第020話 依頼~りきっどくんのはじめてのおつかい~
僕らが一階に下りるとさっきまでいた人たちもみんないなくなっていた。
先ほどはひるんでしまった僕だけど、誰もいないとそれはそれで寂しい気がする。
一階にある掲示板には様々な依頼が貼り出されていた。
灰牙狼や角鼠などの魔獣討伐はDランク以上の設定になっているので、Fランクの僕たちは受けることが出来ない。討伐依頼でも目標討伐数によってCランクなど上位のランクになっているようだ。
用紙には灰牙狼の毛皮によって報酬と引き換えとあるから、素材をギルドへ渡さないと達成とはならない仕組みらしい。
「そのオリアナの花の採取はどうだ。咲いている場所は俺達でもわかるし」
「いいんじゃないかな。この紙を外して受付に持っていけばいいんだよね」
Eランク。オリアナの花の採取。
オリアナの花の苗1つ毎に大銅貨1枚。最大30苗。
期限有り。受注条件有り。
依頼者アンデンセン=ミッドフェイル。
依頼の内容として、他と比べても破格の条件に思えた。
紙を取って二階へ。カウンターはいくつかあるがその一つにセレスさんがいたのでそちらへ持っていく。
「いらっしゃいませ。初めて受ける依頼は決まりましたか」
「はい。こちらでお願いします」
「確認させていただきますね。ミッドフェイル司教様の依頼ですか」
「司教?」
「はい。この町にある教会の神父様です。月に何度かこうしてオリアナの花の採取依頼を出されます。内容の難度に比べて報酬が良く、人気がある依頼なのですぐに誰かが引き受けてしまうのですが、運が良かったですね」
「どうしてその司祭様はわざわざ自分で取らずに依頼を出すんですか?僕たちがこの町へ来るまでにオリアナの花が咲いているのをいくつか見かけたので、そこまで大変なことでもないと思うのですが」
「それは直接依頼者の方へ聞いてみてください。こちらであなたたちのギルドカードへ依頼を登録いたしますので、用紙を持って依頼者の方のところへ行き依頼内容の確認をしてきてください。今回の依頼だと採取品も直接依頼者へ渡すことになると思います。それと大丈夫だと思いますが、万が一依頼が達成出来なかった場合、成功報酬の2割をペナルティとしていただきます」
「ペナルティなんてあるんですか」
「依頼を受けたまま後回しにされ依頼達成ならずとなってしまうと冒険者組合の信用問題になりますからね。組合も大変なんですよー。冒険者のみなさんは報酬が少ないって言いますし、依頼者の方はもっと安価で早くこなせって怒鳴ってきますし。ケイクルでは冒険者の数もそうですが、ギルド職員の数も不足しててとても手が回りきらなくて。はあ……」
「た、大変ですね」
大人の愚痴だ。
頬に手を当てて溜息をつくセレスさん。
板挟みというのもあるのだろうけど、僕たちに言ってもいいのだろうか。
聞かなかったことにしたほうが良い気がする。
「依頼の登録と一緒にパーティの登録も行っておきますね。二人ともFランクなのでどちらかをリーダーとして登録することになるのですがいかがいたしますか」
「じゃあヴェルで」「リーダーはリキッドがいい」
「あ、あのう」
僕らの声が被り、セレスさんが困った顔をした。
「僕たち二人ならヴェルの方がリーダーとして適任じゃないか!」
「俺が冒険者なのは仮だからいいんだよ。何だよ、やるのか!?」
「いいけど!この間の試合では僕が勝ったんだから今やっても一緒だと思うよ」
「あれは俺本気じゃなかったし。7割くらい手加減してたから」
「僕だって半分の力しか出してなかったし。全力でやったらヴェルが怪我しちゃうからねっ!」
「ぐぬぬ」
「ぐぬぬぬぬ」
「あ……、もうリキッド様で登録しちゃいました」
「えー!?」
「えへへ、ごめんなさいっ」
セレスさんが下を出して可愛く謝ってきた。よし、許そう。
「仕方ないですね。今回だけですよ」
「ありがとうございます。リキッドさんは大物になりそうですね」
「そうですか?そうですよね、ええ。僕は大物になりますよ!」
「……おい、ちょろすぎないか」
そんなことは知らない。
可愛かったら大抵のことはいいじゃない。
え、だめなの?
