第031話 激突~VSヴェルフレア=ラッセル~
早朝。
冷たい湿った空気が漂う。
僕とヴェルは離れて向かい合っていた。
場所は孤児院から少しだけ離れた空き地。
しかしまだヴェルとは一言も交わしていない。
孤児院に訪れたヴェルは何も言わずに僕に剣を渡した。
数打ち品、質に拘らず量産されたものだが真剣だ。
僕は無言でそれを受け取るとヴェルに連れられる形で孤児院を出た。
「二人とも本当に真剣で試合をするの……?」
僕らの異様な雰囲気に何かを察したのか心配したミツキも付いてきた。
今は少し離れた空き地と林の境目の辺りに立って心配そうな目で僕らを見ている。
ここにいるのは僕、ヴェル、ミツキの三人だけだ。
そしてヴェルがここに来て初めて口を開いた。
「俺は本気のリキッドと戦いたい」
「わかった」
「リキッド。俺の名前を言ってみろ」
ヴェルが手に持った愛剣を鞘に刺したまま僕に向ける。
真剣で手合せをするのは初めてだけれど、ヴェルが本気なのは目を見てわかる。
「ヴェルフレア」
「ああ。ヴェルフレア=ラッセルがその名に懸けてリキッドに挑む。本気を出せよ。つまらない戦いをするなら殺すぞ」
ヴェルの顔は笑っていたが、目はまったく笑っていない。
彼は本気だ。
僕も本気を出さなければ、死ぬ。
「岩石弾!」
「!?」
唐突に手合せが始まった。
僕らの手合せにスタートの合図はない。
用意が整っていたらあとは互いの思ったタイミングだった。
そして今回のスタートはヴェルの無詠唱魔術から始まった。
岩石弾。石を魔術によって相手に飛ばす土の初級魔術。
ヴェルの足元にあった小石が魔力により周辺の砂を纏い、更にそれを圧縮したこぶし大ほどの弾丸が2発、僕の顔面に向かって高速で放たれる。
僕はそれを慌てて鞘から抜き去った剣で払う。
剣の背に当たった弾丸はいなされ、後方に飛んでいく。微妙にタイミングがずれた二つをいなしきれたのは偶然だった。
強い衝撃に痺れる手で剣を握り直すと、すぐ眼前に既に抜身の剣を振り上げたヴェルがいた。
「ちっ!」
振り下ろされる刃の直撃を紙一重で躱す。
初めて見る無詠唱魔術で驚いている場合じゃなかった。
顔面への岩石弾は僕を攻撃するためだけでなく、視界を塞いで次の攻撃に繋げるためでもあったのだ。
地面を転がって、ヴェルから距離を取って姿勢を整える。
僕の腕には浅く切りつけられた傷があり、そこからは少量の血が流れていた。
ヴェルは追撃せず、こちらの様子を見ている。
先ほどと同じように無詠唱魔術の先制攻撃を受けるわけにはいかない。
僕はすぐにそう判断して、ヴェルに向かって突進する。
右上段からの袈裟斬り。勢いがついたそれをヴェルが剣で強く弾く。
僕は後ろに倒されそうになる体を無理やり前傾にし、更に追撃する。
初めて握った剣は手に馴染まないが手合せには十分だ。
数か月前の魔族と戦ったあの日を思い出す。
ヴェルはまず間違いなく魔族よりも弱い筈だ。
正面から戦えば僕は負けない。
「うおおおおっ!」
上から、右から、左から。袈裟斬り、斬り上げ、横一線。
さまざまな方向から剣を振るう。
しかし、ヴェルは涼しい顔をしてそれらをいなしていく。
「それで本気か?あまり俺を落胆させるなよ」
「は?ぐばっ!?」
払われた剣の下からヴェルの膝が急に現れた。
知覚しきれなかったその一撃が急浮上し、前傾になっていた僕の胸を捉える。胸に衝撃を受けて息が詰まった。
その隙を見逃すヴェルではない。
振りかぶった剣が容赦なく振り下ろされる。
「だめえええ!!」
「ッ!がああっ!!」
無理やり体ごと腕を捻り、剣で止める。
しかし態勢の崩れた僕が受け止めきれるわけもなく、無様にぶっとばされる。
地面に叩きつけられ、それでも威力の死にきらない衝撃で体がバウンドし転がる。
衝撃が終わり止まった後も頭を打ったのか、目の前が揺れて立ち上がることが出来なかった。
体中が痛くてどこが痛いのかよくわからない。骨は折れてないし、腕以外に傷らしい傷もないようだ。
なんとか地面に手をついて態勢を戻そうとするも上手くバランスを取れなくてすぐに地面に伏してしまう。
「俺の勝ちだな。これで299勝299敗か。どうして本気で来なかった」
「……僕は本気だったよ」
「あの時のお前はこんなもんじゃなかったはずだ」
