第12話 買い出しします!
ぼくの一番大事な仕事は、買い出しです。
というのも、吸血鬼の皆さん方をやっぱり軍も怖がってい居て、可能な限り外には出したくないそうなのです。そんなことはあり得ないと思いますが、部隊の誰かが、行きずりの相手を吸血することを恐れているのでしょうか。それとも気を抜いた時に、吸血鬼だとばれてしまうのが問題なのでしょうか。
……確かに、市街地に吸血鬼がいたら大騒ぎです。
なにはともあれそういう理由で、人間の僕については基準が甘いのです。
基準の甘さゆえ簡単に外に出られるぼく。基準のきつさゆえに外に出るのにも難儀するみなさん。
できないことは、できる人がすればいい。
その結果の買い出し係であって……別に、イジメなんかじゃないですよ!
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「ただいま戻りましたぁ!」
「お疲れさまー!」
まずはユーディさんが買い物袋を押しやって、ぼくの頭を撫でてくれます。その横ではアンバーさんが中身をチェック。一緒に見分すると見せかけて、自分が注文した分(多分、お酒かな)を見つけるとそそくさと引っ込んでしまうジェードさん。少し遅れて部屋から出てきたタンザナくんは開口一番「オレンジジュース、ある?」。
「ありますよ。おっきいパックの」
「おっきいのならアガートと半分こしても余裕だな!」
「ひどいよねー、アタシにも少しくらい頂戴よ」
冗談めかしてさも残念そうにユーディさんが言うものですから、みんなしてケラケラと笑いました。
たまにはジャンクなものが食べたい、というアンバーさんの意向により、今日のお昼(?)ごはんは近所のハンバーガーショップで購入してきたハンバーガーとサイドメニューいくつか、そしてこれまた近所のスーパーで購入してきた半額のお弁当です。電子レンジで温めるべきか否か、温める場合の最適な時間はどのくらいだとか、喧々諤々です。この顔ぶれの中では最も「都会派」であろうタンザナくんが容器をひっくり返して「500ワットで約4分」と言っていますが、それにユーディさんの「ワットって何?」が飛んできて、あーあ、もう、何が何だか……。
***
結論から言って、おいしかったです。
ぼくはここに来るまでの間、ローテーションで出てくる宿舎のごはんばかり。種類はそれなりに用意されているにしたって、飽きはきます。
ここに来てからは、もっぱらアンバーさんが作ってくれたご飯を食べていました。すっごくおいしいわけではないけれど、充分においしい、家庭のごはんってこんな感じかな? とぼくに思わせてくれる素敵なごはんです。
しかし、それらに慣れ切った舌に刺さるジャンクフード。しょっぱい。辛い。酸っぱい。甘い。飛び込んでいる味が何というのでしょう、はっきりしているというか……とんがっているというのか。
しかし不快なとんがりではありませんでした。毎日食べたら、寮の食事より早くに飽きが来そうですが、それこそスパイスのようにして、時々食べたらはちゃめちゃおいしく感じると思います。
それにどうもこういうのはお酒に合う味らしく、ユーディさん、アンバーさん、それにジェードさんはそそくさとお気に入りのグラスに、キンキンに冷やしたエールを注ぎ入れています。
「ジェードさん、さっきのお酒は飲まないんですか?」
「あれはねえ、いいことあった時に呑む用なんだよ」
「はぁ」
「ふふふ。アガートくんも呑み助になればわかるよ」
「ひえっ」
ジョッキを思いきり、ぼくのほっぺたに押し付けてくるジェードさん。不意打ちです!
「お酒が飲める年までここにいたとしたら……呑み助にならざるを得ないと思うわぁ。みんな無理強いはしないけど、楽しいって1回思っちゃったら、もー、駄目さね」
くくっと喉の底で笑って、自分のジョッキに口をつけるユーディさん。見る見るうちに白い喉がのけぞり、戻った来た時にはジョッキの中身は半分以下です。
「アガートよぅ、フライドチキンいっこやるよ」
「いいんですか? いただきます」
「そうそう。食って大きくなれ。アンバーくらい」
名前を呼ばれたアンバーさんが、こっちを向きました。
アンバーさんは、実に大きいです。逞しいから。実物以上に大きく見えるのかもしれませんけれども、それを差し引いても、です。
「ちょっと無理です」
「なんでまた?」
アンバーさんご本人も話に加わってきました!
「僕の家系って、割と小柄みたいで……それに、今更頑張ったって背なんて」
「成人近くまで伸びる奴は伸びるってデータがあるらしいぞ」
アンバーさんは言いながらジョッキを近づけてきます。
……回避成功。
「とにかく体動かして、飯をちゃんと食ってだな。……こういう飯も、たまには悪くない」
「ボクはむしろこういうののほうが見慣れた飯だけどなぁ」
「不良少年だしな」
アンバーさんは立ち上がると伸びをして、ぼくを振り返り、ニッと笑いました。
「お使いごくろう。おかげで炊事がさぼれた」
ぼくがきょとんとしている間に、周りからは非難轟々。でもそれさえもじゃれあいに思えて、ぼくはなかなか、幸せなのです。