第030話 整地~手合せ前夜~
今回の依頼は泊まり込みということで、僕は孤児院にて晩御飯をいただいた。
しかし、ヴェルは子供たちの必死の説得を断りケイクルの町へ戻っていった。
明日僕が使うための剣を用意するためだろう。
少し悪い気はしたけど、ヴェルが決めたことだ。
セレナさんが帰ってきた時間は遅く、陽は沈み、もう子供たちが寝る時間だった。
クルトとセレナさんを迎え、ミツキが食事を用意した。クルトもミツキも子供たちや僕と先に食べているので食事をするのはセレナさんだけだ。それでも二人は同じ食卓に座った。
セレナさんが食事をしている間に今日あった出来事をミツキが楽しげに伝えていた。
ミツキが普段はあまり笑っているイメージがなかったけれど、セレナさんの前ではそうではないようだ。
セレナさんの人徳がなせるものなのかもしれない。
セレナさんは食事を済ますと別室へ移動してしまった。
使用した少しの食器を片づけているミツキに僕は問う。
「セレナさんは帰ってきたらいつもすぐに寝るの?」
「ううん。今からだとまた別の仕事をするんだと思う。クルトも一緒に内職をやってるみたい」
「みたいって詳しくは知らないの?」
「あたしも本当は手伝いたいんだけど、大人がみんな遅くまで働いていると子供が不安がるし、家事をすべてしているから手伝わなくていいって言われて。何もさせてもらえないの」
ミツキは少し寂しそうにそう言った。
「あんたも明日からまたみんなの相手をしなくちゃいけないんだから早く寝なさいよ」
「わかってるよ」
「それとみんなやあたしに変なことしないでね。絶対しちゃだめだから」
「変なことって何だよ」
「変なことは変なことよ。触ったり、近づいたりもだめだから」
「じゃあどこで寝ればいいのさ」
「知らないわよ!……ま、まあ寝るときはちょっとくらいなら側に来てもいいけど」
ぐだぐだじゃないか。
許可してもらって異論を唱えるつもりはないけれど。
「わかった。ちょっと風に当たったら僕も寝るよ。庭には出てもいい?」
「さっきシスターから、あんたのことは家族だと思ってほとんどのことはさせていいって言われてるし、好きにしたらいいわ。その代わり」
「変なことはしない」
「わかってるじゃない」
「あれだけ言われたらさすがに覚えるよ」
「ならいいわ。じゃあ、その。お、おおおひゃっ」
「?」
「……ふう。おやすみ。外に出るのはいいけど、ちゃんと鍵はかけなさいよ」
「うん。おやすみなさい」
少し不自然な様子のミツキだったけど深呼吸をしたら落ち着いたようだ。
寝る前の挨拶をして、僕たちは別れた。
庭には三人掛けの平たいベンチがあり、僕はその真ん中に腰を下ろした。
今日は風があまりなく、花壇の花もまっすぐ空に向かって伸びていた。
花壇と庭の延長上に石を並べて区切ってあるだけの簡素なものだ。
その花壇の花の中でも一際目につくのは白いオリアナの花だ。
明りの無い夜でもはっきりとわかるその花は確かに聖花なのだろう。
「あれ、この花の周りだけおかしいような。土が抉れているのかな?」
オリアナの花の周りだけ他の花壇の場所と比べて不自然に地面が抉れていた。
何かがぶつかって花壇の土が抉れてしまったようだ。
『水圧弾だな。周りを見てみろ。他にも地面が抉れているところがあるだろう』
夜の闇に慣れた目で見ると庭のあっちこっちが円状に抉れ、所によっては水溜りになっていた。
確かにほとんどが未完成とは言えど、いくつかは魔術を発生させた。結果としてボールが置いてあった地点付近、つまりこの辺りに被害があるのも当然の結論であった。
だからと言ってこのままにしておいて良い筈もない。
「ねえ先生、地面を均す魔術ってある?」
『……』
「うう。そうですよね、魔術ならなんでも出来るわけじゃないですね。手作業で頑張るかあ」
『命令式を組めば出来るだろう』
「命令式、ですか」
『ああ、今まで伝えておらず、すまなかった』
「先生が謝るなんて珍しいですね」
『そもそも今まで魔術を使う時に命令式など意識したことがなかったからな。そのことを教えるという発想をしなかった。しかし、魔術を教えるならば伝えておかなければならないことの1つだったと思う』
「先生……」
『魔術は万能だ。ほぼ不可能はない。ただし、使用者の能力以上のことはどうやっても出来ない』
だから、使用者がどうするのか。
保有魔力やその時の気分、体調。魔術に対する想い。そして命令式。
『今から教える魔術は大地を隆起、地面に働きかけるものだ。魔術名は土王の尾甲。本来は向かい合う相手の態勢を崩したり進路を阻害する魔術であるが、それを応用、命令式を組めば地均しにも使えるだろう』
「先生!」
『基本の詠唱は『土の精霊よ。我の求めに応じて力を示せ。土塊による築堤を此処に』までだ。お前はまで思っただけで魔術を細かに使い分けることが出来ないから詠唱に命令式を継ぎ足していくことになる。出来るか?』
「はい!」
『返事だけはいいな』
先生に新しい魔術を習うのは久しぶりだ。
新しい魔術を教えて貰うのはいつだって興奮する。
自分に出来ることが増えるのは単純に嬉しいし、自分の知らないことに出会えるのはいつだって新鮮だ。
好奇心を抑えられるわけがない。
『意識を集中して、一度試しに使ってみるがいい。今のお前であれば一度目で発動出来るかもしれない』
「僕に出来るでしょうか?」
