第032話 別離~残された伝言と無言の誓い~
そこは僕たちがいつも遊ぶ丘だった。
村が見下ろせる小高い丘だ。
僕たちの4人の先頭をが走る。
ヴェルの姉、オリアナ|アン姉ちゃん|は年長ということもあって背が高く、足も速かった。
彼女が棒を振り回しながら走るのを僕たちは置いて行かれないよう必死で走った。
ただ、アン姉ちゃんは僕たちを置いていくことなんてなくて、僕が転んでしまった時もすぐに助けに来てくれる人だった。
転んで膝を擦り剥いてしまった僕は痛いやら恥ずかしいやらで泣いてしまった。僕は片目が無いこともあって、子供の頃は転ぶことが多かったのだ。
その姿を見てヴェルは笑い、リエルは困った顔をしていた。
アン姉ちゃんは僕の前にしゃがみこむと傷口の汚れを取り、ハンカチで綺麗にした後、僕の頭を撫でてくれた。
優しく柔らかいその手に僕は自然と涙が止まってしまう。
アン姉ちゃんに優しくされたらすぐに泣き止んでしまうことがなんだか恥ずかしくて、もういいと首を振る僕だったけれど、アン姉ちゃんはなかなか離してくれなかった。
『わたし、リキッドの金の髪好きだな。さらさらで柔らかくて、それにすごく綺麗』
『そう、かな?』
僕は両親にも誰にも似ていない髪があんまり好きじゃなかったのだけど、アン姉ちゃんがそう言ってくれると金髪もいいかなと思えたのだ。
我ながら単純だと思うけれど、仕方ない。
『ねえ、リキッド。わたし――』
『アン姉ちゃん?なあに。聞こえないよ、アン姉ちゃん』
アン姉ちゃんの声が遠くなり、口が動いているのはわかるのに、声が聞き取れなくなっていく。
次第に目の前が白く染まっていく。
嫌だ。行かないで。
アン姉ちゃん。
もう、僕を置いて行かないで。
「アン姉ちゃんーっ!!」
「わっ!?」
「おきた」
すぐ近くで子供の声がした。
顔を向けると見覚えのある白いくりくりした毛を持つよく似た男の子と女の子だった。
二人は驚いた顔をして僕を見ていた。
「ミツキよんでくる」
「おねがい」
女の子の方が立ち上がって奥に入っていく。
僕は寝かされていたようだ。敷き布団の上で薄いタオルを羽織っていた。
「もうお昼だよ。よくねてたね」
「そんな時間なの?あれ、そもそもどうして僕はここに寝ているの?」
「えっとそれはね」
「そうだ。ヴェルは!?今日の朝手合せがあるのに、寝過ごしたのか僕は?!」
目の前の男の子を放置して思考が回転を始める。
確か昨日の夜、庭で魔術を使ったのがミツキにバレて怒られて、それで――
『落ち着け。お前は負けたのだ』
「負けた?先生何を言って!?」
「先生?」
『頭を打ったショックで忘れたのか?お前は小僧と戦って負けて意識を失ったのだ』
「そんなっ!い゛っ!」
先生の言葉に驚き、身を起こすと全身から痛みを感じた。
頭も割れそうに痛い。慌てて手で押さえると頭には包帯が巻かれていた。
「ちょっと!何してるの!!まだ大人しくしてないと傷が開くわよ!」
「ミツキつれて来たよ」
「リムおそい」
先ほどの少女を連れたミツキが現れた。
少女の名はリム。僕の側にいる男の子はシューだ。
痛みによって、寝起きの頭が少しだけまともに動き出した。
「僕は、ヴェルに負けたの?」
「……そうよ」
「……」
「ごめん二人とも。あたしはちょっとこいつと話があるから外でみんなと遊んできてきれるかな」
「はーい」
シューとリムは声を揃えて返事をすると、ゆっくり部屋を出て行った。
足取りが若干覚束ないのは眠たいのだろうか?
