第028話 実演~水がびゅーんばっしゃーん~
ヴェルとクルトが買ってきた材料でミツキを中心に子供たちで昼食を作り、先ほど食べ終えた。
今は子供たちの年少組はお昼寝の時間だ。
手持無沙汰になった僕はミツキと家事をしていた。
掃除が終わったので、朝から干していた洗濯物もの取り込みだ。
今日は天気もよく、既に子供たちの衣類は渇いていた。
「……ねえ、あんたどういうつもりなの?」
「どうって、何の話?」
僕に作業の指示を出す以外は黙っていたミツキが突然口を開いた。
「どうしてうちに来ようなんて思ったのって聞いてるの。あたしが言えることじゃないけど、あたしもクルトもあんたたちに迷惑かけたわけだし、普通近寄らないんじゃないの。それに、その……あんまり言いたくはないんだけどシスターの依頼ならそんなに報酬もよくないでしょ。鈍いあんたでもわかると思うけど、うちって貧乏なのよね」
狭い孤児院。
朝から遅くまで都市で一人働く代表者。
窃盗などの非行に走る子供たち。
昼食も僕たちがいた宿よりも質素なものだった。
今回収している服もお世辞にも良いものとは言えない。
「どうしてって言われると困るけど」
明日ヴェルがケイクルを離れる関係でこれからの予定がなかった。
宿の契約もちょうど切れて更新が必要だった。
たまたま他に良い依頼がなかった。
セレスさんが僕たちに依頼を持ちかけた。
言ってしまえば偶然だ。
もし、明日から予定があったら。
もし、まだ宿の契約がありケイクルを離れられなかったら。
もし、他に割の良い依頼があったら。
もし、セレスさんが僕たちに依頼を持ちかけなければ。
きっと、僕は今ここでこうしてミツキと話していないだろう。
「巡り合わせだよ。あ、でも僕の財布を取るのはやめてね」
「もうしないわよ!あんたたちが孤児院に来た日にシスターに怒られたけど、もう絶対しないって約束しちゃったから。今まで一度もバレたことなかったのに」
「やっぱり常習的にしてたんだね」
「そうでもしないとどうにもならないことってあるのよ」
悲痛そうに彼女が言うが、それでも犯罪は犯罪だ。
僕は取り返せたから今はなんとも思っていないが、盗られたままの人はきっと怒っているだろう。
セレナさんが怒るのは当然だ。
「巡り合わせ、ね。でも、やっぱりあんたもあたしの顔なんて見たくないんじゃないの。お金は取るし、口は悪いし。この間もシスターにこのままでは人に嫌わてしまうからもっと素直になりなさいって言われたけど、出来ないことは出来ないのよね」
自嘲気味にミツキが笑う。
素直になれないのは彼女なりにコンプレックスなのだろう。
「別に気にしてないよ。それにミツキのことは嫌いじゃないよ。その銀色の髪も綺麗で好きだし。出来れば耳も触ってみたい」
「はあ!?えっ、銀色って……しかも好きって……はあ!?」
「なんだよ、僕の村には赤か緑の髪しかいなかったから興味あるんだよ。銀髪ってかっこいいし、羨ましい」
「自分の髪見なさいよ!あたしは金髪の方が欲しかったわよ!何よ、金髪に生まれてこれなかったあたしに対する自慢なの?!」
「待って、待って。何に怒ってるのかわからないよ」
またもミツキのコンプレックスに引っかかったようだ。
この子は地雷原か。
会話しながらも干してある衣類を用意された籠に積んでいく。
籠に溜まった衣類はそろそろ起きてくる子供たちと一緒に畳む予定だ。
なんだかんだ手際の良いミツキと張り合うように頑張ってはいるけれど、経験の差はいかんともしがたい。
よく見たらミツキはある程度畳みながら籠にしれているのに僕よりペースが速いなんて、いったいどうなっているんだ。
僕も頑張らなくては。
思考を切り替えて洗濯物回収に専念する。僕はただ洗濯物を取り込むだけの存在だ。
早く、もっと早く!
