしていたら……わが一族は増長し、いずれ惨烈な報いを受けて滅んでいたことでしょう」
史実において権力を独占し、やがて乙巳の変で滅び去るはずだった蘇我氏。
しかしこの世界での馬子は、己の財と渡来人の知恵をすべて「国を強くするための公財」として捧げ、偉大なる国家の功臣としてその名を刻んでいた。
「わが息子・蝦夷にも、すでに固く言い含めております。蘇我の血は、永久に皇室の臣として、太子の創る『和の国』を支えよ、と……」
「馬子殿の遺志、しかと受け取りました。あなたと作り上げたこの飛鳥の礎は、千年の後まで潰えることはありません」
太子の温かい言葉に満足したように、馬子はそっと目を閉じ、安らかな眠りについた。
最大の大豪族が「絶対の忠臣」として生涯を全うしたことで、飛鳥の政権基盤は盤石のものとなった。歴史の暗雲は完全に払い去られ、日本は次なる新時代――「大王(天皇)即位」への扉を開こうとしていた。




