第035話 懇願~小さな両手~
ミツキの提案で乱れた衣装を隠すため、フードを被って孤児院に戻ってきたセレナさんは、出迎えてくれた子供たちに曖昧な笑みで急に体調が悪くなったため、今日はお仕事を休みにして帰ってきたと説明し、奥の部屋に籠った。
不安そうな子供たちをミツキとクルトが宥める。
何が無事でよかっただ。全然無事でもなんでもないじゃないか。
己の無力さが腹立たしい。
「リキッド。あたしはシスターが休めるよう準備するから、あんたはあんたの仕事をしなさい。分かった?」
「あ、ああ。いつも通りにするよ」
「お願いね。……頼りにしてるから」
ミツキはそれだけ言い残して行ってしまった。
セレナさんがあの様子だからミツキも気を張っているけど、本人もきっと苦しいのだろう。
僕は気持ちを入れ替え、子供たちに声をかけた。
すること、しなければならないことはいくつもある。
ミツキに頼られたんだ。しっかりこなさないと。
それからいつも通り授業を行い、絵本を読み、魔術を教えた。
子供たちは初めこそ浮足立っていたが、僕がいつも通りなことを感じてか少ししたら落ち着いてきた。
魔術については相性があるため、全員が出来るようになるわけではない。それでも出来ないよりは出来た方がいい。
子供たちにそう説明しながら、絶対に無理だとは伝えなかった。
僕に魔術と剣術を教えてくれたリューネ母さんもシルバ父さんも成長の遅い僕を決して見捨てなかった。
僕がここにいる期限はあともう残り数日しかないけれど、やれることは全部やっておきたかった。
文字の読み書きや算術についても魔術と同様にシューとリムが突出してよく出来た。それぞれ得意分野があるようだけど、僕が見ていないときにお互いに教え合っているそうで、伸びが良い。
教師がいなくても成長出来る環境は重要だし、どのみち僕が教えられることはそう多くない。もう十分なところまで来ているのかもしれない。
「僕がいなくなったら、二人がみんなに教えてあげるんだよ」
「リキッド、いなくなっちゃうの。いや」
リムがいつものように両手で僕の腕を掴む。
するといつも眠たげなシューが珍しく真面目な顔をして、リムを見据えて言った。
「リム、やくそく」
「シュー。でも……うん。ごめんね、リキッド」
「いいよ。僕の方こそ寂しい思いをさせてごめん」
いつものようにリムのくりくりした白い毛を撫でる。
リムが目を細めて喜ぶ。うふふと漏れた声も、心なしかいつもより寂しそうだ。それをシューがいつもの眠たげな瞳でぼうっと眺めていた。
「シューもおいで」
「……うん」
空いたもう片方の手でシューを撫でる。
リムとそっくりの顔をして嬉しそうに微笑むシュー。僕の手に頭を押し付けるようにぐいぐい来る。
僕が嬉しくなって2人を夢中で撫で回していると、いきなり後ろから誰かに背中をどつかれた。
振り向くと目を吊り上げたミツキだった。
「馬鹿。変態。死ね」
「ミツキも撫でてあげようか?」
「馬鹿。変態。死ね」
「……」
いや、まあわかってはいたけどね。
ミツキに首根っこを掴まれ、そのまま引っ張られる。
「ちょっと来なさい」
「そんなことされなくても行くってば」
「いいから」
「シュー、リム。また後でね~」
「ばいば~い」
「また~」
二人と手を振り合って別れた。切ない。
ミツキからもう一度どつかれてしまった。痛い。
ミツキに連れてこられたのは僕とヴェルが戦ったあの空き地だ。
僕が魔術の練習場所の一つに使っているため、ところどころ山が出来たり炭化していたりしているが、ミツキは気にしていないようだ。
毎晩遮断結界を使い、練習をしている。さすがに林の中では村にいたときのような強い魔術を発動させるのは難しいため、シューやリムに教えたような基礎魔術を先生指導の下、反復している。
