第026話 斡旋~12歳のハローワーク~
今日は早朝から宿を出た。
ついに明日、学術都市方面の馬車がケイクルを出発する。
馬車にはいくつか利点があるが、その最もたるものが楽に移動が出来ることだ。
何せ歩かなくていいのだ。楽に決まってる。
他にも荷物を持たなくていい、地図を持たなくてもいい。場合によっては護衛まで付く。
また、個人で馬を走らせたり、海路を進む船よりも安価である。
僕たち一般人から貴族までが利用する便利な乗り物。それが馬車だ。
詳しく語ってはみたものの僕は馬車に乗ったことがない。
そもそも村を出たことがほとんどないのだ。遠出の経験などなく、今回が初だ。
初めて尽くしの旅で僕がなんとかやってこれたのは、ヴェルがいたからに他ならない。
そのヴェルとも明日ついに別れることになる。
馬車が出るのは明日の正午。一日一緒にいられるのは今日が最後だ。
せっかく最後の日なので、二人で町でおいしいものを食べて、大通りで大道芸を見たりしてゆっくり過ごそうと思っていた。今日この日のために僕は数日間一生懸命に働いたと言ってもいい。
僕の家族はシルバ父さん、リューネ母さん、そしてリエルの三人だが、一番長い時間一緒にいたのは先生という例外を除けば間違いなくヴェルだ。
もはやヴェルは僕の友というより、家族、兄に近いと思っている。
「離れる兄に何かしてあげたいと思うのは、おかしなことだろうか」
「お前の兄は嫌だなあ」
「なんでさ!?」
声に出てた。
嫌なの?かなりショックなんだけど。
うわ、傷付くなあ。
「内緒だ。また今度会えたら教えてやるよ」
「父さんにかかった魔術が解けたら、学術都市だろうがどこへでも会いにいくよ」
「ははっ。治す方法を見つけるのは俺の方が先かもしれないんだぞ」
それならそれで、もっと早く会える。
僕はヴェルと離れるときに自分がこんなに寂しく感じるなんて思ってもみなかった。
村を出て、母さんたちと離れるときですら、こんな気持ちにはならなかったと思う。
きっと僕がどこかでヴェルに甘えているからなのだろう。
だから、取り残された気持ちになるのだ。
嫌なら付いて行けばいいのに、それは違うと僕の中の一部が言うのだ。
いつまでもヴェルと一緒ではだめなのだ。
いつまでも甘えているだけではきっと、僕にとってもヴェルにとっても良くない。
それだけは、わかっていた。
「それよりも、なんでまた僕たちはこんな朝早くから冒険者組合にいるの?もしかして今日も依頼を受けるなんて言わないよね。お金ならあるし、今日一日ぐらい休んだって平気だよ」
「リキッドの悪いところは自分に甘いところだ」
『その通りだ』
ちょっと先生も相槌打つのやめて。
「今日依頼を受けなかったら、明日も受けなくなるぞ。こういうのは簡単な依頼でもいいから、毎日続けることが大切なんだ」
「じゃあ、すぐ終わる奴にしよう。うん。そうしよう」
「リキッド」
「わかったよ。真面目に探すから」
とは言ったものの、冒険者組合の掲示板には手頃な依頼がほとんどなかった。
僕たちがこの数日間で消化したというのもあるのだが、ここケイクルには低ランクを専門にこなす冒険者が多いのだ。というのも、この辺りはオリアナの花の繁殖地ということもあって付近に魔獣があまり存在しないため、高ランクの魔獣討伐などを受けようとするとどうしても遠出が必要となり、どうしても余分な手間がかかってしまうのため利点が少ないのだ。
そういった事情があり低ランクの特に報酬が良く手ごろな依頼はすぐに誰かが受けてしまう。競争率が高い。
それでもどれかの依頼は受けたい。さて、どうしたものか。
何故かいつもある溝浚い。汚いし、臭いし、体力も必要なのに報酬は少ない。残っているのも当然か。
あと人気が無いのがペット探しと失せ物探し。探しもの系は見つからないときはどれだけ時間をかけても見つからないため、根気が必要だ。それとほとんどの場合で報酬が少ない。
