6 贈り物
エドゥアール……この国の第三王子、末男。美貌と、芸術支援で国民から人気。王宮にほど近い屋敷に暮らしている。
デオダ……競技場の闘士。突然エドゥアールにスカウトされ専属護衛に。
玄関に着けた馬車の前で、デオダは手を差し出す。
それに微笑み、デオダに軽く頷いて乗り込む。
デオダは身長が高く迫力があり、姿勢が良いおかげで見栄えもし、既に様になっている。
合格だ。覚えも良くセンスもありそうだし、これならやっていけるだろう。
馬車が走り出すと、デオダは余計に緊張しているようだった。
「少し落ち着いて良い。今日はちょっとそこまで行くだけで、荷物持ちみたいなものだ。夜の暗がりにでも入れば強盗に遭わないとも限らないが、真昼間の街中など誰が襲う。それより、人に囲まれた時には適切に対処してくれ。俺は無碍にはできないから」
「はい……」
店の前で馬車が止まり、デオダが先に降りて周りを確認しつつ手を貸す。
馬車から黒ずくめの長身が降りてきたかと思うと、続いていかにも王族らしい俺が降りて来るので、通行人たちはハッとして二人を露骨なほどまじまじと見上げた。
デオダはエドゥアールの背中を抱くように手をかざしながら素早く店に入れ、店主はカーテンを閉め「閉店中」の札を出した。
「よし、デオダ。どれでも一本選べ。今日からすぐ使えるものを」
店には様々な美しい武器が、美術品のように展示してある。
「……剣を、ですか? 私の? お借りしているこのダガーがありますが……」
刃長三十センチメートルほどのダガーがデオダの腰に佩かれている。
「そうだ。なくては護衛できまい。自分の手に合う、使いやすいものを選ぶことだ。店主、彼に値段を聞かれても答えないでくれ」
デオダを展示スペースに残し、俺は奥のサロンスペースのソファーで別の相談を始める。
店内は年季の入った色味のマホガニーの設えに囲まれ、床には分厚い絨毯が敷かれている。部屋に二つ吊るされたシャンデリアの光を反射して、文字通りどの剣も輝いている。
デオダはしばらくうろうろしていたが、やがてその中の二本の候補を選んだようだ。
「試しても良いでしょうか」
店の奥側にある試剣場で、剣を握り、構え、一振りし、くるりと回してみたりしている。店専属の剣術家の説明を受けながら、やがて一本に決め顔を上げると、やっと俺と目が合った。
「あ、失礼いたしました、夢中になってしまって」
「良い。次はこっちに来い、それをベースにもう一本選ぶ」
ぽかんとしたデオダがやってきたので、相談内容を伝える。
「悪いがこっちは俺の趣味を入れさせてもらう。まず、柄頭に黒曜石を入れたい。お前の髪や瞳の色だからな。護拳の全面にはこの見本のような繊細な細工を施す。そして鞘にも何か石を入れたいが、好きな宝石はあるか?」
「好きな宝石……。ええと、殿下にお任せします」
「では好きな色は?」
「いいえ、特には……。あっ、黄色い宝石もあるのでしょうか?」
「黄色が好きなのか」
「好きと言いますか、殿下の御髪の色です」
デオダを見るとまた大真面目な顔をしているので、くつくつと笑って言った。
「だそうだ。店主、頼めるか?」
見本を持ってきた店主が、手袋をして指を差しながら提案する。
「でしたら、この淡い黄水晶ですとか、こちらの蜂蜜色のアンバー、明るいイエローダイヤモンド……」
「イエローダイヤモンドで良いか?」
「ええ、はい」
デオダが何を聞いても頷き、やがてもう一本のオーダーが完了した。
その後、仕立て屋にも寄ってデオダの外出着を数着を注文する。
帰りの馬車でもまたデオダが別の理由でそわそわしていた。
持ち帰ってきた既製品の方のレイピアとそれを収めた新品の剣帯をじっと見つめたり撫でたり、シンプルな黒檀の柄を軽く握ったりしている。
デオダはいつも口を引き結んで眼を凛と鋭くしてはいるが、よく観察すればその感情は面白いほど顔に出ているようだ。感情表現は豊かではないはずなのに、見ているとなぜか気持ちが分かる。
そんな様子になんだか気持ちがすっかり満たされてきて、穏やかな表情で窓の外を見つめた。
世の中にはこんなに純朴な人間がいたのか。こんなに愉快な気分になるのはいつぶりか分からない。
「闘技場での剣はどうしていたんだ? 屋敷に来るときは剣を持っていなかったそうだな」
「あれは貸与でしたので返却しました」
「それで闘えるものなのか」
「はい、問題ありませんでした。私としてはあんなに宝石を付けて頂かなくとも良かったのですが……」
デオダは恐縮して少し俯いている。
「あれはお前ではなく俺のために身に付ける物だから良いんだ。レイピアにしたのも実用のためだけでなく見目が美麗だからだ。デオダ、お前はこれから俺の後ろにいて恥ずかしくない格好をしてもらう。振る舞いも武芸も磨いて、お前自身が俺の宝石になってくれ」
デオダの俯きがちな顔を覗くように小首を傾げて話した。
「……ご期待に添います。良い物をありがとうございます」
デオダがやっと顔を上げた。
「そう言えば闘技場ではいつもマントを纏っていたようだが、何か意味があるのか?」
「あれは遠くからでも誰が誰なのか分かるようにと、あるとき支配人が考えました。皆それぞれ、特徴のある格好をしていたはずです。誰がどの格好をするか優勝者から決められたので、私はマントを選びました」
「ふうん、そうか。お前があの角の兜になっていたら、俺は目を留めていなかったかもしれないな」
「……」
しばし沈黙した後、デオダは拳を口元に当て、肩を震わせてくっくっと笑い出した。
「あの兜は最後まで誰にも選ばれず残っていたのです」
何気なく言ったことが思いがけず彼を笑わせたようで、釣られてふっと笑う。
どうしたら、この生真面目な男をもっと笑顔にできるのだろうか。




