気弱な法務官の痛恨の一撃と、眼鏡の奥の『極悪な本性』
気弱な法務官の痛恨の一撃と、眼鏡の奥の『極悪な本性』
「あぁん? なんだお前は。引っ込んでろ、モヤシ野郎!」
ザックスの横に立っていた筋骨隆々の手下が、アルトさんの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。
ルナミス帝国地方監査局の下級法務書記官であるアルト・クレイマン。普段は私の店に胃薬を買いに来ては「今日も上司に怒られました……」と情けなく笑っている、気弱で温厚な青年だ。
農家のおばちゃんよりも非力な彼は、大男に片手で吊るし上げられ、ガチガチと歯の根を鳴らして震えていた。
「アルトさん! 離して、彼は関係ないでしょ!」
「るせぇな! 怪我したくなかったら、このチビ公みたいに震えて隅っこで縮こまってろ!」
手下が私に向かって怒鳴り声を上げ、アルトさんを床に投げ捨てようとした。
だが。
「……る、ルナミス帝国法典……第三十四条第二項……っ!」
アルトさんは震える声で、しかし決して目を逸らさずに男を睨み返した。
「民間人の、正当な、経済活動に対する……不当な圧力および恐喝行為は、重罪……です。今すぐ、乱暴狼藉は……やめて、くださいっ!」
「あ? 法律だぁ? この辺境じゃあな、俺たちゴルド商会が法律なんだよ!」
手下が嘲笑い、私への見せしめとばかりに、アルトさんの顔面に向けて太い丸太のような拳を振り上げた。
(殺される……!)
「やめてぇっ!!」
私が悲鳴を上げた瞬間。
アルトさんは、逃げるどころか自ら私の前に立ち塞がるように身を捩った。
――ドゴォッ!!
鈍い破裂音が店内に響き渡る。
アルトさんの細身の身体が宙を舞い、薬局の木の床に激しく叩きつけられた。カシャーン、と彼のかけていた丸眼鏡が吹き飛び、床を滑っていく。
「アルトさんッ!!」
私は血の気を失い、床に倒れ伏した彼のもとへ駆け寄った。
ザックスが、倒れたアルトさんを冷たい目で見下ろして鼻で笑う。
「ふん、馬鹿な役人だ。いいか小娘、今日はこれくらいで勘弁してやる。だが、明日また契約書にサインをもらいに来るぞ。もし断れば……次はこんなモヤシ野郎一人の怪我じゃ済まないからな」
ザックスたちは捨て台詞を吐くと、乱暴にドアを蹴り開けて去っていった。
彼らの足音が遠ざかるのを確認するより早く、私はアルトさんを抱き起こした。
「アルトさん! しっかりして! 今すぐポーションを……っ」
「うぅ……い、イテテ……っ」
アルトさんは呻き声を上げながら、ゆっくりと上体を起こした。
殴られた左頬が赤黒く腫れ上がり、口の端からは一筋の血が流れている。私は急いで引き出しを開け、チートスキル【錬成合成】で作っておいた特製の『陽薬草エキス配合・魔導絆創膏』を取り出した。
「動かないでくださいね。すぐ手当てしますから」
「す、すみません……僕が弱いばかりに……痛っ」
「喋らないで。……本当に、無茶なんだから」
私は彼の顔にそっと手を添え、腫れ上がった頬に絆創膏を貼り付けた。
陽薬草の成分がスーッと浸透し、淡い光と共に痛みを和らげていく。
至近距離で見るアルトさんの素顔。
いつもは分厚い丸眼鏡で隠れているけれど、その瞳はハッとするほど澄んだ理知的な色をしていた。長いまつ毛が痛みに微かに震えているのを見て、私の胸の奥がキュッと締め付けられる。
「なんで、あんなことしたんですか……」
絆創膏を貼り終え、血を拭いながら私は抗議した。
「相手は武装したゴロツキですよ? アルトさんみたいにケンカのケの字も知らない人が、前に出るなんて……一歩間違えれば、大怪我じゃ済まなかったのに……っ!」
私のために、彼が傷ついた。
その事実が怖くて、申し訳なくて、少しだけ涙声になってしまう。
すると、アルトさんは落ちていた丸眼鏡を拾い上げ、カチャリと掛け直した。
「イテテ……いえ、ミオさんが無事でよかったです」
「アルトさん……」
「それに――」
アルトさんはそこで言葉を切り、ふふっ、と低く喉を鳴らして笑った。
え?
