第034話 土壁~土塊の檻~
早朝の孤児院の裏手。
そこに僕たち4人はいた。
少年と少女が少し距離をとって向かい合い、僕たち二人はそれを並んで眺める格好だ。
「水よ、水球となりて我が手の中に沸き出でよ!水圧弾!」
少年――シューが魔術によって頭の上に掲げた両手の間にバケツ一杯ほどの水の塊が出来上がる。
シューはもうほとんど失敗することなく、この魔術を行使出来ていた。
「いくよ、リム!」
振り上げた両手を振り下ろし、正面に立つ少女に向かって、水球を投げつけた。
呼ばれた少女は返事を返さず、ただ呪文を紡いだ。
「風よ、渦となり我が前に吹き出でよ!春風!」
少女――リムが魔術によって起こしたつむじ風が舞い上がる。
つむじ風に衝突した水球は弾け、辺りには冷たい飛沫が飛び散った。
それを唖然とした表情で見つめる女性――元シスターのセレナさん。
今日は彼女にお披露目をするのが目的だったのだ。
「シュー、リム。二人ともよく頑張ったね」
「まあ」
「うん!」
シューはいつもどおり少し眠たそうにしているが、でもよく見ると少し興奮しているようだ。頬が赤い。リムも嬉しそうに僕のところへ駆け寄ってきた。
「リキッド、ありがとう」
「どういたしまして。でも、僕は二人が一生懸命に努力したからだと思うよ」
ふわっとした笑顔で僕の左腕を両手で掴むリムの頭を優しく撫でた。リムが嬉しそうに眼を細める。リムのくりくりした白い毛は柔らかくて、撫でるとこっちも気持ちが良くなるので彼女がこうして寄って来るたびに撫でてしまう。
こうしていると少しだけ、村に残してきた妹のリエルのことを思い出す。
ヴェルが去ってから半月以上が経っていた。村を出てからの日数は一月ほどなのに、もう懐かしい気持ちが沸いてきた。少しだけ寂しいと思ってしまった自分がなんだか恥ずかしかった。
リムは魔術が使えるようになるまでシューよりも時間はかかったが、それでも諦めずに練習を重ねてこうして無事に魔術を習得することが出来た。
リムはおっとりとした性格だけど、結構我が強い。良い意味で人に譲らないところがある。今回も僕は正直間に合わないかもしれないと思っていたけど、彼女は諦めず努力を続けた結果こうして披露することが出来たのだ。
「二人とも素晴らしいわ。いつの間に魔術なんて使えるようになっていたの」
「リキッドが教えてくれた」
「リキッドのおかげ」
「あら、まあ。リキッド君。算術や読み書きだけでなく、魔術まで教えてくださったの」
「なりゆきで、ですけど。でもこの二人は特に頑張っていて。夜はセレナさんが忙しそうだから、朝から早起きしてセレナさんに見て貰おうって頑張ったんですよ」
「そうですか。ありがとうございます。シュー、リム。二人ともよく頑張ったわね」
「リム、がんばった」
「シューもがんばった」
「あらあら」
ちなみにシューと同じで一発で発現したレオは一向に上達しない魔術に飽きたようで、他の子たちを連れて遊び回っている。勉強は続けているし、魔術の練習は疲労に対して成果がわかりづらいので、続けたくなくなる気持ちはよくわかった。
リューネ母さんと僕とリエルもこんな感じだったのか。
二人の成長に喜ぶセレナさんとシュー、リムを見ているとふとそう思った。
また村のことを思い出した自分に苦笑いをしてしまう。
「シスター、そろそろ行く時間じゃないの」
「あら、もうそんな時間?シュー、リム二人とも今日は良いものを見せてくれてありがとう。リキッド君も改めてありがとうございます。何もお返しできなくて申し訳ありませんが」
「いえいえ、勉強を教えるついでですし、自分の勉強にもなりますから」
「あらあら、そんなに謙遜しなくても」
実際、シューたちに教えるようになって僕の魔術も安定してきた。
二人が今日使った魔術ならほぼ失敗無しだ。
「ほらほら、リキッドは邪魔しない。いってらっしゃいシスター、道に気をつけてね」
「はい。いってまいります。みんなのことよろしくお願いいたします」
みんなの朝食を作るミツキがエプロン姿でシスターを見送る。
僕はミツキに言われ、砂ぼこり等で汚れたシューとリムの服装を整える。
最近はヴェルのように水圧弾で服を水洗いして熱風で乾燥を一人で出来るようになった。
このコンボが洗濯に非常に便利なのだが、ミツキに見つかると目を吊り上げて『生地が傷むでしょ!』と怒るのだ。解せぬ。
片付けが終わった頃にエプロンを脱いでいつもの服装に戻ったミツキが声をかけてきた。
