推古即位と摂政就任
丁未の惨劇が未然に回避されてから数年。飛鳥の地に流れる空気は、劇的な変化を遂げつつあった。
史実において崇峻天皇が暗殺されるという悲劇の暗雲も、厩戸皇子の「天眼」による事前察知と巧みな裏工作によって影を潜めた。不穏な動きを見せていた一部の過激派豪族は速やかに摘発・抑え込まれ、皇室の権威は揺るぎないものとなっていたのだ。
西暦五九二年。我が国初となる女性天皇――推古天皇(額田部皇女)が即位。
そしてその傍らには、弱冠二十歳となった厩戸皇子が「皇太子兼摂政」として着任した。
「厩戸よ。お前が見据えるその先にある未来へ、この国を導くがよい」
推古天皇の厚い信任を受けた厩戸は、矢継ぎ早に国家の構造改革を断行していく。
かつて対立していた物部氏の持つ「武力と製鉄技術」、そして蘇我氏の誇る「財政と渡来人の知恵」。この二つを融合させた新たな執務機関を整え、門閥にとらわれない人材登用の仕組みを作り上げていった。
「これからの世に必要なのは、家柄や血統にあらず。個の才能と徳にございます」
西暦六〇三年、満を持して制定されたのが『冠位十二階』の制度である。
徳・仁・礼・信・義・智の六つの徳目をそれぞれ大小に分け、紫、青、赤、黄、白、黒の冠を授けるこの制度。
授与の儀式において、紫の高級冠を授けられた臣下の中には、渡来人の凄腕技術者や、かつては地方豪族の下で冷遇されていた庶民出身の若者の姿があった。
「血筋のみで地位が決まる時代は終わった。能力ある者が正しく国を支えるのだ」
冠を授かった若者たちは感涙し、新時代への誓いを立てる。
物部氏と蘇我氏が手を携え、若き才能たちが躍動する飛鳥京。聖徳太子による「日出づる国」の改革は、いよいよ本格的な加速を見せ始めていた。