剣の練習もしているが、短剣だけではやはりしっくりこない。あ。
「ミツキ、セレナさんはどう?」
「疲れて寝たみたい。朝みたいなことがあったらね……。お金の話は全然してくれないから、まさかあんなことになっていたなんて。何か言ってたみたいだけど、リキッドはあいつらを知ってるの?」
「あいつらは冒険者なんだ。僕が以前会ったときは四人組だったんだけど、今日はリーダー格の人がいなかった」
「そう、やっぱり冒険者ってならず者ばかりじゃない」
僕もその冒険者なんだけど。とはさすがに今は言えなかった。
ここまで連れてこられたのは今の話をしたかっただけじゃないだろう。
僕は彼女と真正面から向き合う。
どんなことでも真面目に聞くつもりだ。
「……」
「どうしたの?」
向き合ったはいいが、彼女は何かを躊躇って口に出さない。
僕は彼女が言いそうな心当たりが多過ぎて何を言われるかわからなかった。
ミツキは意思を固めるように息を吐いて、それから僕の目を見ていった。
「契約を伸ばして欲しいの」
「契約?」
「冒険者組合で受けた依頼。あれって、一月の契約なんでしょ。それを延長して欲しいの」
「どうして」
「どうしてって、あんた本気で言ってるの?」
「シューとリムはもちろん、他の子たちも絵本ぐらいなら詰まりながらも読めるようになったよね。算術だって、みんなもう僕がいなくても自分たちで問題を出し合ってるぐらいだ」
子供たちの学習意欲は高かった。
今まで学ぶことが出来なかった分、知ることが楽しかったのだろう。
乾いた土に水が染み込むように彼らは学習していった。
先も思ったが、教えることに関して僕はもうほとんどいらないだろう。
「でも、……そう!私は文字の読み書きも算術も出来ないわ!」
ミツキが必死に言う。しかしそれは、
「嘘だよね。ミツキが料理のレシピを持っているのは知ってるよ」
以前、冗談でレシピを見せて欲しいと言ったが、彼女は本当に己の料理についてレシピを持っていた。
半月以上も一緒に暮らしていたんだ。特段彼女は隠していなかったし、それぐらい知っている。
それをどこで学んだかは知らないけれど、それは彼女の努力の結果だ。今ここで知らない振りは出来ない。
彼女の嘘がバレると知っていて、それでもなお、そんな嘘に縋ろうとしたのだ。
「なんでそんなこと言うのよ。シスターがどんな気持ちでっ!」
「それは僕には関係ない」
「なッ!?」
「僕は冒険者だ。君が言うならず者の一人だ。旅の為にお金が欲しい。旅の目的だってある。君はいったいいつまで期限を延ばすつもりだ?セレナさんが借金を返済し終えるまでか、それとも孤児院の子供たちがみんな大人になるまでか。残念だけど、僕はそこまで待てない」
「馬鹿っ!このわからず屋!!」
僕は英雄でも勇者でもない。
ただの低ランクの冒険者で子供だ。なんでも出来るわけじゃない。
歯を食いしばり、拳を握りしめ、怒っているのか悲しんでいるのかわからないミツキ。
一つ、二つと、彼女の両目から雫が零れ、地面を濡らす。
僕は彼女にかける言葉が見つからず、淡々と答えるしかなかった。
「冒険者でも、あんたなら。あんただったらさっきみたいにこれからも、シスターだけでも、助けてくれてもいいじゃない!」
「僕は君が思うほど強くないよ」
今日も震えてすぐに動けなかった。
最終的に良い方へ転がったが、もし黒ローブの男があの場にいれば、きっとあのまま何も出来なかった。
「あんなに強い魔術が使えるのにっ」
「あれぐらいの魔術ならヴェルや僕の妹の方がよっぽど使いこなしてるよ」
先生がいないと何も出来ない弱虫が僕だ。僕は僕が弱いことを知っている。
そんな僕を頼って、そんな僕しか頼れるものがなくて、目の前少女が泣きながら懇願する。