「……」
ヴェルのいうあの時とは魔族と戦ったときのことだろうか。
心底つまらなそうにするヴェルだったが、これが実力差なのだ。
なにが『ヴェルはまず間違いなく魔族よりも弱い筈』だ。間抜けすぎて笑うことも出来ない。
魔族に勝てたのは先生の助力があったおかげで、僕ひとりだけの力ではないのだ。
調子に乗ったらすぐにこの様だ。
「失望したぞ、リキッド。俺はもう町へ戻る。次に会うときは」
「――待ってよ」
ふらつく体を意地で起こす。まだ立ち上がる余裕はない。片膝は地面についたままだ。
こんな形でヴェルと別れたらだめだ。
ちゃんと全力で戦わなくちゃ。本気でぶつかるんだ。
転がった時に剣は手放してしまった。拾いに行く余裕はない。
しかし、腰には短剣があった。
「引き分けのままお別れだと気持ち悪いでしょ?」
「ちょっとまだする気?あんたもうボロボロじゃない!」
傍に駆け寄ってきたミツキが僕を支えようとするのを手で払う。
彼女の優しさはかけがえのないものだが、今は受け取れない。
ミツキが止めようと再び近づこうとするのを目で断る。
僕の意思を汲み取ったのかミツキは黙って僕から離れた。
「いいのか。さっきよりも随分弱ってそうに見えるぞ」
「見た目で判断するなよ。僕の本気はかなり強いよ」
「ふふ。期待していいんだな」
意識を集中させる。体内に渦巻く魔力を全身に纏わせる。白い魔力が全身に行き渡る。
全身の体の痛みがほんの少し紛れた。
根本から考え直そう。
ヴェルは僕より強い。
剣術は僕の方が強いと思っていたけど、相手が一枚上手、更に僕に扱えない無詠唱魔術すら使う。
武器だって、向こうは特注の剣。こっちは量産の剣。
先ほどの一戦で向こうは傷を負うどころか息も切らしていないのに、僕は満身創痍だ。
この差は何だ。最後の手合せの時と何が違う。
ひとつわかるのはヴェルは僕を殺す気で来ている。
真剣を扱うことによる覚悟の差。
僕は先ほどそこまで本気を出したのか。
答えは否だ。出来るわけがない。
しかし、それではヴェルは納得しないだろう。
彼は自分の名を懸けて僕と戦っている。何度も繰り返すが本気なのだ。
それに僕が答えなくてどうする。
僕は僕が出せる全力を尽くすべきなのだ。
だったら――
「土の精霊よ。我の求めに応じて力を示せ!土塊による二尾の築堤を此処に!」
先生の助力がなくても、僕だけで扱える魔術を選んだつもりだ。
これだけは命令式を理解しているのもあって、なんとか扱える。
ヴェルも僕が何をするのか興味があるのか妨害はしないようだ。ちょうどいい。
地面に当てた両手から魔力を無理やり流しだす。
急激に全身から魔力が喪失するが構わない。
「――土王の尾甲!!」
僕の右側と左側の地面から黄色い光が輝き、その光の上に土の柱が爆発するかのようにせり立つ。
「いっけええええっ!!!」
「なっ!?」
そのまま二つの柱のすぐ隣から新たな土柱がせり出す。更にその隣にも。その隣にも。
直線を描くように次々と並び現れる二列の土柱が並行してヴェルのいる方向へ伸びる。
「くっ。どうやって防げば!?いや、これは。どういうことだ!?」
並行して進む土柱がヴェルの両隣を通り過ぎた。
自分に向かって放たれたと思っていたヴェルが不思議がる。もちろんミスなんかじゃない。
僕とヴェルが一直線になるように土柱が並んでいる。ここでは横に逃れることなんて出来ない。
たとえ、受けきれないほど巨大な弾丸が跳んできたとしても。
ヴェルが僕の次の一手に気付いたのか、目を見開く。しかしもう遅い。
僕は短剣を手に持ち、一歩踏み込んだ。足元の地面がめり込み、次の瞬間爆発した。
魔術じゃない。ただ僕が魔力を込めて全力で地面を蹴っただけだ。
魔力を纏ったからといって怪我が治るわけじゃない。全身の痛みはあるし、負ったダメージにより細かい動きは出来そうにない。普通に剣で打ち合ったら負ける。無詠唱魔術を再び使われでもしたら先の二の舞は確実だ。
だったら、剣で打ち合わず、魔術を使う暇も与えず、単純に正面からぶつかればいい。
地面が爆発するほどの勢いで大地を踏み蹴り飛び出した僕は短剣を構え、弾丸となって風を切り裂きヴェルに向かい、激突した。
お読みいただきありがとうございました。




