第033話 師匠~ヴェルフレア=ラッセル~
主人公の親友、ヴェルの視点です。
馬車に乗って二日。既にケイクルの町を出て次の町まで辿り着いたが、まだヴェルの手の痺れは取れていなかった。
揺れる馬車の中で痺れる手を握りしめ、町へ残してきた友の名を呟く。
「リキッド……」
二日前の明け方。彼は親友のリキッドと手合せをした。
いつもの遊びではなく、真剣を使った命のやり取りだ。
ヴェルは本気で戦った。
今まで誰にも見せなかった無詠唱魔術も使った。一人で研鑚を積んだ剣術も使った。
結果的に試合には勝利したが、納得の行くものではなかった。
以前、ヴェルの住む村に魔族が襲来した。
その時にヴェルは立ち向かいはしたが、何も出来なかった。
魔術も剣術もまったく歯が立たなかった。
悔しさよりも無力感だけがあった。
貴族として領民と領地を守るのが義務だとリキッドに啖呵を切った直後だったというのに何も出来なかった。
しかし、リキッドは違った。
彼はたった一人で魔族を何体も倒したのだ。
途中気を失っていたのですべてを把握していたわけではないが、リキッドがいなければ村が滅んでいたのは確実だっただろう。
あの時見た白く輝く魔力を纏うリキッドは強かった。
そのリキッドを倒すため、無詠唱呪文を習得し、剣術も更に磨きをかけた。
今までの手合せでは一度も魔術を使ったことはなかった。純粋な剣術だけでしか戦ったことはない。
しかし、どれだけ修業を重ねても剣術でリキッドに勝てると思えなかった。
だから今回は魔術を使った。卑怯な手だと自分でも思う。
それに剣に関してもヴェルの剣は特注品。リキッドの剣は量産品だ。お互いが剣術を使うとその差は歴然となる。
実際、最後に激突した時も剣の差で勝った。もしリキッドの剣がまともなものだったらヴェルは叩き斬られていただろう。正々堂々と戦うならヴェルも同等の物を使うべきだったのだ。
そして最後に、魔術について。
地中から土柱を大量に発生させるあの魔術は上級魔術だろう。
リキッドはヴェルの退路を塞ぐために使用したが、もしあれが直撃していた一撃で負けていた。
ヴェルはまだ中級魔術さえ扱えないというのに、リキッドはいつの間にか上級魔術を使いこなしていた。
もっと強くなりたい。
治癒と医術について学びたいのは事実だが、それでもヴェルも男だ。幼馴染の友人より強くありたい気持ちは間違いなくある。
しかし、どうやったらリキッドより強くなれるのか見当もつかない。
単独で魔族と互角以上に戦える人間などそうはいない。
腐りそうになる気持ちを奮い立たせるが、腕は痺れたままだ。
いや、痺れていると自分が思っているだけで、震えているのだ。
己の力の無さに。
無力に。
絶望に。
手合せには勝ったはずなのに、ちっとも勝った気がしない。
「どうした、坊主。若いのに辛そうな顔して」
「……?」
顔を上げるとすぐ隣に座っている頭頂部の禿げた年配の男性が話しかけてきたようだ。
体は小柄で少しぼろいローブを纏っている。傭兵や冒険者には見えないからきっと旅人か世捨て人だろう。
「辛いときは楽しいことを考えるがよい。こんなふうに」
「ひゃあん!?」
「ふひひ」
男性が小声で言った途端、馬車の向かいの席に座っていた、妙齢の女性が悲鳴をあげた。
男性は下品な顔で笑っているが、女性は気付いていないようだ。
ヴェルからも男性が何かをしたようには見えなかった。
しかし、女性の反応は違う。
「え、なに?今、私の胸が揉まれて、あれ?」
「どうしたんだい、ハニー」
「今、私の胸を触られて。もう!ダーリンねっ!次の町に着いたらちゃあんと相手をしてあげるから我慢してよね。ほら、向かいの席のお坊ちゃんもこっち見てるじゃない!」
「おお、愛しいハニー。次の町についたら朝までベッドの上でワルツを踊ろうじゃないか!なに、覗きたい者には見せつけてやればいいのさ。君の肢体は誰よりも美しいからね」
「んもう!ダーリンったら!」
何故かいきなりいちゃいちゃし始めたが、女性は誰かに胸を揉まれたと言っていた。だが、女性の隣にいるダーリンと呼ばれた男は何もしていなかった。
怪しいのはやはりこの年配の男性だ。
「少年よ。悩むな。小さきことで悩むなら、もっと大きな志を抱け。ただし気軽に女は抱くな。胸を揉んで、尻を撫でるだけにしておけ。それが長く自由でいる術だ」
「何を言っているんですか」
「ん、悩みがあるんじゃろ。その顔を見ればわかる。しかし、そんな若い頃から悩んで腐るのはよくない。この儂が遊び方を教えてやる。あとバレないおっぱいの揉み方と嫌われない尻の撫で方じゃ」
「結構です」
「なんでじゃ!?」
心底驚く年配の男性。いや、エロじじい。
まるですぐにヴェルが頷くだろうと思っていたようだ。
「儂の誘いを断ったのはお主で二人目じゃ。じゃが、一人目も結局儂の教えに従ったし、お主も直に教えを乞うようになるじゃろう。何せ、男は乳を揉むために生まれて来たわけじゃし」
「いや、それは違うと思いますが」
とんでもないエロじじいだった。
出来れば関わりたくないない。
次の町で馬車を乗り換えよう。そうヴェルは決心した。
しかし、次の言葉でその決心は簡単に揺らいだ。
「今、胸を揉む儂の動きは見えなかったじゃろう。儂の教えを受ければその速度の技術を習得することが出来るかもしれぬぞ。強く、なりたいんじゃろう?」
「……はい」
「よし、ならば教えを授けよう。久々に腕が鳴るわい。儂はすごいぞ。何せ聖女の胸も揉んだことがあるからな」
「……それは本当なのですか?」
やっぱりただのホラ吹きかもしれない。
信用していいのだろうかと思い悩むヴェル。
「本当じゃ。実際前の弟子は勇者じゃったしな。もう十年以上も前の話じゃが。なに、この馬車に乗っているということは学術都市まで行くのじゃろ。儂も同じじゃ。道中は長い。技術を教えるのはもちろんじゃが、他にもいろいろ話してやろう」
年配の男性は楽しそうにそう言って、白い髭が生えた顎を撫ぜた。
彼がいれば道中リキッドのことで悩む暇も無さそうだし、プラスなのかもしれない。
そうであって欲しいと思うヴェルであった。
「ちなみにお爺さんは学術都市に何をしに」
「そんなの決まっておろう。もうすぐ新学期で各地から新しい学生が来るからな。揉み放題撫で放題じゃ。毎年この時期になると数日だけ滞在して、学術都市の冒険者組合や治安維持組織から指名手配されるまで遊ぶのが老い先短い爺の生きがいじゃからな」
「……」
「そんな面白い顔をするでない。儂のことはこれから師匠と呼ぶがよいぞ。かっかっか!」
もういっそこの場でこのお爺さんを斬った方が世のためになるんじゃないかと思った。
こうして、新しい悩みの種を抱えて、ヴェルの新しい旅は始まった。
ここでこの男性を斬っておけばよかったとヴェルは何度も思うことになるのだが、それはまた別のお話。
お読みいただきありがとうございました。