『確約はしない。出来るかどうかは私が判断するかじゃない。お前がやるかどうかだ』
「はい」
今まで意識を集中させるときは素振りをしていたが、今は手元にない。短剣も室内に置いてきた。
いつものルーチンは使えない。
「ふぅ。すぅー」
息を吸って、吐く。
切り替えよう。イメージだ。
自分の中の魔力を思い浮かべる。体の中心に渦巻く白い力。僕の魔力だ。
水圧弾は手から出すイメージだったけれど、この魔術は大地を隆起させると言っていたから地面から、いや地中から地上に向かって力が噴出するイメージでいいだろう。
魔力が通りやすいよう膝立ちになり地面に両掌を押し付ける。
夜に触る土はひんやりしており気持ちが良かった。
「土の精霊よ。我の求めに応じて力を示せ!土塊による築堤を此処に!」
詠唱と共に僕の体から腕を通って地面に魔力が流れ込む。
庭の中央部分を中心として地面から円状に黄色く光が溢れた。
今回の魔法陣は地中に発生させたからだ。
『ほう、良い魔力の流れだ』
「――土王の尾甲!!」
地面から高さ3メートル、直径70センチほどの土の柱が何本も盛大な音を立ててせり出す。
最終的に十本程度になった土柱は互いがぶつかり合うほど乱雑に地面から伸びており、もし進路上に誰かがいたら、確実に打ち砕く威力はあろうかというものだった。
僕からは地面が爆発したみたいに見えたし。こ、こわかった。
「い、今の音なに!?」
「なにかばくはつした!!」
「だいじょうぶっ!?」
「なに?なに?なに?」
と、建物の中から外まで聞こえる声がした。
寝ているすぐ側の庭でこんな魔術を使われたら驚いて起きるのも納得である。
ただ、問題なのはこの騒音を立てた加害者が僕だということだ。
「ど、どうしよう先生!?これ絶対怒られるやつだよね!万が一初日からお仕事クビになったら明日ヴェルに合わせる顔がないよ!そもそもこの近くで試合するつもりなのに!!」
『……』
「ちょっとー!」
どたどたと足音が聞こえる。
やばい。やばい。やばい。
どうして事前に遮断結界をしておかなかったのか、少し前の自分と先生に問い詰めたい。
もし庭の状況を見られたら僕が何かをしたというのがわかってしまう。
正直に庭を均そうとしたんです、と言う?
いやいや、どこの誰が均そうとして大きくて太い円柱を十本近くも建てるというのか。
よし、こうなったら。
「土の精霊よ。我の求めに応じて力を示せ!土塁による整地を此処に!」
再度地面に両掌を押し付ける。
詠唱とともに魔力が地中に流し込む。時間がないため、先ほどより意識的に早く。
今度の魔法陣は先ほどの土柱を囲むように現れる。
僕が込めた魔力が魔法陣から土柱に流し込まれるイメージ。
そう。イメージしろ。土柱を消し去り、元の状態に戻すんだ。
「――土王の尾甲!!」
土柱が地面に接触している部分からまるで氷が溶ける様に崩れていく。
崩れた土は魔法陣の中に満遍なく広がっていく。魔術によって穿たれた凹みが、水が溜まっていた穴が、平等に均されていく。
先ほどと違い大きな音はなかった、ただ土が擦れる小さな音だけがすべてだった。
すべて元通りになり、流れ出す魔力の奔流が収まったタイミングで、庭にミツキが現れた。
「こんな夜中に何の用なの!?うちの家族に手を出すなら私が相手になるわよ!」
寝間着姿のまま、両手で箒を構え、覚悟した様子で駆けだしてきたミツキ。
彼女の力の篭った眼と初めての魔術を二連続で使用し疲弊したせいで地面に座り込んでいる僕の目があった。
「……。……」
「……。……」
ミツキのつり目気味の目が更につり上り大変怖い。
さっきの魔術の比じゃないかもしれない。
僕があまりの恐怖に竦んでいると、昼間の少女と同じとは思えない声が投げかけられた。
「…………………ねえ、なにしてるの」
「……えーと、転んだ。みたいな?」
「ふ ざ け る なあああああああああ!!!!」
その後ミツキからめちゃくちゃ怒られた。
ミツキさんは僕が魔術を使って大きな音を立て(すぐにばれた)みんなに迷惑をかけたことと、花壇を区切る石を越えて土を花にまで被せてしまったことに対して大変お怒りであった。
怒られている途中、なかなか戻ってこないミツキを心配して庭へ様子を見に来たであろうセレナさんや子供たちが土の上で正座して怒られる僕をちらりと見て、また中へ戻っていった。
助けて欲しいと目で訴えかけたのだが、誰ひとり僕の気持ちを汲み取ってはくれなかった。
正座した足が痛い。自分で均した地面だけど、もう少しふかふかの柔らかい土にしておけばよかった。
あ、もう足が痺れてきた。
怒りの収まらないミツキから目を逸らして花壇をみると、僕が無意識に魔術に命令を組み込んでいたのかオリアナの花だけを避けるようにして土が花壇を覆っていた。
オリアナの花以外は根元の方が完全に土で覆われてしまっているため、背の低い花や葉が埋もれてしまっている。
「ちゃんと話聞いてるの!?」
「はい。聞いています。ごめんなさい」
このままだと今日は寝る時間がないかもしれないと覚悟した。
自分が悪いとはいえ、釈然としない気持ちが……
「何か言いたいことがあるの?言ってみなさいよ!」
「いえ、弁明の余地もございません。ごめんなさい」
説教は僕が足の痺れに耐え切れず、地面に倒れ込むまで続いた。
お読みいただきありがとうございました。