「それで、ミッドフェイル司教はどちらにいらっしゃるのですか」
「この時間ですと、町の北側にある教会にいらっしゃると思います」
「ありがとうございました。さっそく行ってみます」
「はい。お気をつけていってらっしゃいませ。町の外には魔獣が出ますので十分注意をしてお出かけください」
ギルド建物から出ると日がだいぶ高い位置にあった。もう正午を過ぎているだろう。
暗くなる前には司祭から話を聞き終わって宿に行きたい。
依頼は明日からでいいだろう。
「セレスさん北って言ってたな。こっちか」
「逆!リキッドそっちは南だから!」
「あれ、太陽の位置がそっちだから」
「いい、リキッドは何も考えないでくれ。お前が方向音痴なのはわかったから!」
「……僕、方向音痴だったの?」
旅をするといろんなことを知ることが出来る。
でもそんなことは知りたくなかった。
ヴェルに案内されて教会を目指す。
ギルド周辺は宿が多かったのに対して、北の教会に近付くにつれて民家が多くなっている気がする。
教会は民家から少し離れた立地にあった。
立派な白い建物だ。
教会には庭園もあり、それなりにお金もかかっていそうだ。
庭園には様々な花が咲いており、中にはオリアナの花もあった。
石畳の道を抜け、教会に入る。
中はひんやりと涼しく、高い位置の窓から入り込む陽射しが厳かな明かりになっていた。
教会内に等間隔で並ぶ木製の長椅子にはまばらに人が座り、老若男女問わずが座り、教会の奥の十字架に向かって、一心に何かを祈っていた。
十字架の近くに背の高い初老の男性が立っていた。飾り気のない紺色の服で手には大きめの本と十字架を持っている。
その男性がこちらを見て、僕らに近付いてきた。
「信徒の方ですか。いや、君たちは冒険者かな」
「はい。あなたがミッドフェイル司教でしょうか。今日は依頼を見て参りました」
「ええ、私がこの町の司教です。それにしても丁寧な冒険者さんのようだ。奥の部屋に案内しますので付いてきてください」
教会の脇にある事務室に案内された。
教会内の木製の椅子もそれなりに良いもののようだったが、こちらの事務室の椅子はソファになっており、座りやすい。実は教会は儲かるのだろうか。
「あなた方が依頼を受けてくれた冒険者で間違いありませんか」
「はい。こちらが依頼書と僕らのギルドカードです」
それぞれを提示する。
僕たちのギルドカードを司教が確認している間に、使いの方がお茶を淹れてくれた。
深い茶色をした紅茶からはスッとした良い香りがする。
飲むと温かいお茶がじんわりと体に響いた。
「わかりました。それでは依頼の内容についてですが、お二人はオリアナの花はご存じですか」
「こちらの教会の庭園にも咲いていましたけど、白い小さな花ですよね」
「ええ、その通りです。オリアナの花には魔を払う力があり、教会では神が宿る聖花とされています。実際にオリアナの花の辺りには魔獣などが近寄ることはほとんどありません」
その辺りは以前ヴェルから聞いた通りだ。
確かに道中オリアナの花が咲く林に入った途端、魔獣に遭遇しなくなった。
では、どうして司教はわざわざ自分で取らずに依頼を出すのか?