縋るように僕の両手を彼女の小さな両手が握る。毎日忙しく働く者の手だ。つるつるのところなどなく、かさついて、少しだけ硬い。ところどころ傷がある。立派で綺麗な手だった。
「……おねがいだからたすけてよ」
「ごめん。約束は出来ない。……でも出来るだけ協力はするよ」
かすれた弱弱しい声。
しかし、それでも僕に差し出せるものなどなかった。
最後の言葉は言うつもりはなかったが言ってしまった。
協力出来ることなんてほとんどないのに。
ミツキやセレナさん、子供たちを見捨てられない気持ちはあるが、僕が旅に出た理由は僕のせいで石化してしまったシルバ父さんを救い出すためだ。
それなのに、原因の僕が安穏と暮らしていていいはずがない。だからこそ村を出たのに、ここでそうしてしまったら、何のために冒険者になったのかわからない。
声を殺して泣くミツキの傍に僕は黙って居続けた。
「さっきは助けてくれてありがと」
「うん」
泣き止んだミツキが初めて言った言葉は感謝だった。
別に言わなくていいのにと思ったが、律儀な彼女は言わないと落ち着かなかったのだろう。
「ところで、相談なんだけど」
「なによ。変なことだったら断るからね」
相談を持ち掛けるとむすっとミツキが答えた。照れ隠しだ。
耳がペタッと低くなっている。可愛い。
「ケイクルの鍛冶屋で僕用の剣を作ってもらってるんだけど、そろそろ出来てる頃なんだよね。取りに行ってきたいんだ。だめかな?」
「あんた、こんな状況で私たちを置いていくつもりなの。本当冒険者ってやつは最低ね」
「こんな状況だからだよ。さっき言ったあの冒険者たちのリーダー格の男は今の僕より強いもの。短剣じゃ相手にもならないよ。だから装備を取りに行くんだ」
こう見えて剣はそこそこ使えるんだよ。とウィンクすると、溜息を吐かれた。
酷い。
「わかった。行ってもいいわよ。ついでに借金について、分かる範囲でいいから調べてきて。さすがに今のシスターから聞くのちょっとね」
「了解。知り合いが少ないから期待はしないで」
「出来る範囲で協力はしてくれるんでしょ」
「もちろん」
ミツキが差し出した拳に拳を軽くぶつける。
強くてかっこいい女の子だと思う。
優しくて家族想いの女の子だとも思う。
言うつもりのなかった『協力する』の言葉は出まかせではなく、紛れもない僕の本心でもあった。
ミツキを院へ送り届けた後、すぐさまケイクルへ向かった。
先ほど男たちを捕まえた土壁の様子を伺ったが、特に変化はないようだった。
密閉されているため中の様子は伺えないが、外周から見た限りだと脱出の形跡はなさそうだ。
「先生、この魔術はどれぐらいもつと思いますか?」
『壊そうとしなければ数日は保つだろう。壊れないよう重ね掛けしておくか』
「さすがにそこまではしなくてもいいかなと思います。食事もない状態で数日閉じ込めておけば体力も落ちるでしょうし」
土壁は道からも外れているため、今日明日にどうこうされる心配もあまりないだろう。
ひとまず数日の安全確保にほっとし、ケイクルを目指す。
辿りついた都市ケイクルは久々に訪れたにもかかわらず、依然と変わりないようだ。
それはそうか。ただ半月ほど僕が林の中で生活していただけだもの。
先に情報収集するか考え、まずは当初の目的の鍛冶店を目指すため、都市の奥を目指し進んでいく。
が、
「ここ……どこ?」
雑多な建物が建ち並び、道も狭い道が入り組んでいるせいで、自分の現在位置がよくわからない。
そもそもこの道さっきも通った気がするし……
林道は薄暗いけれど、ほぼ一本道なのでわかりやすかったのに。
子供が一人で歩いているせいか、先ほどから浮浪者たちに見られているのも気になる。
浮浪者だけならまだしも、暗くなると武器を持ったゴロツキなんかも出るという話だ。出来る限り早く帰りたかった。
