第022話 昼時~一杯のスープ~
孤児院の中はお世辞にも広いとは言えなかった。
そのあまり広くないところにシスターが一人と僕らを含めた子供が10人。
どうしても窮屈さを感じてしまう。
低いテーブルをいくつか寄せ集めてその周りに6人の子供たちが地べたに座って食事をしていた。各人の前には小さなパンと一杯のスープがあった。
小さいお碗にスプーンを突っ込んで食べる子もいれば、食器を持たずに顔をそのまま突っ込んで食べている子までいた。
子供たちを見るとみな年齢は幼く、全員が獣人としての特徴があった。
耳や、尻尾だ。顔は人間とほとんど差異がないのに、耳や尻尾なの一部分だけが人間と異なっていた。
ここにいるのはシスター以外みんな獣人なのか。
「あんたたちシスターとクルトが戻るまで待ちなさいって言っておいたのに、もう」
「いいのよ、ミツキ。食べ盛りの子を待たせてしまった私たちが悪いの。ミツキはクルトの分も用意してあげてちょうだい。私はこの方たちとお話があるから、私の分はみんなで食べてもいいわよ」
「え、でもそれじゃあシスターの分が無くなって」
「やったー!おれおかわりするー!」
「あー、ずるいんだー」
「おい、みんなで分けるべきだぞ!」
「お兄ちゃんたちだれー?ミツキねえのあれ?」
「違うわよ!だいたいあれってなによあれって!」
「あらあら。クルト、隣へ行っているからオリアナの花を持ってくるのよ。庭にある分もね」
「わかったよ!」
姦しい子供たちに笑いかけ、シスターが隣の部屋に移る。
僕らは手招きされ、それに続いた。
そこは事務机と椅子が一組だけ置いてあり、あとは小さな椅子が二つ並んでいるだけのこじんまりとした部屋だった。
高い位置にある陽もあまり刺さず、昼間なのに少し薄暗い。
僕たちを椅子に座るよう案内すると、シスターが僕たちに向かって頭を下げた。
「昨日に続いて、今日もお二人にはご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
「そんな、別にいいですよ」
「いえ、謝らせてください。あの子たちはまだ幼く、世間というものをよく知りません。人から許可なくものを取ることはれっきとした罪です。神もおっしゃっています。罪は相応の罰を持って償わなければいけない、と。私には差し出せるものがないので謝ることしか出来ませんが、どうか赦していただけませんか」
「盗られたものをすべて返していただけるのなら、それ以上は求めませんよ」
「……ありがとうございます」
シスターが安堵の表情で胸を撫で下ろした。そんなに僕たちが恐ろしく見えたのか。
「そういえば、昨日の騒動も知っているってことは、シスターさんは普段は都市の教会で働いていらっしゃるのですか」
「……いえ、少し前にシスターは辞めましたので。今は門の近くで店子をしております」
「今でも信仰はあるようですが、どうして教会を辞められたんですか。言いたくないようなことなら無理に聞くつもりもないんですが、なんとなく気になってしまって」
昨日の司教よりこちらのシスターさんの方がよっぽど聖職者をしていると思う。
僕の質問にシスターは力なく首を振る。
「そんな人様に話すような大層なことはございませんよ。それともう私はシスターではないので、セレナとお呼びください」
「シスター、花を持ってきたよ。なんでこいつらに俺たちの育てた花をやるんだよ。冒険者だぞ」
「差別をしてはいけません。職にも人種にも優劣はありません。神の前ではすべて等しく同じ命です」
「はいはい。これ。俺は渡したくないけど、シスターが渡せっていうから」
シスター改めセレナさんが、白いオリアナの花を持ってきたクルトを叱る。
クルトは嫌そうな顔をしたが、シスターに言われた通り僕たちに花を手渡す。
受け取ると花の数が盗まれた時より多くなっていた。目算だけど、倍ぐらいになっている。
採取するにしたって早すぎる。僕たちが何時間もかけたのと同じぐらいの量をこの少しの間に取れるわけがない。
「こんなに貰ってもいいんですか。それにどうやってこんなに大量の花を?」
「この孤児院では以前に林から採取したオリアナの花を育成、繁殖しているのです。ですので少しだけならこうして分けて差し上げることも出来るのですよ」
