運命の622年
東アジアにおいて、隋と対等な外交関係を築き上げた日本。
飛鳥の地は空前の繁栄を極めていたが、西暦六二二年、逃れられぬ歴史の暗雲が斑鳩宮を覆った。
史実において、聖徳太子が四十九歳の若さでこの世を去ったとされる「運命の年」である。
正月過ぎから、太子は激しい咳と高熱に見舞われた。さらに、長年連れ添った妃の膳部菩岐々美郎女までもが病に伏せり、斑鳩宮には重苦しい静寂が漂っていた。
「太子様……どうか、お命をお保ちください……!」
病床の周囲では、蘇我馬子、物部穴太部、小野妹子ら、国の重臣たちが必死に祈りを捧げていた。
意識の混濁する中、太子の脳裏に「天眼」の光が明滅する。
それは、もし自分がここで没した場合に訪れる、凄惨な「もう一つの未来」であった。
(……私が死ねば、数十年後に蘇我の権力が暴走する。中臣鎌足と中大兄皇子が血で血を洗うクーデター『乙巳の変』を起こし、やがて白村江の戦いで大敗して国が荒廃する……!)
病魔が太子の命を蝕み、魂を冥府へと引きずり込もうとする。
だが、太子は薄く目を開け、固く拳を握りしめた。
「……まだだ。我が命、まだここで尽きるわけにはいかぬ……!」
太子は死の淵で思いとどまった。
渡来人の医師たちがもたらした最先端の薬草と、己の未来を背負う強い意志。そして妃の手を握り返す熱い執念によって、奇跡的に病魔を退けてみせたのだ。
「太子様が……太子様がお息を吹き返されたぞーッ!」
斑鳩宮に上がる歓喜の叫び。
史実の「死の運命」を自らの強い意志で打ち破り、聖徳太子はさらなる未来へと歩み始めたのだった。