「リキッド、そっちは終わった?」
「終わったよ。大丈夫」
「熱風は使ってない?」
「今日は」
「……」
「使ってません。大丈夫。そんな怖い目で見ないで」
噛みつかれるかと思った。
「シスターがお弁当を忘れて行っちゃったみたいで、届けに行こうと思うの」
「だったら付いて行くよ」
「え」
「なんで嫌そうなの」
「一人でいけるし。あんたにはみんなの面倒を見てて欲しいと思ったんだけど」
「わかった。ミツキは僕を信頼して任せてくれたんだから、安心していってきてくれ」
「留守番はクルトにお願いしてくるわ」
「じゃあ、院の玄関で待ってるね」
「はあ」
ミツキが呆れたように溜息を吐いた。
朝方とはいえ、薄暗いところが多い林道を女の子一人で歩かせるのもどうかと思ったんだけど、上手く伝わらなかったようだ。
練習着から外出用の服装に着替える。念の為、短剣も持っておく。
外で待っていると、小振りのバスケットを持ったミツキが来た。
フード付きの以前町で追いかけっこした際と同じ服装だ。
「あら、リキッドも着替えたの?それにしては早かったわね」
「ミツキと出かけるのが楽しみで昨日はほとんど寝てないからね」
「まったく。さっき無理矢理ついて来ようとしただけのくせに」
ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
フードのせいで耳も表情もこちらから見えない。
声からして怒っているわけではなさそうだ。
「今からなら仕事が始まる前に会えるだろうし、急ぐわよ」
「了解」
急ぐと言っても走るのではなく早歩きぐらいだけど。
このペースだとおそらく町に入るかぐらいでセレナさんと合流できるだろう。
そんな僕の考えはあっさりと外れた。
「すみません。私は急いでいるので、道を通してください」
「おいおい、こっちの話は無視かよ」
「急いでいるのはこっちなんだよ、借りたものはきちんと返しましょうって親から聞いてないのか」
「借りた分のお金は既に返しているはずです!」
「利子って知ってる?そういえば数数えられないんだっけ?俺が教えてやろうか、ベッドの上で」
「アハハハハハッ」
セレナさんはガラの悪そうな三人組の男たちに絡まれていた。
状況把握のため立ち止まった僕とは対照的にミツキが飛び出した。
「何してんのよ、アンタたちッ!」
「なんだこのガキが!」
飛び掛かられた男が咄嗟に腰に差したこん棒を振り抜き、ミツキを打ち払う。
「キャッ!」
「ミツキ!あなたたち、子供に手を上げないで!」
殴り飛ばされて地面を転がるミツキに駆け寄るセレナさん。
「そのガキが勝手に来たんだろ。殺すぞ」
「まあ、落ち着け。見ろよ。あのガキ、ちょっと前に盗みばかりやってた灰狐の亜人だ。捕まえてジガディさんのところに連れていけば小遣い稼ぎになるぞ」
転がった反動でフードが脱げたミツキの耳を男の一人が目ざとく見つける。
咄嗟に身を隠して様子を伺う僕には気付いていないようだ。
ジガディ?あの黒ローブの仲間か。
よく見たらヴェルを睨みつけていた短髪もいる。
「悪いなシスター、そういうことだ。今日は見逃してやるから、代わりにそいつを寄越してもらおうか」
「私がお金のために子供たちを売ると思っているのですか。馬鹿にしないでください!」
「なあに、孤児院のガキどもを自主的に売るわけじゃねえ。躾が行き届いていないそいつが悪いんだ。俺たちは自衛のためにそいつを捕まえる。お前は借金返済の時間を得る。何も悪いことはない」
「詭弁を言わないでください!」
「こっちがいつまでも下手に出てると思うなよ。頭カチ割るぞババア」
「ひぃっ」
「あんたがいくら金を払ったと言ってもこっちには契約書もある。出るとこ出てもどうにもならないことが分かってるから逃げ回ってるんだろ。なあに、あんたは身なりは酷いが素材は悪くない。なんなら一晩で稼ぐ方法を教えてやってもいい」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、本当だ。あんたが何日分も働くよりも稼がせてやる。ただ」
「ただ?」
ミツキを庇いながら、縋るように男を見るシスター。
男たちは下卑た笑いを浮かべ、シスターたちに詰め寄る。
「まずは俺たちに股でも開いてもらおうか」
「嫌ぁっ!?」
2人がシスターの両脇から腕を掴み、茂みへ引きずり込む。
残り1人がミツキを担ぎ上げた。