「育成ってセレナさんが?」
「ええ。私と子供たちで育てています。子供だけでは作業を進めるのも大変ですからね」
「……俺なら一人でもできるし。他の奴らの手伝いだっていらないし」
「クルト、人はみな助け合って生きるものです。他の子たちに対してそのように言うのはおやめなさい」
「ふんっ」
「クルト!ああ、クルトったら」
クルトと呼ばれた少年はセレナさんを見て、それから僕たちを睨み付けると鼻を鳴らして部屋から出て行った。
「重ね重ねすみません。あの子ったら最近やけに反抗的で困ってしまうわ。昔は盗みなんてするような子じゃなかったのに」
「反抗期じゃないですかね」
「その反抗期というのはなんですか?」
「親の言うことに意味もなく逆らいたい時期が子供にはあるんですよ」
「リキッドにはなかったけどな」
「ヴェルだってテイラー様やマリアンヌ様に逆らったことないでしょ」
「言われてみるとそうだな。わがままを言ったのは今回が初めてだったけど、よく考えたら医学に興味のない父様がここ数年は中央へ行くたびに医学関係の本を買ってきていた時点で察するべきだったかもしれない。反抗したつもりだったのに、言わされた気分だ……」
「ああ、確かにそんな感じだったね」
子供が興味を持っていることに関して、自らは知らない振りをしながら与えるとはテイラー様も甘やかし方が随分高等である。
僕ら二人がテイラー様へ呼ばれた時、最初から最後までテイラー様の掌の上だったことを思い出す。
「そ、それでその反抗期というのはどうやったら収まるのでしょうか」
「放っておいたら勝手に治りますので、そっとしておいてあげてください」
「まるで実体験みたいに言うな」
「リエルがね、一時期ものすごい反抗期だったんだよ。僕やリューネ母さんに対してはそうでもなかったんだけど、シルバ父さんに関しては、それはもう」
とにかく事あるごとに臭いと言ってた。臭いから一緒に服洗わないでとか、臭いから足をこっちに向けないでとか。
初めはふざけてからかっていた父さんだったが、リエルが本気で嫌がる素振りを見せるようになってからは二人を見ているこっちが辛くなるほど父さんは落ち込んでいた。
父さん、あの頃はいつも夜一人で泣いていた。それはとても寂しい涙だった。
「へえ、あのリエルでもそんな時期があったんだ」
「クルトは他の子よりも少しだけお兄さんというのもあって、元々孤立しがちだったのだけど、最近口が悪くなったのもあってますます孤立しちゃって」
「でも、間に彼よりも年上のお姉さんが入れば緩衝役にもなるんじゃないですか」
「わ、私はそんな。みんなのお姉さんだなんて」
「セレナさんじゃなくて、ミツキのことなんですが」
「?」
セレナさんが首をかしげる。
若干仕草が動物っぽいのは獣人と一緒にいるせいか。
いや、これは偏見かな。
「確かにミツキは孤児院の中でもお姉さんですが、うちで一番上の子はクルトですよ」
「ええ!?」
ミツキが僕たちより年上ってことは、クルトはもっと上ということになる。
僕たちより背が低いのに。普通に少年扱いしていたのに。どうしよう。
……まあ、いいか。
「すみませんが、まだ依頼の途中なのでそろそろお暇させていただきます」
「あらあら。何のお構いも出来ずに申し訳ございません」
「いえ、オリアナの花もいただきましたし、十分ですよ」
「そうですか。もしかして依頼というのはオリアナの花を?」
「ええ、採取ですけど」
「……もしよろしければ、どなたからの依頼か教えてはいただけないでしょうか」
「えっと」
採取の依頼であれば、花を育成しているセレナさんにとっては容易な依頼だ。
事前に依頼者と都合が付けば、やりとりも出来るだろう。
「リキッド、依頼者の詳細や内容は他人に伝えるのはだめだと思う」
「そうだっけ。すみません、セレナさん。そういうことなので、僕たちからはなんとも」
「失礼いたしました。それであれば私の方でも冒険者組合に行ってみます」
あっさりセレナさんは引き下がってくれた。
一瞬厳しい顔をした彼女の表情が気にかかったが、僕が何かを言う前にセレナさんは部屋を出ていってしまった。