聖花であれば冒険者などに触らせない方が良いとは思うのだが。
「本当であれば、冒険者の手を借りずに私たちが林で採取すれば良いという気持ちもわかります」
「あれ、僕まだ何も言ってませんよね?」
「顔に書いてありました。本当はこの依頼を初めて受ける冒険者の方がみなさん質問されるものですから、事前に伝えるようにしているんです」
慌てて自分の顔を確かめる僕を見て司祭が笑って付け加えた。
「オリアナの花は聖花であるため、切ったり手折ることは禁じられています。あなたがたも採取の際は必ず根の付いたままの苗の状態で納品をお願いします。また外の土は不浄なものとされていますから、私たち聖職者は触ることが出来ません。それに町の外では少ないとは言っても魔獣が出ますからね。なかなか安易に出ることも出来ないわけです」
「それで、依頼ですか」
「ええ。あと期限は今日から三日後までにお願いいたします。あまり遅くなっては次のミサまでに間に合わなくなってしまいますからね」
「気をつけます。あと、一つ疑問なのですが、ここにある受注条件とは何でしょう?」
「ああ、それはですね。お二人はギルドの受付で通ったということは大丈夫なのですが、粗暴な方や亜人の方の受注はお断りさせていただいているんですよ。教会に相応しくない」
「粗暴な、というのはわかるんですが、亜人って獣人もですか?」
「ええ、いくら人の形を取っても獣は獣。畜生に神が必要ないのと同じように、教会に亜人は相応しくない。本当は町にも入ってきては欲しくないのですが、私にそこまでの権限はないのでね」
司祭は笑ってそう言ったが、内容は過激だった。
獣人を人として認めていない。そういう人がいることは知っていたが。
「労力として彼らを飼う分には私も反対はしていませんよ。魔獣と違って、人の話を聞く程度の知性があるのは喜ばしいことです」
「……そうですか。それではまた後日花を持ってきます」
「はい。ああ、もし道中で亜人に妨害を受けたなら屠畜してあげてください。人に害を為すのならばそうしてあげた方がお互いの為です」
「生き物を殺すことを神はお許しになるのですか?」
「神は人間だけのもので、人の姿を似せて作られた亜人は忌むべきものの一つですから。許すどころかきっと神はお喜びくださると思います」
「……あの、」
「リキッド、行くぞ。お忙しい中ありがとうございましたミッドフェイル司教。俺たちは予定があるので今日は帰らせていただきます。お茶もごちそうさまでした」
何を言っているのかな、この人は。
僕も獣人にミツキのような知り合いがいなければつられて頷いていたかもしれないが、今なら声を大にしておかしいと言えるし、言ってやりたい。言おうとしたのにヴェルに止められた。
「なんで止めたんだよ」
「なんでって、あれでも一応依頼者だろうが。逐一怒っていたら仕事なんて何も出来ないぞ」
「うっ」
「俺たちは母様の教えや孤児院の子供やミツキを見てるから獣人について偏見はないけど、中にはああいう人だっているんだ。相手が気に入らなかったら毎回喧嘩する気か」
教会を出てすぐにヴェルに詰め寄ると逆に怒られた。
「……悪かった」
「いいよ、別に怒ってない。リキッドのそういう素直なところ好きだぞ」
「別に嬉しくない」
「だろうな。まあ人間の数だけ考え方があるんだ。今日も疲れたし、宿を探そうぜ。ちょっと早いけど晩飯食って寝よう」
「そうだね。シチューとかないかな。気分的には鶏肉がいいんだけど」
「冒険者組合の近くにいっぱい宿屋あったし、一軒ぐらいはシチュー出すところもあるだろ。まだ時間もあるし片っ端から聞いてみるか!」
冒険者として一つ目の依頼。依頼者は苦手な人だったけど、ヴェルと二人ならなんとかなる気がした。
夕飯にシチューを出してくれる宿屋を見つけ、二人で寝る用意をしてあとは就寝するだけとなったところで思い出した。
ヴェルとは同じ部屋だけど、もちろんベッドは別だ。
宿の部屋はそんなに広くはない。小さな机が一つと椅子が二つ。シングルベッドが二つ。
ヴェルの実家の部屋の方が広いだろう。
数日泊まる分をまとめて支払うと値段も安かったし、シチューも美味しそうだったのでこの宿に決めたのだ。
「そういえばヴェルの馬車調べてなかったね」
「おい、もっと早く気付けよ。俺も忘れてたけど」
「まあまあ。明日の朝、花を取りに行く前に確認してから出よう」
「そうだな。それじゃあ、おやすみリキッド」
「おやすみ、ヴェル。また明日」
そうして僕たちの冒険者一日目が幕を閉じた。
お読みいただきありがとうございました。




