第029話 実践~実践派のリキッド先生と理論派のヴェル先生~
子供たちの強い希望により午後からは魔術を教えることになった。
ただし教える条件として、読み書きと算術の簡単な問題を毎日こなしてもらうことにした。
この意欲を活用しない手はない。
「じゃあ、まずはみんな一列並んで。腕を伸ばして手のひらをボールに向けて」
的用に庭にボールを置く。
僕も初めは上手く出来なかったが、狙いをつけるようにしてみたら上手く魔術が完成したので、試しに子供たちにも同じようにさせることにした。
6人の子供たちが並び、僕がしていたようにボールに向かって手を伸ばす。
「体の中心に意識をして。自分の体の中にある力を感じるんだ」
何人かが集中するために目を閉じる。
シューとレオが身震いをした。
一回目から魔力を感じ取ったのだろう。筋がいいのだと思う。
「力を感じ取れたかな。それが魔力だよ。次はその力が体から腕を通って手の平から空中へ流れ出るイメージをして。ゆっくりだよ」
シューとレオが動いていないのに汗を掻いていた。自分の魔力の動きに集中しているのだろう。
逆にリムたち他の子は魔力をなかなか感じられないのか唸っている。
これは個人差がある。そもそも一発で出来る方がすごいのだ。
「シュー、レオ。二人は僕に続けて唱えて。ボールをよく見るんだ。さっきの僕の魔術を思い出して。――水よ、水球となりて我が前に沸き出でよ水圧弾」
僕は魔力を込めていないので詠唱しても魔術は発動しない。
しかし、魔力をこめた二人は当然魔術が発動する。
二人の手の前に、握り拳ほどの水の塊が発生した。だが、一秒と立たず水は弾けてしまい、その場に落ちた。
「ああっ」
「くっそう」
シューとレオが座り込みながらも悪態をつく。
初めて自分の魔力を使ったのだ。魔力が消費されると体からどうしても脱力してしまう。初めてであれば尚更だ。
「二人ともすごいね。初めてなのに一発で魔術を発現させるなんて」
「でも、リキッドみたいに飛ばなかった」
「初めてでそこまで出来たら僕の方が落ち込むよ。練習すれば僕ぐらいはすぐに出来るようになるよ」
「……わかった。がんばる」
レオとシューはそれぞれに何かを思ったのかふらつく体を起こし、先ほどと同じように魔術の練習を始めようとする。それを他の子たちがどうやって発動させたのかと押しかけ質問攻めにしていた。
あとは子供たちに任せれば、魔術に適性のある子供は使えるようになるだろう。
僕は子供たちが失敗して怪我をしたり、魔力の使い過ぎによる反動に気を付けてあげよう。
ふと庭から林の方を見ると何台かの馬車が通り、御者や客がこちらを不思議そうな目で見ていた。
王国から聖国方面へ行く馬車のいくつかはここを通るのだろう。
僕も初めてここを通ったとき獣人の珍しさに驚いたものだ。
「リキッド」
「なに?」
僕がよそ見をしていると不意にヴェルに呼ばれた。
「リキッドは魔術をリューネさんに教えて貰ったんだったよな」
「うん。そうだけど」
正確には少し違う。リューネ母さんにも教わった。が正しい。
物心ついた頃からリューネ母さんの魔術は見ていたが、初めて僕に魔術の指導をしてくれたのは先生だ。途中からリューネ母さんにも習い始めたのだ。
「命令式の説明はしないのか?」
「めいれいしき?」
なんだそれ。
先生からもリューネ母さんからも聞いたことないぞ。
「……リキッド。お前、やっぱり知らなかったのか」
なんでそんな今までどうしてたんだよみたいな顔するのさ。
やめてくれよ、不安になるじゃないか。
「そもそも命令式を知らないって、今までどうしてたんだよ」
おおう。思った通りのことを言われてしまった。
「どうしてたって、魔術って詠唱して後は魔力込めたら勝手に発動するよね。……発動してるんだけど、僕がおかしいの、ですか。あれ?」
僕が話しているうちにどんどんヴェルの顔が難しくなっていくものだから、自分の考えに自信が持てない。間違ってないよね。
むしろ先生は詠唱もなしに魔力を込めたら魔術ぐらい簡単に発動するだろ。みたいなスタンスなんですが。
やばい。考えるほど不安になって頭が痛くなってきた。
「……お前の話を聞いたら頭が痛くなってきた」
「奇遇だね。僕も同じ症状だよ」
「本当は見てるだけで何もするつもりはなかったんだけど、幼馴染のよしみだ。最後まで面倒みてやる。ちょっと来い」
ヴェルはそう言うと再び魔術発動態勢になった――つまりは腕を伸ばしてボールに手を向けている――子供たちの側で手を鳴らし、意識を集める。
「はい注目。リキッド先生が意外と実践派だったので俺が理論の説明をします。聞いといた方がためになるぞ~」
「ちょ、ちょっとヴェル」
「リキッド先生は少しお休みしててね。魔術を使うと一言言っても水を出したり火を起こしたりいろいろあるけれど、どれも基本は一緒だ。自分の魔力で大気中の魔素に働きかける。つまりは『命令する』ことだ」
魔素。この世界に存在する目には見えない存在。
どこにでもあるのだけれど、濃淡があるらしく、一般的に魔素の濃いところではより強い魔術が使えたり、強い魔獣が発生しやすいらしい。
「魔力は発動したい魔術のイメージを込めることによって命令式として魔素に干渉する。イメージだけではどうしても命令が弱くなってしまうから一般的に詠唱や魔法陣を使用して命令式を補強する。この時に詠唱や魔法陣には必ず命令式の一部を込める必要がある。今回だと水圧弾の詠唱は『水よ、水球となりて我が前に沸き出でよ』だから、命令式として水の塊が自分の前に出てくる部分の補強をしているわけだ」
「なるほど」
「なんであんたが感心してるのよ」
いつの間にか隣にいたミツキから突っ込みが入った。
彼女は魔術の練習には加わってないが興味はないのだろうか。
「みんなはさっきのリキッドの姿をイメージしているだろうけど、使ったことのない魔術を不安定なイメージと短い詠唱だけで発動させるのは難しい」
先生はいつもどんな魔術かなんて事前に教えてくれなかったんですが。
詠唱だけ教えてくれて、後はそれが形になるまで魔力を込め続ける作業をしてたんだけど。
どういうことですか、せんせー!