『……その辻を右だ』
「先生!」
さすがに日が傾いてきた頃、痺れを切らした先生が助言を僕に授けてくれて、なんとか辿り着くことが出来た。
さっきまでは全然検討違いのところを歩いていたみたいだった。
「すみません」
「なんだい?もう日暮れだから店を閉めるんだ。注文なら明日にしてくれ」
「いえ、今日は注文した品を取りに来たんです」
中に入ると注文のときにもいた短髪で恰幅のよいおばさんがいた。
閉店準備のためか、店の品を片付けているようだ。
「ああ、あの貴族の坊ちゃんといた。ちょっと待っとくれ。おい、あんたー!」
大声で中に呼びかけながら、店の奥へ向かったおばさんは、一振りの剣を抱えて、すぐに戻ってきた。
「ほら。金は既に受け取ってる」
「ありがとうございます」
「あんたみたいなガキにはちょっと大きくて重たいかもしれないから気を付けるんだよ」
鞘に入ったまま剣を渡される。
最近短剣ばかり振り回していたせいか、ずっしりと重く感じる。
装飾の少ない、無骨なロングソード。
腰に差そうとしたが、長すぎて鞘の底が地面に擦れてしまいそうだ。
「背中に背負うベルトを買ってもいいですか」
「はあ。こんなことだろうと思って用意してある」
準備が良い。
おばさんは僕の背丈を事前に知っていたから当然か。
背負うと少し大きいが、特に問題はなさそうだ。
「抜いてみな」
「はい」
鞘を傾け、剣を鞘から抜く。
滑り出た刀身は鈍色に輝き、一切の刃こぼれもなかった。
「すごい」
簡素な感想を呟き、片手と両手で剣を振ってみる。
重さと長さが思っていた以上にあって、片手で振るには慣れが必要そうだ。
「どうだい?」
「こんな立派な剣を作ってくださり、ありがとうございます!」
「仕事だ。作ったのもあたしじゃない」
「では製作者の方に伝えてください」
「まあいい。大事に扱うこと、きちんと手入れはすること。その剣で何を斬るつもりかは聞かないが、それは玩具じゃないんだ。命のやりとりをするものだからね。抜く際は覚悟を持ちな」
「覚悟?」
「剣を抜くときは相手に害意を持った時、だから害意をぶつける覚悟とぶつけられる覚悟を持つこと。そこで躊躇ったら、よくて死ぬか悪くて全部失うことだってある。理解はしなくていいから覚えておきな」
「……はい」
鍛冶屋から外に出ると、もう日が半分ほど沈んでいた。
辺りはかなり薄暗く、擦れ違う人の顔もなんとか判別出来るくらいだ。
先生は帰り道まで教えてくれることはなかったので、先ほどの記憶を辿りながら路地を歩く。
昼間と比べ、路地の人種が変わったように感じた。
年配の浮浪者が減り、花を持った女性がいくつかのグループに分かれ、何人か身を寄せ合っていた。
おばあさんのような人もいれば、セレナさんやセレスさんほどの若い女性もいた。
身なりも様々だが、1つだけ共通店があり、皆が一輪の花を持っていた。
前回、ヴェルと一緒に来た時にもいたが、時間帯のせいかかなり多い気がする。
「ねえ、先生」
先生に話かけたとき、ふと視界を見覚えのある人物が横切った気がした。
きっと気のせいだ。
あの人がこんな場所に、こんな時間にいるわけがない。
そう思いながらも後をついていく。薄暗い路地のため、顔がはっきりと見えない。
背格好が似ているだけなのかもしれない。それでも。
向こうは追われていることに気付いていないのか、ちらちらと周囲を見回してはいるが、こちらに気付く様子はない。
その人物が若い男を見つけて、近付いて声をかけた。
「あの、……花をお買いになりませんか」
間違いない。声を聴いて確信した。
一輪の白い花を持つ彼女は、元シスターのセレナさんだった。
お読みいただきありがとうございました。