「こらこら、大事な服を雑に扱わないの。って……何持ってるのよ!?」
「何って、服でしょ」
だって服を取り込んでいるんだから。
手に持った少し小さな衣類を見る。
片手に収まるサイズだった。
薄いピンクだった。
可愛い小さなリボンがついていた。
両手に端と端を持って広げてみる。
少し子供っぽいが、パンティだった。
「ちょっとそれあたしのパンツ!!」
「意外と子供っぽいの履いているんだね」
「何まじまじ観察してるのよ!!」
「ぶべるふうっ!?」
僕の頬にえぐり込むような回転が加わったブローが放たれた。
先日の黒ローブに弾かれたときよりも盛大にぶっ飛ばされる。
僕の手を離れ、宙に舞うパンティがまるで蝶のようだった。
幻想的だった。まる。
頬の痛みが治まる頃には寝ていた子供たちも皆起き、洗濯物を畳み終わり、一段落ついた。
真っ赤に腫れた僕の方をシューとリムの二人が執拗に触ろうとしてきたのだが、痛かったのですべて避けた。
「午後からはどうするのよ?」
「基本的には午前と同じことをするつもりだよ」
時間が経ってもご機嫌斜めだったミツキも必要なことはちゃんと話すらしい。
リエルは怒ったら一切口を聞いてくれなかったので、そういうミツキの大人っぽいところは好感が持てる。
「ねえ、リキッド!」
「ん、なあに」
男の子が勢いよく僕の名前を呼ぶ。
孤児院でもとりわけ元気の良い男の子だ。勇者になりたいと言ったり、ガキ大将的な存在なのかもしれない。
彼は毛が茶色く、ピンと伸びた耳と尻尾が特徴だ。なんというか、犬っぽい。犬の獣人なのだろうか。
ちなみに聞いたところによるとクルトも犬の獣人らしい。種族的にクルトは体が大きくならない種族のようだ。獣人と一言で言ってもそれぞれ特徴や好みがあるので全員同じだと思って接しないようにとセレナさんからは聞いていた。
「リキッドはぼうけんしゃなんだろ!『ちえ』を見せてよ!」
「『ちえ』?」
『ちえ』ってなんだ。いや、『知恵』であり、午前中読み聞かせた絵本の話だと思うのだけど、レオが見たい『知恵』が何を指すのかがわからない。聖剣は持ってないぞ。
「レオは魔術がみたいんだな」
「そう、それ!」
僕が答えに困っているとヴェルが通訳してくれた。
ヴェルとレオはガキ大将のリーダー気質的なところで波長が合うのか昼食の時も仲良さそうに話していた。きっとその時に絵本の話をして、知恵について話したのだろう。
「俺もリキッドの魔術見たいな」
「ヴェルの方が魔術扱えるのに!」
「そんなことはないぞ」
にやにやと嫌な笑いを浮かべながらヴェルが勧める。
「見たいって言っているんだし見せてやればいいじゃないか。水圧弾なら危険もないだろ」
「そうだよ!見たことないし、使い方もおしえてよ」
「わたしもしりたい」
「ぼくもー」
子供たちが初めて見る魔術を教えてもらえるかもしれないと活気づく。
「魔術を教えられる気がしないんだけど。そもそも僕は読み書きと算術を教えに来たのに……」
「いいからいいから」
ヴェルに背中を押され、庭へ出る。
みんなが見てる前に出され、逃げられないことを悟った。
「先生、僕はどうすれば……」
『好きにしろ』
「そんな殺生な」
僕の先生は優しくなかった。
仕方なく子供たちに魔術が良く見えるよう半身だけ向けるように立ち、手を誰もいない方向へ伸ばす。人に当たらないよう角度を少しだけ下に。地面に向かって放つのだ。
「すごくなくてもがっかりしないでね」
「リキッド、予防線を張るなんて男らしくないぞ」
「じゃあ、ヴェルが替わってよ」
「がんばれー!」
「酷い!」
本当にヴェルは僕の友達なのか。疑心暗鬼になる。
「……ふう」
呼吸を一つ。
意識を集中する。
今から使うのは初級魔術だ。
水圧弾くらいなら先生の補助がなくったって僕一人で扱える。
「――水よ、水球となりて我が前に沸き出でよ水圧弾!」
魔力が腕から手の平を通って手の先に頭一つ分ほどの水の弾を出現させる。
左目の奥がちくりと痛む。
まっすぐと放たれた水圧弾は地面にぶつかり弾け飛んだ。
何の飾り気もないただの魔術。
こんなの見たってつまらないだろう。
そう思って振り返ったのだが。
「おおおおお!!」
「すっげー!!」
「ねえ、いまの見た!?水がびゅーんばっしゃーんって!」
「『ちえ』だ。これでまおーたおせる」
「ふあああっ!!」
大ウケだった。
驚く子供たちを見て、僕の方が驚いた。
そういえば僕が初めて魔術を見たときはどうだったかな。
よく覚えていない。
リューネ母さんは日常的に使っていたし。
僕に向かって駆け寄ってくる子供たちを見ながら、呑気にそんなことを考えた。
お読みいただきありがとうございました。




