第023話 遭遇~四人の冒険者~
集めきったオリアナの花を抱えてヴェルと曲がりくねった林道を歩く。
孤児院を出た後、僕たちはまた林の中で採取を続け、なんとか日暮れ前に町へ戻れそうだ。
花を教会のミッドフェイル司教に届けるのは明日になりそうだ。
「ヴェル、午後からは本気出すって言ってたのにどうして途中から別の雑草を取ってたのさ」
「バカ野郎。雑草じゃなくて、ちゃんと名前も価値もある薬草だっての。俺にとってはオリアナの花より価値があるんだぞ」
「一応聖花なんだけど、それは神様への不敬罪になるんじゃないの?」
「信徒じゃないから関係ないだろ」
「信徒と言えば、ヴェルはセレナさんのこと、どう思う?」
「女性として?それとも、教会をやめたこと?」
「教会のこと。司教の言っていたこととセレナさんの言っていたことが違い過ぎる」
ミッドフェイル司教は獣人を亜人と呼んで差別していたが、セレナさんは人種に優劣はないと差別をしていなかった。それだけじゃない。司教は外の土を不浄なものと言っていたが、セレナさんは林から取ってきて育成・繁殖させていると言っていた。
セレナさんはやめた理由は大層なことではないと言っていたが、何かありそうだ。
「教会とセレナさんの間に何か確執があったとして、お前は何かをするのか」
「……え?」
「リキッド、一応言っておくがここは俺たちの村じゃないんだぞ。問題を全部解決する必要はないんだ。俺たちはすぐにここを出て行く。最初の目的を忘れたのか」
「それは、忘れてはないけど」
目的。
僕は、シルバ父さんを救う。
僕を庇い、物言わぬ石となってしまった父さんにかけられた魔術を解くのだ。
当然、この町に長く留まる理由はない。
ヴェルはこの町から次の町へ向かい、その更に先の学術都市に向かう。
僕はここで冒険者として仕事をこなしながら、出来れば治癒魔術に関する情報を集め、父さんを救う術を探すために次の町を目指す。
この町は言わば通過点なのだ。必要以上に人と関わる必要はない。
「でも、何か出来ることがあるなら助けてあげてもいいんじゃないかな」
「……リキッドが決めることだ。好きにしろ」
「ありがとう」
「別にお礼を言われることは何もないけどな」
僕がお礼を言うと、ヴェルはそっぽを向いた。
ヴェルは駄目なことは駄目と言う人間なので、言わなかった今回は本当に僕の好きにしてもいいのだろう。
町が見えた頃、門から出てきた男たち4人とすれ違った。
「おい、ガキ」
「俺たちのことですか」
「ああそうだ。その手に持ってるのオリアナの花だよな。つーことはあれか。教会の依頼はお前らが受けたわけだ」
「そうですけど、何か」
すれちがいざまに男の一人が立ち止まって、低い声で僕たちを呼び止めた。
ヴェルを見る目が剣呑だ。
全部で4人もいるが、誰もが手に武器を持っており、漂う雰囲気はベテランの冒険者のそれだった。
それぞれが武器を持っているが、鎧などは着ていなくて軽装だ。四人のうち三人は似た系統の服装で、一番背が高く大柄な男が一人だけ黒のローブを着ていた。
一人が止まったことによって、他の三人もこちらを向いて止まる。
僕らよりも何十センチも高い彼らに囲まれるように立たれるのはかなり威圧を感じるのだが、ヴェルはそんなものをものともしていないようだった。
その中の一人、刈り上げた短髪が特徴的な男がヴェルの至近で睨む。
「その依頼、俺たちが受けるつもりだったんだよ。それなのに横取りしやがって」
「横取り?僕らが依頼を見たときには冒険者組合には他に誰もいませんでしたが」
「あん?口答えか?お前ら、見たことない顔だな。まだFランクの初心者だろ。目上の人に対する態度がなってねえんじゃねえのか」
「ヴェル、もう帰ろう」
「なんだよガキ、まだ俺が喋っているのに途中で帰る気か」
やばい、こいつらの意識が僕にも向いた。
男たちが少しずつ距離が近づいてきている。
彼らもさすがに腰の獲物には手が伸びていないが、いつ殴りかかられてもおかしくない空気だ。
帰りたい。今すぐ。
「俺が直々に礼儀ってもんを教えてやろうか」
「いいえ、間に合ってます。どこかへ向かう途中なのでしたら、暗くなる前に向かった方がいいですよ。この林、魔獣がいますから」
「おいおい、心配してくれてんのか?それとも舐めてんのかテメェ!俺たちゃ冒険者様だぞ!灰牙狼の討伐だって出来るレベルの俺たちがこの辺りの雑魚にやられるとでも思ってんのか!」
灰牙狼の討伐はDランク以上の依頼だ。彼らもそれと同じかそれ以上のランクの冒険者なのだろう。
刈り上げの男がヒートアップし、今にも手を出すかと思われたところで、今まで黙っていた別の男――黒のローブを羽織った長身の男が声を発した。背筋がゾクリとする冷たい声だ。
「いつまでやってる、早く行くぞ」
「だ、だけどジガディさん、ひっ!」
「!?」
視界の隅、黒い何かがブレて見えた。僕の体が咄嗟に動いた瞬間、横合いから何かが僕の右腕をしたたかに叩きつける。水が弾けるような鋭い音がして弾かれた体が転がる。手に持っていたオリアナの花が道に広がった。
「リキッド!」
「だ、大丈夫だよ。ヴェル」
嘘だ。全然大丈夫じゃない。痛い。
打ち付けられた腕は腫れて肌が切れ、出血していた。
叩かれたところが熱を持って広がるような嫌な痛みを伝える。
「……ガキが気に入らないのはわかるが、これで満足しろ。これから仕事だ。とっとと片づけて帰るぞ」
「は、はい。わかりましたジガディさん。お前らもこれに懲りたら二度と俺たちに歯向かうような真似はするなよ!」
ジガディと呼ばれた黒のローブの男は僕を完全に無視して、他の三人を連れて僕らが来た方向へ歩き去っていった。
「すまない。俺を庇ってくれたのか」
「ううん。勝手に体が動いただけ。何されたのかもよくわからなかった」
「そっか、宿に帰ったら手当してやるからもう少しだけ我慢してくれ」
「薬持ってるの?」
「さっき取ってきた薬草を使うんだよ。まさかこんなに早く使う機会が来るとは思ってなかったけどな」
「ごめん」
「いいよ。むしろ俺の方こそごめんな。もっと下手に出ればリキッドが殴られることもなかったかもしれないのに」
「殴られたわけじゃないけどね。それにどうあっても無事では済まなかっただろうし、仕方ないよ」
「リキッド……どうして、いや。なんでもない」
僕は痛みを我慢してヴェルに笑いかけた。ヴェルは何かを言いかけてやめた。
なんとなくヴェルが言いたいことはわかっていたが、何も言わないことにした。
振り返ると、曲がりくねった林の中に先ほどの冒険者たちの姿は見えなくなっていた。
二人で落ちた花を集め直し、宿へ向かった。
宿でヴェルに治療してもらっても痛みは引かなかった。
痛みで目が冴えて、その日は疲れているのになかなか寝付けなかった。
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