私は目を丸くした。
今までの、怯えた子犬のような気弱な雰囲気が、一瞬にして彼の全身から消え失せていたのだ。
丸眼鏡の奥の瞳には、ゾッとするほど冷徹で、獲物を逃さない捕食者のような『極悪な光』が宿っていた。
「痛い思いをした分の『大収穫』はありましたから」
そう言って、アルトさんは安物のスーツの懐から、一冊の黒い革張りの手帳を取り出した。
表紙には、ゴルド商会の紋章が刻印されている。
「え……? それ、どうしたんですか?」
「ああ、これですか? さっき胸ぐらを掴まれた時、あの野郎の懐が不自然に膨らんでいるのが見えましてね。殴られて倒れ込むドサクサに紛れて、ちょっとだけ『お借り』したんですよ」
事もなげに言うアルトさんに、私は絶句した。
え、スリ!? あの絶体絶命のピンチで、わざと殴られて相手の懐から手帳を抜き取ったっていうの!?
「ちょっと中身を拝見しましたが……ビンゴですね」
アルトさんは手帳のページをペラペラとめくり、底冷えするような笑みを深めた。
「裏帳簿です。脱税の記録、地方騎士団への贈賄リスト、違法薬物の密輸ルート……ゴルド商会の汚い資金繰りが、これ一冊に事細かに記されている。これさえあれば、あいつらを根こそぎ社会から抹殺できます」
「し、社会から抹殺って……」
「当然でしょう? あいつらは、僕の恩人であるミオさんに手を出そうとしたんですから」
アルトさんはパタン、と手帳を閉じ、私に向かって真っ直ぐに視線を向けた。
その顔は、いつも胃薬を求めて泣きついてくる気弱な青年とは別人のように頼もしく、そして――最高に悪党の顔をしていた。
「法が彼らを許したとしても、『僕が』絶対に許しません」
アルトさんは痛む頬を少しだけ庇いながら、優雅にお辞儀をした。
「さぁ、ミオさん。あいつらを合法的に地獄へ叩き落とす準備を始めましょうか。僕の『悪知恵』と、あなたの『チート薬学』があれば……完膚なきまでに破滅させることができますよ」
私は呆然と彼を見つめた後、思わず吹き出してしまった。
まさか、ポポロ村で一番気弱な法務官様が、こんなに頼もしい極悪策士だったなんて。
「……ふふっ。ええ、手伝うわ、アルトさん。私のお店と村の平和を脅かす悪いヤツらには、たっぷりとお灸をすえてあげないとね」
こうして、チート薬師と極悪法務官の、悪徳商会に対する『合法的ざまぁ』の幕が上がった。
もっとも――この時の私たちはまだ気づいていなかった。
騒ぎを聞きつけた「ウチの最強の常連客」が、ブチギレ寸前でこちらに向かってきていることに。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第2話、アルトの【極悪な本性】が遂にベールを脱ぎました!
普段は「イテテ……」とヘタレな彼ですが、ヒロインを守るためなら己の身を挺し、殴られながら敵の弱点をスリ取るというドSな悪知恵を発揮します。
ミオの絆創膏スキンシップで、少しずつ二人の距離も近づいていく予感……!?
そして次回! 遂にあの男(?)が薬局にやってきます。
「俺のマブダチに何してくれてんだ?」
便所サンダルを履いた最強ヤンキー聖獣・リキ兄貴の登場です! 悪徳商会への大反撃作戦会議が始まります!
【読者の皆様へ、作者から全力のお願いです!】
「アルトのギャップ萌え最高!」「殴られながらスリ取るとか極悪すぎる(褒め言葉)!」「早くあいつらを社会的に抹殺して!」
と、少しでも楽しんでいただけましたら……
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どうか、彼らの「合法的ざまぁ」の共犯者になってください! よろしくお願いいたします!




