第027話 物語~泉の国の勇者とお姫様~
「はじめまして……でもないね。改めてこんにちは。僕はリキッドです。今日から住み込みでみんなに読み書きと算術を教えます。よろしくね」
「すみこみってなに?」
「一緒にねるってことじゃないの?」
「おやすみからおはようまで」
「ねるときだけいっしょなの」
「ミツキとおなじだ」
「ミツキとおなじおふとんでねるの?」
「寝ないから!有り得ないし!!」
「あははは……」
子供たちの前で簡単に挨拶をしてみたのだけど、子供が7人もいるとさすがに騒がしい。
内訳はおこちゃま6のミツキ1だが。
セレナさんがいないときの子供たちの世話係であるミツキが嘆息する。
「シスターもなんで何も説明せずに仕事に行っちゃうかな」
「ひと月ぐらいはお仕事が忙しいんだって」
僕がここで子供たちに読み書きと算術を教えるにあたって、こうしてみんなの前へ立つ前にセレナさんと打ち合わせを行っていた。
勉強を教えるというよりはシスターが仕事で孤児院を離れなければならないため、子供ばかりの孤児院で問題が起きないように子守をして欲しいという趣旨の依頼だった。
読み書き算術については出来るに越したことはないが、僕の指導によって一か月で修得出来なくても依頼失敗とはしないそうだ。でも、だからと言って手を抜くつもりもなかった。
「あなたたちならきっと受けてくださると思っておりました」
「どうしてですか?」
「あらあら。うふふ」
笑って誤魔化された。
それと、聞いた話ではあるがセレナさんはシスターみたいな服装をしているが、教会で働くわけでもないそうだ。
ならばどうしてそんな恰好をしているのか。
謎だ。
「リキッドはワルなの?」
「悪?違うけど、どうして」
「クルトがぼうけんしゃはみんなワルいやつだって言ってた」
羊の獣人の彼の名前は何と言ったか。事前に名前を聞いてはいたが、さすがにまだ覚えきれていなかった。
子供たちの中では年長の方だが、まだ7歳ぐらいだ。くりくりとした白い髪。そして眠そうな目が特徴的だ。全体的にゆっくりしている。
僕が少年の名前を思い出そうと考えていると、彼の隣に座っている少女が声を上げた。
「シュー、わたしたち食べられるの?」
「にげなきゃ。……ぐぅ、すぅ」
寝た!
この子逃げる素振りも見せずに座ったまま眠り始めた。
将来きっと大物になる。
少女はシューに容姿がよく似ている。
二人は兄妹なのだ。
白いくりくりとした癖毛は種族の特徴なのかもしれない。二人とも耳が横に細長い。
それと少女も眠たそうな目をしていた。
思い出した。二人の名前はシューとリムだ。
「それでは授業を始めます」
前途は多難そうだけど、まず始めてみよう。
まずは一歩目だ。
「じゃあ、みんな僕を真似して『1』」
握った状態の右手を前に出して、人差し指を一本立てる。
みんなが真似する。
次は中指を立てる。
「『2』」
ピースの形だ。
子供たちが同じように指を立てるのを見ながら、続けて薬指を立てる。
「『3』。ここまではいいかな」
「うん」
「らくしょうだね」
よかった。この段階でわからないと言われたらどうしようもなかったけど、ある程度はわかるらしい。
次は人差し指だけを立てた左手を前に出す。
「さて、これは?」
「1!」
「じゃあ、右手と左手どっちの方が多いでしょう?」
「こっち!」
「3の方!!」
「正解!みんな賢いね。じゃあ次は――」
手を替え、指の数を替え。
1~3の数について大小を明確にする。
指だけじゃなくて、コップなど周りにあるものも使う。
さまざまの物の数を数えさせる。
そしていくつか同じものが集まって、数が大きくなるという理屈を教える。
みんなが声を出さなくなり、興味が薄くなってきたら算術をやめて文字を教える。
教材はケイクルで事前に買ってきた絵本だ。
内容は子供、特に男の子に人気が高い勇者が魔王に攫われた姫を救い出す冒険譚だ。
タイトルは泉の国の勇者とお姫様。
