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[完結] 第三王子の認めがたい初恋  作者: 悠初


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8/18

8 変化

エドゥアール……この国の第三王子、末男。美貌と、芸術支援で国民から人気。王宮にほど近い屋敷に暮らしている。

デオダ……競技場の闘士。突然エドゥアールにスカウトされ専属護衛に。

「あれは……ストライキだろうか」

 定例の絵画コンクールの審査会に参加した帰り道。

 馬車の窓から街の一角にある紡績工場の前に集まる人だかりが見えた。

「ええ、労働環境改善を求めているようですね。あまり窓に近づかれませんよう」

 デオダが心配して注意を促す。

 最近のモンセルニュでは、(にわか)に経済が活発になってきたようだった。きっかけは今にして思えば、あの闘技場セルクルだったかもしれない。ホテル、飲食、小売に始まり、交通や農業にまで雇用が生まれ、外国からも労働力が流入するようになった。

 俺も父から、多様な宗教や文化にも対応できるよう、課題の吸い上げを命じられている。

「国王陛下は、寛容で慈しみに溢れたお方なのですね」

「ああ、俺もそう思う。器が大きくて慈しみ深い。誰に対しても優しく、特に俺には甘いぐらいだ」

 そう言って外を見るのをやめ、デオダの方に振り向いた。

 その瞬間、デオダがすごい勢いで俺を抱きかかえ、くるりと半回転させて自分の背中を盾にした。

 同時にその向こうから窓に空き瓶が飛び込んで来て、誰かの悲鳴のような声とともに窓ガラスがガシャンと砕けた。

 御者が機転を利かせて馬車のスピードを上げ、その場を走り去り的確な道選びで屋敷へ向かう。

「殿下を狙ったわけではないのでしょう」

 カーテンを閉めた席でデオダの膝で抱きしめられたままになっていたが、やがてはっとして口を開く。

「……お、降ろせ」

「ですが……」

 座席は窓ガラスの鋭利な破片だらけになっている。

 デオダは自分のコートの上に座らせようと前ボタンを外したが、座面を見るとその手を止めてしまった。

「……いや、やはり無理です。屋敷まですぐですからご辛抱(しんぼう)ください」

 デオダは固く決心したようで、俺を抱えたままがっちり両手を組んでしまった。

「お前……」

 そうは言っても、デオダのコートを犠牲にさせるのも忍びないし、その上なら座っても安全かというとそうとも思えない。

 試しにデオダの腕に触れたが、押しても引いても当然の如くびくともせず、拘束の解除を早々に諦めた。

 知らなかった、こいつの手も腕もこんなに硬かったのか。俺に触れる時はいつも優しくて限りなく柔らかだったから。

「……はあ。では、俺の椅子にでもなっていろ」

 デオダの胸にぼすんと体重を預けると、デオダは満足したように優しい声色で言う。

「ええ、喜んで」

 実は俺の心臓はまだ早鐘を打っていたが、片耳からはデオダの全く落ち着いた心音が伝わった。

 あの日デオダが宣言した通り、彼は本当に身体能力が高かったらしいし、肝も据わっている。

 それを証明する機会など来なくて良かったのだが。

 急な投擲物から護衛対象を守った上、少しも慌ててもいない。

 デオダがいなければあの空き瓶はきっと俺の顔か頭を直撃していただろう。

 あの時、デオダを勧誘しておいて本当に良かった。

 ……デオダはどうだろうか。俺に呼ばれなければ、こんな危険に遭わなくとも済んだのではないか……。

 つい所在なげに手をさすっていると、デオダが黙って手袋をしたまま片手を差し出した。

 よく分からないまま、ぽんと手を置いてみると、大きな手にふわりと包まれる。

 それに落ち着きを取り戻し、そのまま心音に耳を当てていると、いつの間にかあっさりと眠りに落とされてしまった。


***


 屋敷に着いても全く起きない主人を抱いて、デオダはゆっくりと階段を上り、背中でドアを開け、寝室にそっと寝かせた。

 傷などができなかったかそっと確認する。

 額。耳。首元。

 最後に手のひらと甲を確認すると、そこに静かにキスを落として部屋を出ていく。

 ドアが静かに閉まる音が聞こえると、目を(つむ)ったままその手をさっと布団の中に引っ込めた。


***


 夕食の後になっても、俺はチェンバロを弾いていた。どうしてか気持ちがざわついて、何かぶつける先が欲しかったのだ。いつもなら静かにリュートを鳴らす時間だが、何度もとりわけ速いパッセージの節を繰り返した。

 激しい強弱の対比と、きらきらと星が(もつ)れて流れ行くような高速の運指。

 結局、心は落ち着くどころか、余計に波立った。


 一旦(とこ)には就いたが、上手く眠れない。

 深夜になって起きだし、今度はリュートを抱いた。

 こんな時間に弾けば、隣のデオダは起きるかもしれない。いや、ひょっとするとまだ起きているだろうか。いずれにせよ起こすかもしれない。

 さっきのチェンバロと違って、リュートの音色はメロディの形を成せず、言葉に詰まりながら漏れた独り言のようにぽろぽろと固まって床に落ちていくようだった。

 そうか。起きて欲しいんだ、俺は。

 眠れなくて起こすなんてまるで子供だ。昼間も抱えられた途端眠ってしまったというのに。

 いや、いいじゃないか。ちょっとぐらい。別に朝まで付き合わせるわけじゃない。


 扉を開けて前室を(のぞ)く。

 起きようとしてデオダがベッドから咄嗟(とっさ)に片(ひじ)を突いたが、それを阻止するかのように強引に座った。

「良い、そのままで。夕方になんか仮眠したから眠れなくなったんだ」

「そうですか……。私で良ければ、眠れるまでお付き合いいたします」


 デオダに寄りかかって片膝を折り詩集を開きはしたが、いつまで経ってもページは(めく)れない。目は開いてる、文字も読める、なのに文章が全然頭に入らない。なんで詩集なんか持ってきた、とてもじっくり読み込んで味わえる状態じゃない。

 やっぱり行動が唐突過ぎたか……。今までこんなことしたことないのに。やめておけば良かった。

 後悔にも似た反省を始めて居た堪れなくなっていると、デオダが小さく口を開いた。

「……殿下は、私が闘技場で働く前は浮浪児だったことをご存知なのですよね」

 思いがけず珍しいことを言い出した。そんなことは今まで触れたこともないのに。

 雇い入れる時は流石に身辺調査ぐらいはした。だが、別に過去のことなど気にしていなかった。少なくとも今悪い付き合いはないというだけで十分で、内心では最初から合格を決めていた。

「そうかもな」

「そういったことを不問にし、殆ど経歴を聞きもせず私を信用してくださったことを、ずっと感謝しています」

 不問も何も、家がないのも親がいないのも、別にその子の罪ではない。

「それはお互い様だ。お前だって会って早々、俺に忠誠を誓ってくれた」

「いつもこのような雇い方をなさるのですか?」

「まさか。後にも先にもお前だけだ」

「そうですか……」

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