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[完結] 第三王子の認めがたい初恋  作者: 悠初


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2/18

2 誘い

エドゥアール……この国の第三王子、末男。美貌と、芸術支援で国民から人気。

デオダ……競技場の闘士。

「闘技場セルクルの専属闘士、ヴォルテージュと申します。本日はご高覧頂き光栄でございます」

「モンセルニュの第三王子、エドゥアールだ」

 男は間近で見るとかなり背が高かった。エドゥアールよりも頭一つ分大きい。

 短い黒髪は兜を脱いだそのままの形に流れていて、それ以外の甲冑は着けたままで動く度にがしゃがしゃとうるさい音がする。

 黒い瞳は切長で鋭いが、今は緊張でわずかに俯いている。声は低いものの、動揺している様子は純朴で案外初々しい。

「変わった名だが、本名か?」

「ヴォルテージュは通名と申しますか、闘士名でございます。本名は……デオダと言います」

 本名は予め調べてあったからもう知っている。 

 その顔をもう一度確認するように見つめると、脚を組み替えて用件に移った。

「デオダ、実は折り入って相談がある。悪い話ではないから、後日俺の屋敷に来て欲しい。詳しいことは彼から聞いてくれ。では」

 それだけ告げると、側近たちとともに出ていった。


***


 部屋に残されたデオダたちの動揺は続いた。

「一体何のご用なのでしょうか……」

「さあな。何であれ、王子様のご要望に精一杯お(こた)えして来いよ。ついでに闘技場も目をかけていただけたらこれ以上のことはないんだけどなあ。ま、頼んだぞ。それで、日程だが……」


 デオダは三日前から試合に出るのを止められていた。万が一怪我(けが)でもされたら困ると支配人が心配したのだ。

 そしてこの日。エドゥアールの住む屋敷を訪ねてみると、デオダは使用人たちに囲まれ、されるがままになった。


 エドゥアールが謁見(えっけん)用の客間に入ると、デオダが立ち上がった。

「すまない、少し待たせたな。別件が長引いた」

 そのまま肘掛け椅子に座りかけたが、立ったままのデオダを見て、ぴた、と動きを止めて振り返った。

 競技場で骨董(こっとう)のような甲冑(かっちゅう)と乱れ髪だった男は、正装に身を包むと、文字通り見違えた。同人物とは誰が気づくであろうか。

 燕尾服(えんびふく)は長身の広い肩からウエストに流れる逆三角形のラインが見事で、強い体幹がそうさせるのか立ち姿自体が美しかった。

 髪を(つや)やかに整えた精悍(せいかん)な顔つきには威厳(いげん)さえもあり、黒い瞳の眼差しはまさに切れ味の良い剣を思わせる。

 自分の審美眼(しんびがん)を思いがけず確かめることができたようで気分が良くなった。

「へえ。甲冑(かっちゅう)より似合っている」

 感心してフッと笑うと、デオダが恐縮して礼を言う。

「素晴らしい衣装とお招きをありがとうございます。それで本日はどのような……」

 デオダはすぐにでもそれを聞きたいようだが、エドゥアールは主導権を渡さない。

「まず少し話をしたい。闘士というのは楽しいのか? 貴殿は相当に腕が立つと聞いたが」

 楽しいかと言われると答えが難しいが、くれぐれもしっかりと念を押された支配人の顔を思い出し、デオダはなんとか会話に応じる。

「ええ。自分にできることをさせて頂いています。数年前レイピアを持つようになってから才能が開いて、連勝記録ももうすぐ二年になります」

「そうか。あの試合というのは、興行的な要素もあるように見えたが、怪我人も出たりするのか?」

「すぐに負かしてしまっては、客が金を返せと怒り出すのです。そういう経緯で少しずつ改良を重ね、今のような形に発展していきました。しかし勝敗においてイカサマは一つもありません。強ければ勝つ、それだけです」

 デオダはきっぱりと言い切った。

 言外の俺の不信を感じとったか。頭の良い男だ。それともこれはよく聞かれる質問だったのだろうか。

「なるほどそうか。いや、疑ったわけじゃないのは分かってほしい。ではつまり、君はその気にさえなったら試合をすぐにも終わらせられるということか」

「そうです。強くなければ他の闘士たちが協力しませんから」

 まっすぐ見つめて答えるデオダには、潔白と自分の腕によほどの確信があるらしい。つまりあの試合は闘士間の純然たるリスペクトの上で成り立っているものらしかった。

 なるほど。やや朴訥(ぼくとつ)ではあるが人としての矜持があり正直者で、この場でも萎縮せず、俺に対しても言うべき意見は臆さずまっすぐ言うようだ。悪くない。

「勝ち続けているうちはいいとしても、それはずっと続きそうなのか?」

「……それはどの仕事をしていても同じことかと思います。今できることをやるだけです」

 デオダの警戒が収まらないままなので、そろそろ本題に移る。

 それに、少し話しただけでも、彼は十分信用に足ると思えた。

 いや、伝えるということは最初から決めていた。

「今日は提案をしたかったのだ。デオダ、専属で俺の護衛をしてみる気はないか? 闘技場のような派手さはないが、少しは安定して暮らせるはずだ。護衛といっても、平和なこの国でわざわざ第三王子の命を狙うやつはよほどの暇人だ。少しの外出なら一人の護衛で十分だろうし、付き人の人数が減るのは俺としても動きやすくて助かる」

 デオダは少しの間黙り、戸惑いを率直に口にした。

「そのような……私などが務まるとは思えません。それにこんな有り難いお話を突然頂けるのにも困惑しております」

「務まる、貴殿が強いのならな。それに、マナーや知識も少しは身につけた方が良いだろうから家庭教師も付けよう。住まいはここの使用人室を貸す。もちろん服や食事も付ける」

 デオダは考え込んでいる。

 よし、いける。もう一押し。

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