王様と国民だちが仲良く暮らす平和な国に突如魔王が襲い掛かり、城の兵士を倒して姫を連れ去ってしまう。
姫を愛していた王様と国民たちは姫を攫われて途方に暮れ、泉がなかった国に新しい泉が出来あがるほど大泣きしてしまう。そこに魔王に負けた兵士の一人が立ち上がり、姫を助けるために再び強大な魔王に挑む。
兵士は知恵を使って魔王の弱点を攻めて、魔王を倒し、無事に城へ姫を連れ戻す。
兵士の知恵と勇気に感動した王は兵士を勇者と称え、勇者となった兵士と姫の二人は結婚し末永く平和に暮らしました。
王国にもある有名なお話だ。
有名なだけあってこうして隣国でも見つけることが出来た。
僕も昔よくリューネ母さんが寝る前に読み聞かせてくれた。
このお話にはモデルとなった国があるそうで、機会があれば一度行ってみたい。
「リキッド!おれ、ゆうしゃになりたい!」
「ぼくも!」
「わたしはおひめさまがいい」
やはり、子供たちにはウケが良かった。
「ねえ、この『ちえ』ってなあに?」
「リムはなんだと思う?」
「わかんないからきいてるの」
「あはは。実はね、答えはぼくも知らないんだ。僕も昔同じお話を本で読んだことがあるけれど、それにもはっきりしたことは書いてなかったんだよ。僕のお母さんが言っていたけど、正解が書いてある本は無いらしい」
「えー」
「でも、この本の良いところはその『知恵』を僕たちで考えられることなんだ」
「?」
そう、王国だけでなく他の国にもある有名な話だが、どこの国で出版されたものにも魔王を倒した『知恵』については具体的なことは載っていなかったそうだ。
「魔王を倒す『知恵』は自分たちで考えるんだ。もしかしたら遠くから弓や魔術で攻撃したのかもしれないし、特殊な道具や罠を使ったのかもしれない。もし自分が兵士だったら、強い魔王を倒すためにどんな方法があるのか考えてみると楽しいよ」
よくヴェルやリエルとも話し合ったものだ。
ヴェルは兵士が魔王の家族を人質に取ったのではないかと言っていた。
リエルは遠距離から強い魔術で攻撃したのではないかと言っていた。
このとき出てくる発想はそれぞれ個性が出てくると思う。
「あんたはどうやって兵士が魔王を倒したと思うの?」
「そんなの決まってる。まあ僕の意見で正解かはわからないけどね」
今までずっと黙って僕の授業風景を見ていたミツキが僕に問いかける。
僕は胸を張って答えた。
「魔王の弱点である聖剣を使ったんだよ」
「……それは知恵なの?」
「立派な知恵だよ!勇者は戦う前に魔王が聖剣に弱いという弱点を調べてから魔王に挑んだんだ。事前に相手を調べることが知恵でなくて何なの!!」
「まあ、いいけど」
「納得言ってないみたいだね。なんだよ、言いたいことがあるなら言ってみなよ」
「聖剣があったぐらいで魔王は倒せないでしょ」
「全否定された!?」
そんなことないもん。
聖剣さえあれば魔王でも倒せるってシルバ父さんも言ってたし。
「だいたいなんでこんなことでムキになるのよ」
「男の子には譲れないことがあるんだよ」
「あっそう」
女子には理解していただけないようだ。
リエルもこんな感じだったっけかな。
リエルはどちらかというと魔術万歳タイプだったから、方法として聖剣でも人質でも魔術を使った方がスムーズにことが進むし、やっぱり魔術だよ。みたいな特異派閥だった気がする。
「おー、やってるか」
「……本当に冒険者がもう一人もいたのか」
そうこうしているうちに昼食のために買い出しに行っていたヴェルが両手に籠を持って、同じように両手に籠を持ったクルトと一緒に孤児院まで戻ってきた。
いつの間にか陽が頭の真上まで登っていた。
「すぅ、すぅ……はっ!ごはんだっ!」
「シュー、もしかして今起きたの?」
「あれ、ぼく今もしかしてねてた?まあいいや、ごはん……」
「あ、あははは」
僕は苦笑いをしながら、ヴェルたちを出迎えた。
お読みいただきありがとうございました。