逆に人気があるのが、町の外での採取と都市内の建物の修繕だ。冒険者とは単純なもので多少体力を使っても一定の働きでそれなりの報酬を貰えば満足する。この二つが最たるものだ。掲示板にはその二つの系統の依頼は残っていなかった。
僕は仕方なく失せ物探しを選んだ。Fランク。落とした財布を探してほしいというものだ。財布が見つかっても中身はもうないかもしれないが、それでも探したくなってしまうのが人情である。
掲示板に貼ってあった依頼の紙を剥がし、2階へ。
僕たちの姿を見つけたセレスさんは嬉しそうに微笑んで僕たちに手を振った。
窓口へ近づきながら僕はギルドカードを取り出す。慣れたものでセレスさんに提出を求められる前にカードを出す癖が付いていた。
「おはようございます。今日も別々に依頼をこなすんですか」
「ええ、そのつもりですが。あれ、ヴェルは依頼選んでいたっけ」
「今日は俺は休みだ」
「えー、僕だけに働かせて自分は休むって酷いよ!」
「まあ、付添ぐらいはしてやるって」
「むう」
ヴェルにはヴェルなりの考えがあるのだろう。
あまり僕がとやかく言っても仕方がない。
「今日はリキッドさんだけですか。私からリキッドさんへお願いがあるのですが」
「デートのお誘いなら明後日以降がいいかな。明日はちょっと予定があって」
「残念ですが、違います」
「あ、はい」
セレスさんの笑顔がなんだか怖かった。
気のせいだと思いたい。
きっと気のせいだ。そうに違いない。
「リキッドさんにはこちらの依頼を受けていただきたいのです」
「これは?」
窓口の下からセレスさんが1枚の紙を取り出す。
依頼書のようだが、それならばどうして掲示板に貼っていなかったのか。
「以前お二人には登録の際に特技を書いていただきましたが、ちょうどその条件に当てはまる依頼がありましたのでご紹介させていただきたいと思いまして。いえ、是非受けてください」
「なんて書いたかいまいち覚えていないんですが」
「確か魔術初級と読み書き、算術じゃなかったか。俺の場合はそれらに加えて馬術が入る」
ああ、そういえばそんなことも書いたね。
まだ少し前のはずなのにもう忘れていた。しっかりしないと。
「それで依頼内容は。なになに、Fランク、孤児院の子供に読み書きと算術を教えること。期間は一月。なお、希望者には住み込みでの働きも許可をします。報酬は低いけど、他の待遇がいいのかな」
「その通り。ただ、この孤児院には年頃の女性や育ちざかりのやんちゃな子供たちが多いのでなかなか一般の冒険者の方へお願いすることが難しいんですよ」
ならずものの多い冒険者がそんなところに行こうものなら必ず何かしらの事件が起きる。
それを見越した対応とのことだ。
「どうして僕に?」
「孤児院の子たちと同じ目線に立ってあげられるかなと思いまして。組合でも依頼する冒険者の候補に挙がった中で一番適性が高いと私が太鼓判を押してしまったので是非頑張って欲しいところですね」
「わかりました。受けましょう」
「ありがとうございます。ではさっそく登録をいたしますね」
「ところで、その孤児院はどこにあるんですか。ここ数日でケイクルには少しだけ詳しくなりましたけど、孤児院はなかったと思いますが」
「それはですねえ、実は」
「実は?」
「林の中にあるのです。つまり都市内ではなく、都市外ですね」
既に手遅れな気もするけど嫌な予感がした。悲しいことに嫌な予感に限ってよく当たるのだ。
外れて欲しいと思いつつ、一つ質問をしてみた。
「……ちなみに依頼者の名前は?」
「セレナさんです」
「……」
ビンゴでした。
わお、あまり素直に喜べないよ。
「では、登録いたしましたのでよろしくお願いいたします」
「……今結構強引じゃありませんでしたか?」
「き、気のせいですよ~」
セレスさんの目が泳いでいた。
これは何かありそうだ。
陰謀を感じる。
「受けてしまったものは仕方ないな。せいいっぱい頑張れ」
「他人事だと思って!」
サムズアップしたヴェルの手を払う。
やるからには一生懸命頑張ろう。
せめてヴェルにかっこいいところを見せようと思う。
お読みいただきありがとうございました。