僕たちも椅子から立ち上がり、隣へ向かう。
隣ではミツキが食べ終えた食器を片づけていた。子供たちは食べ終わって庭で遊んでいるようだ。外で遊ぶ子供たち6人の中にクルトの姿はない。
僕らを見かけたミツキが食器の片づけをしながら声をかけてきた。
「あ、もう帰るんだ」
「うん。食事中に悪かったね」
「な、なによ。あんたが謝るなんて不吉ね。今から何をやらかすつもりなの」
「酷い言われようだ。こっちはお昼もまだでお腹空いてるし、依頼も途中で忙しいの」
「お腹空いてるの、そう。ふーん。お腹空いてるんだ。へえ」
手を止めてちらちらとこちらを伺うミツキ。
何故か銀色のふさふさした尻尾が揺れている。あの尻尾はどうなっているんだろう。
「何か言いたそうだな。ほらリキッド聞いてあげたらどうだ」
「なんでヴェルはそこで僕に振るのさ。で、どうしたのミツキ」
「その、……スープがちょっとだけ余ってるからよかったら分けてあげる」
スープが、から先の言葉があまりにも声が小さくてよく聞こえなかった。
さっきまであんなに大声だったのにこの緩急の激しさは何なんだ。元気がないのかな。
よく見ればピンと立っていた耳も心なしか倒れてきているような気もする。
獣人の生体は謎が多い。
ヴェルもなんだか変な顔をしていた。
「え?ごめん、聞き取れなかったからもう一回言って」
「だ、だから!その、スープが余ってるからよかったらたべりゅ」
「あ、噛んだ」
「~~っ!!うっさいわね!なんでもないわよっ!さっさと帰りなさいよ!!」
「いやだから、まだ依頼があってだな」
「バカバカバカ!知らないわよ!」
「おい、スープが余ってるから分けて貰えるらしいぞ」
「「聞こえてたの!?」」
「はっははははっ。お前ら面白すぎだろ!」
声が重なってしまった僕らに、さっきから笑いをこらえていたヴェルが思わず噴き出した。
何故か無性に恥ずかしいのだけど、真っ赤になっているミツキの方が恥ずかしそうなのでセーフ。
何がセーフなのかはわからないけど。
「一口だけだからねっ!あとあたしが作ったんだから不味くても文句言わないこと」
「そんなこと言うわけないじゃないか。もし口に合わなかったら、無言で返すよ」
「さいっっっていね、あんた」
「だめか」
「だめに決まってるじゃない!」
「あははははっ。だめだ、やばい。お腹が、くるしっ」
若干空気の悪い僕らを横目にヴェルがお腹を押さえて苦しんでいた。
訂正、楽しんでいた。
僕はヴェルを見なかったことにしてミツキが不愛想に差し出したスープを受け取る。
余りものだからか具が少ない。細かく切られた野菜が申し訳程度に入っているだけだ。
真剣な目で僕を睨み付けてくるミツキを気にしないようにして、器に口を付けてスープを飲む。
「!?」
なんだこれは。
一口目、塩分が薄くちょっと物足りないと思った。
二口目、薄いと思いきやなんだか甘く感じた。
三口目、すっと喉を通り抜けてしまったスープを名残しく感じる自分がいた。
四口目、器は既に空になっていた。
「ど、どうよ?」
「おいしい!え、これ本当にミツキが作ったの!?こんなに美味しいスープ飲んだことないよ!」
「そ、そう?まあね。あたしもやれば出来るんだから」
「そんなにうまいのか」
「おいしいよ。毎日だって飲みたいぐらい」
「はあぁぁぁあ!?そんなこといきなり言われても困るし!そ、そういうつもりじゃないし!それにほら、まだあたしたち子供じゃない?だからもうちょっとお互いのことを知ってから、いやいや、あたしはこんなやつなんて好きでもなんでもないし。ただちょっと、ちょっとこう……」
「あ、ほんとだ。このスープ美味い」
「でしょ。レシピ教えてもらったら、リエルでも作れるかな」
「ばっかじゃないの!教えるわけないでしょ!!」
「えー」
その後、僕がどれだけ頼んでもミツキは頑としてレシピを教えてくれなかった。
僕らの様子を眺めながら、セレナさんが「そう、男を掴むにはまず胃袋から。いきなり実践するとはさすがうちのミツキだわ」と興奮しながら言っていた。
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