裴世清の驚愕
西暦六〇八年。隋の皇帝・煬帝から遣わされた使節・裴世清の一行は、期待とわずかな蔑みを胸に東シナ海を渡っていた。
(極東の蛮国が、いかほどのものか。大国の威光を見せつけ、平伏させてくれよう)
しかし、難波津(現在の大阪)の港に足を踏み入れた瞬間、裴世清のその傲慢は打ち砕かれた。
目の前に広がる港には、石組みの頑丈なドックが立ち並び、巨木を組んで造られた無数の大型船が整然と繋がれていた。港から都へと続く街道は平坦に整備され、荷車が行き交っている。
「これが……東の島国の港だというのか? 陸朝の港すら凌駕しておるではないか……!」
驚愕を隠せぬまま小野妹子に導かれ、飛鳥京へと入った裴世清は、さらなる衝撃を受ける。
整然と区画整理された美しい街並み。四天王寺や法隆寺をはじめとする極彩色の寺院建築群。そして街を行き交う人々は、色鮮やかな冠(冠位十二階)を頭に戴き、気品ある仕草で歩んでいた。
小墾田宮の謁見の間。
玉座の傍らで待っていた厩戸皇子は、洗練された流暢な漢語で、気品高く微笑んだ。
「遠路はるばるのご足労、感謝いたします、裴世清殿。我が日本は、隋と無用な血を流すつもりはありません。海を隔てた良き友として、対等な貿易と文化の交流を結びたいのです」
三十四歳となった太子の背後には、かつて死闘を演じるはずだった物部と蘇我の将が並び、異様な威圧感と隙のない陣形を誇っていた。
(皇帝陛下……この国は蛮国などではありません! 独自の技術と揺るぎない秩序を持った、恐るべき東の覇権国にございます……!)
裴世清は、太子の圧倒的な後光と知性に呑まれ、ただ深々と平伏するしかなかった。
ここに、東アジアにおける「日本の対等な立場」が完全に確立されたのである。