二人が部屋を出ると、ミツキが僕の側に腰を下ろした。
「リキッド、どうやって負けたのか。覚えている?」
「……わからない」
魔術で避けられないよう道を塞いで、そのあと全力で正面からぶつかった。と思うんだけど、その後の記憶がすっぽりと抜けている。
「私からも魔術の土が邪魔で全部見えていたわけじゃないけど、砲丸みたいに跳んで行ったあなたと彼の剣同士がぶつかって、それで――」
「僕の剣が折れたんだよね」
そうだ。その後、勢いを殺された僕はそのままヴェルの一撃を食らって負けたのだ。
きっとその時に全身を強く打ったのだ。
気を失った後、僕はこの孤児院に連れてこられたのだろう。
「思い出したよ。ここまで連れてきてくれたのはミツキとヴェルが?」
「うん。もう行っちゃったけど。起きたらありがとうって伝えてくれだって。それにまた次に会う時には俺ももっと強くなって待ってるって。またわざわざ喧嘩するなんて男の子って意味わかんない」
「そっか。正午の馬車で出るんだった。悔しいけど、今回は完敗だったなあ」
負けた。
負けてしまった。
ああ、悔しいなあ。
もっと本気で鍛錬しなきゃ。
「なんか笑ってるし。負けたのに嬉しそう」
「そんなことはないけど、ははっ」
確かに僕は笑っていた。
少しだけ寂しいけど、でもヴェルは僕にありがとうと言い残して言ったのだ。
僕は彼の本気に答えられたのだ。
それが誇らしい。
「そうだ。言い忘れてたけど付き添ってくれてありがとうミツキ。ミツキがいてくれなかったら、僕はこうやって笑えなかったかもしれない。ヴェルの言葉も聞けなかったかもしれないしね」
「べ、別に感謝して欲しくて付いて行ったわけじゃないし!」
「そうだね。ミツキはただ心配して付いて来てくれたんだものね」
「そういえば!さっきシューとリムいたでしょ」
唐突にミツキが話題を転換させた。
さっきから彼女の銀の髪から出た耳がぴこぴこと動いている。それに顔も若干赤くなっているようだ。褒められなれていないのかもしれない。
「二人ともあんたに懐いているみたい。いつもならすぐ昼寝するのになかなかあんたの側を離れなかったし」
「なんで僕に懐いたんだろう」
「この前の物語を聞かせてもらったのと魔術を教えてもらったのが嬉しかったみたい。あの二人は特に他の子たちより大人びている部分もあるし知らないことを教えて貰うのが随分嬉しかったんでしょ」
「へぇ、ミツキはよく見ているんだね」
「だーかーら!なんであんたはそうやって!」
「あはは、なんで怒るのさ」
怒っているように見せているというのは僕でもわかった。
ミツキの顔が真っ赤だったからだ。
彼女をからかうつもりはなかったけれど、結果的にそのような形になってしまった。
「ミツキそろそろお話おわった?」
「リキッド元気になった?」
「シュー、リム。そうね、もう大丈夫そうよ」
部屋の入口のところで覗き込むようにしてこちらに問いかける少年少女にミツキが返事をした。
どうして僕の体調のことなのにミツキが返事をするのか。まだ体は痛むんだけど。
まあ、いいか。
「どうしたの、二人とも」
「今日も『じゅぎょう』する!」
「おや」
勉強熱心な生徒さんたちだ。何故だか少し嬉しい。
シューとリムの姿が、僕とヴェルとリエルの学ぶ姿に重なる。マリアンヌ様たちもこんな気持ちだったのだろうか。
「わかった。準備をするからみんなを集めてくれるかな。ミツキ、何か食べるもの残ってないかな。さすがに少しお腹が空いちゃって」
「仕方ないわね。お昼のスープとパンが何故かちょうど一人分余っているから持ってきてあげるわよ」
「ありがとう」
ミツキの優しさに感謝だ。僕の元から離れて台所へ向かうミツキに感謝の言葉をかける。
さて、気持ちを切り替えよう。
ヴェルとは少しお別れだ。
別れの言葉は交わせなかったけれど、それでももう会えないわけじゃない。
また会える。
ミツキから伝えられたヴェルの言葉も待ってくれるという内容だった。
また次にヴェルに会ったときに落胆されないようにもっと強くならないと。
僕は無言で誓いを立て、拳を握りしめた。
お読みいただきありがとうございました。