その点、前回村で癒しの世界が練習無しで一発で発動出来たのは奇跡だったと思う。発動しなくても使用する魔力量はほぼ同じだからだ。
「だからその魔術に慣れるまでは多少長くなっても、詠唱に命令を加えた方が発動しやすくなる。慣れてきたら、直接魔力に命令式を込めて詠唱を少しづつ短く出来る。例えば、こんな風に――水よ。水圧弾!」
ヴェルが差し出した手のひらの上に拳大の水球が浮かぶ。
子供たちの歓声が上がった。
ヴェルが手のひらを下に向けるとそれに合わせて水は地面に落ちていった。
「水圧弾を出すだけならこんな感じでほぼ無詠唱でも命令式がしっかり出来ていれば発動するんだ。基本となる詠唱はあるけど、使いたい魔術によって自分である程度組み替えたり付け足したりも出来る。どうだ、魔術は面白いだろう」
「うん!」
「おもしろかった」
「もういっかいやってみる」
「わたしも!」
「やっぱりヴェルはすごいなあ」
笑顔の子供たちに交じって、僕もヴェルへ賛辞を贈る。
ヴェルはすごい。さすが僕が憧れた存在だ。かっこいい。
「あんた、悔しいとか思わないの?せっかくレオたちから尊敬の目で見られていたのにもう人気者の座を奪われたのよ」
「あはは、ヴェル相手なら仕方ないよ。僕がヴェルに勝てることなんてほとんどないからね」
「男らしくないわね。もっとこう負けられない!みたいな気持ちはないわけ」
「そういうわけでもないけど」
子供たちに囲まれるヴェルを眺める。
僕の先生業にさっきまで口を挟まなかったのはこうならないように気を使ってくれていたからだろう。ヴェルには自然と人を引き付けるカリスマがある。それに何事に対してもすぐに上達する才能もある。
村でポイント制の競争をしていた時も僕とヴェルが競っていたのはマリアンヌ様が僕を贔屓してくれていたからだ。ヴェルは僕と比べるまでもない、すごいやつなのだ。
「何の話をしてたんだ?」
子供たちからの質問攻めを引きはがしたヴェルが僕たち二人の元へやってくる。
子供たちはヴェルから聞いた理論を自分なりに噛み砕いて試行錯誤しているようだ。微妙な言葉で彩られた詠唱が時たま聞こえてくるのが微笑ましい。
「ヴェルはすごいって話」
「あんたが悔しがらないのがおかしいって話でしょ」
「え、そうだっけ」
「あんたねえっ」
ミツキの耳がプルプル震えていた。
あ、これ怒っているのかな。
「リキッドは俺に負けても悔しくないの?」
「ものによるかな。剣だと負けたくないし、ってそんなの今更でしょ」
「そうだな」
ヴェルと二人で笑っていると、横でミツキが「男ってわけわかんない」とぼやいていた。
僕としてはそうでもないと思うんだけど。
「そういえば最後に手合せしたのはいつだったか」
「例の日じゃないかな。いつもの丘で。リエルが見飽きて先に帰るまで散々打ち合った覚えがあるんだけど」
「そうだったな。あれで俺の298勝296敗374分けだったな」
「負けたショックで計算間違えてるんじゃないの。リエルが審判やってないときの分が漏れてるから僕が299勝で勝ち越し、ヴェルが298勝で負け越し中だよ」
「お前、そういうところだけは細かいやつだな」
「引き分けの数まで数えているヴェルには負けるよ。そういうところはちっちゃいというかマメだよね」
「ねえ、なんでいきなりあんたらは煽り合いになってるの?実は仲悪いの?」
ミツキの声は耳には入ったが頭までは入ってこなかった。
それよりも。
「明日には期限不明のお別れをするのに負け越しっていうのは気分が悪いな」
「僕も299勝なんてキリが悪いから別れる前に300勝しておきたいかな」
「ほう、やる気か」
「ヴェルこそ。負け数が広がったら別れるの後悔するんじゃないの」
互いの額が引っ付くほどの位置で睨み合う。
「馬車が出る前にケリを付けてやる。明日の朝、ここで。お前の分の剣は俺が用意しといてやるよ」
「わかった。お金は渡すから自分が負けたときの言い訳が出来る程度には良い剣を選んでね」
「言ったな」
「明日の朝が楽しみになってきた」
「なにこいつら、ちょっと気持ち悪いんだけど。というかここで朝から喧嘩なんてやめてよね。みんなの教育に悪いじゃない」
二人してニタニタと笑う。
ミツキがドン引きしていた。
元盗人の癖に子供の教育の心配ってどうなのと思わなくもないが、それよりも明日のことだ。
明日はヴェルと別れる最後の日だ。
気持ちに整理を付けるにはちょうどいいかもしれないと少しだけ思ってしまった。
久々の投稿、お待たせいたしました。
お読みいただきありがとうございました。