『いいのか』
先生が言う。
いいわけがない。
でも、僕は震えてそこから動けないでいた。
怖かった。
今この場にジガディと呼ばれた黒ローブの男はいない。
しかし、その仲間たちがいるということはいつこの場に現れてもおかしくないのだ。
怖い。
以前会ったときは何をしたのかわからないまま吹き飛ばされた。
あの時一緒にいたヴェルも今はいない。
『あの時、決意したのではなかったのか』
魔族が僕たちの村を襲った日。
あの日、僕は大好きな人たちを守ると決めた。
その結果、守れたものと守れなかったがある。
今回も勝てないかもしれない。でもそれは決して逃げる理由にはならないとあの時も覚悟したはずだ。
短剣の柄を握る。短く軽いが、それでも毎日握っているとすっかり手に馴染んでいる。
息を軽く吐くと震えは治まっていた。
「――水よ、弾丸となりて我が敵を撃ち抜け!水圧散弾!!」
生み出した多数の弾丸が的確に男たちにのみ命中し、吹き飛ばす。
「なんだあっ!?」
「魔術だと」
「あんときジガディさんにぶっ飛ばされたガキじゃねえか」
シスターたちから距離を取らされた男たちが傷を庇いながらも立ち上がる。
ところどころ傷はあるが致命傷はなさそうだ。
シスターと隣に並んだミツキを見ると少し泥が付いているぐらいで2人とも大事はなさそうだ。
『今のは良かった』
「ありがとうございます」
さて、ここからどうしよう。
勢い余って魔術を撃ってはみたものの、3対1ではさすがに勝てないだろう。
三人ともこん棒等で既に武装している。腐っても冒険者なのだ。多勢に無勢だ。
だったら、まずは数を減らそう。
「――土の精霊よ。我の求めに応じて力を示せ!土塊による強固な築堤を此処に!土王の尾甲!!」
地に付いた両手から大量の魔力が吸い出される。前回のヴェルと戦ったときよりも大量に魔力が消費されるが、毎日練習してきた魔術だ。このぐらい序の口だ。
男たちを囲むように轟音とともに分厚い土壁がそそり立つ。
彼らの四方を男たちの数倍の高さの壁が囲った。出てこられると困るので、きちんと蓋付きだ。
外側から見ると四角い縦長の箱に見える。魔力で固められているため土壁だが硬度としては岩よりも硬い。
堤というよりもはや檻だ。
「うそ……全部捕まえちゃったの?」
ミツキが呟いた声が風に乗って聞こえてきた。
土壁の中から三人の男たちの怒鳴り声が聞こえる。こん棒等の武器を叩きつけるような鈍い音が何度も続くが土壁はびくともしない。一応、僕も以前実証してみたが、短剣程度では刺さることも出来なかったし、外側から水圧弾をぶつけた程度では崩れるどころか凹みもしなかった。
逃げられても1人か2人捕まえられれば良いと思ったが、どうやら全員を捕らえたみたいだ。
「すぐに助けられず、すみませんでした。セレナさん。ミツキも怪我はないか」
「はい。なんとか。いえ、そんなことより、あれは?」
「魔術です。今朝シューたちがやって見せたでしょう」
混乱するセレナさんの手を引き、立ち上がらせる。
ギリギリのタイミングだったようで衣服の胸元が大きく開かれている。セレナさんは恥ずかしそうに片手で隠すが、全然隠れきれていなかった。以外と大きい。今はよそう。流石に失礼だ。
ミツキの方は衣服の乱れも無かった。
二人が無事でほっとした。
「それとは全然違うように思えたのですが」
「シスター、気にしても無駄よ。リキッドはいろいろおかしいから」
「助けてもらっておいてそれはないだろ」
「恩に着せたいならもっと早く動きなさいよ」
「うっ」
ミツキに痛いところを突かれた。
完全にその通りだ。
僕が初めから動いていれば、二人が怖い思いをすることはなかったかもしれないのだ。
「で、あれはどれぐらいもつの?」
「丸1日は持つと思うけど、正直わからない。多少の攻撃や魔術で簡単に崩壊しないとは思う」
あの黒ローブの男に見つかればどうなるかわからない。
とはさすがに言えなかった。
「シスター、今日は帰りましょう」
「でも、お仕事が」
「お金なら私やクルトがなんとかするわよ。それよりシスターに何かあったらどうするの。それにそんな恰好のままお仕事にはいけないでしょ」
「そう、ですね。……そういたします」
自分の状況を思い出したのか、赤面したセレナさんが諦めて頷いた。
お読みいただきありがとうございました。
突然の長期更新休止失礼いたしました。
これからは頻度を上げて書きます。




