1 鮮烈な
「殿下、すごい迫力と熱気ですね。僕も血湧き肉躍るようです」
「ええ、そうですね……」
この日エドゥアールは来賓を連れ、最近人気を博しているらしい闘技場を初めて訪れた。
これから観戦する剣術試合に、彼は露ほども興味がなかったのだが、十八歳になったばかりのその無邪気な皇太子が見学したいとリクエストしてきたのだった。
エドゥアールが、肩まである淡い金色の髪を靡かせ、細身のしなやかな体躯で貴賓席に現れると、観客席が拍手を送って沸いたので軽く手を挙げる。
彼は第三王子という末男の立場ながら、その華のある容姿や、芸術・教育分野等の支援で親しまれ、若くして国民に人気があった。
ここモンセルニュ国は、豊かな自然は有しつつも「大陸の果て」とも揶揄されるほど交通の便が悪く、昔から観光業は振るってこなかった。
しかし最近はそれでもこの闘技場目当てに他国からも少なくない客がやってくるようになってきて、ホテル業や飲食業まで活気がつき、エドゥアールとていつまでも忌避していられない存在となっていたのだ。
セルクルという名は、闘技場が円形であることから来ているらしい。商人や貴族たちが社交できるサロンも併設され、そこから商売などの話に繋がるケースもあると聞いている。
だがエドゥアールは、武術やそれに類する勇ましい文化は専ら苦手であった。
彼は今二十二歳だが、芸術におけるパトロン活動は既に二年程前から続けている。絵画や音楽、文学等に心惹かれることが多かった。
余暇には絵筆で風景を写し、詩を書き、チェンバロやリュートを静かに鳴らしてきた。
そんな彼がやって来たのが、意味のない勝ち負けを決めるための決闘と、それを囃し立てる人々の集まる場所とあっては、いくら社交には慣れているとは言えども微笑みを絶やさないようにするのが精々だ。
ここでは厳密なルール遵守と騎士道に則った高いスポーツマンシップが求められてはいるらしいが、エドゥアールの目にはなんであれ同じにしか映らなかった。何より暴力を娯楽とするのがどうにも腑に落ちない。
全く、凶暴であることの一体何が偉いというのか。体が強いことの何が偉いのか。知識を蓄え、感情を制御し、芸術を追求してこそ、人間であると言えるというのに。
一際大きな声援が沸いた。
闘士二人がこちらの貴賓席に向かって一礼する。
闘技場での試合には多種目あるうち、この「片手細身剣部門」が一番人気だと聞いている。
彼らは全身を覆う仰々しい甲冑を身に着けていて、顔は全く見えない。なるほど、格好からしてショーの要素もあるということらしい。だから女性も子供も多く来ているというわけか。片方の選手は明らかに不要であろうマントを着けているし、もう片方の選手などは兜に大きな角のような突起を生やしているので、防具というより半分は装飾の意味での衣装だ。
中央に立っていた男が、闘技場の紋章のついたやたらと大きな旗をばさりと勢いよく下ろす。
それを皮切りにして、闘士たちは、キンッという冷たい金属音だけを鳴らして鍔迫り合いを始める。
残念ながら、レイピアの試合を初めて見たエドゥアールの動体視力では、二人が何をやっているのか正確には把握できない。
ただ、それはまるで舞踊か何かに思えた。見たこともない、神秘の。
お互いの剣を正面から受け止めず、軽く弾いて受け流す仕草がおそらくそう見せている。カップ型の護拳が剣の流れを変えて押し流し、這い寄り、剣先は畝るように首元を追跡する。
押したり引いたりしているように思えたが、やがて、最初から一方が明らかに優勢であることが俺の目にも感じられてきた。それはおそらく最初からだ。
その黒マントの男の、跳ねるようなフットワークと、剣を躱し、身を翻す様に、目線は奪われていった。重い甲冑にも拘わらず、正確な独楽のようだ。
そして二人が接近し合った直後、角兜の男が何かを叫び、同時に真ん中と四方にいる審判たちが一斉に手を上げ、観客が割れんばかりの喝采を送った。どうやら勝敗が決したらしいということにやっと気づき、遅れてこっそりと拍手を送る。
二人が礼を交わした後、勝ったマントの男が残り、もどかしそうに大きな兜を脱いで貴賓席に再び一礼し、観客に手を振り笑顔を見せた。
エドゥアールはこの日、男がその場を去るまでじっと観察した。
その皇太子が帰国して数日、エドゥアールは再び闘技場を訪れた。今度は付き添いを付けただけの私的な来場だった。
この日もあのマントの男が第一試合だった。出場することは事前に確かめてある。
プログラムの流れとして、レイピア部門から、そして前回の優勝者から試合をする決まりらしい。つまりこの男はあの日も今日も優勝者として登場している。
男はこの日も踊るような闘いを披露した。
体幅を狭めるため左腕を背の後ろに隠す所作が、優雅な舞踏の雰囲気を醸している。
エドゥアールは頬杖を突きながら表情を変えずに見ていたが、視線を彼に釘付けにしていた。口元を手で覆ったままにしているのはそれを隠すためでもあったかもしれない。
やがてまた相手の闘士が敗北を宣言し、審判たちが手を挙げ、マントの男が勝利した。どうやら相手の剣先が身体に当たったら自己申告し、審判たちも目視で判定することによって勝敗が決まると分かる。
観客の様子からして、どうもこのマントの男は群を抜いて人気のようだ。他の試合と比べて盛り上がりが圧倒的だった。勝率を考えれば順当と言える。
男の出場試合が全て終わり、今日も彼の優勝が決定したところで席を立つ。
試合後の闘士たちが溜まっている部屋へ、競技場の支配人が慌ててやって来た。
マントの男に耳打ちし、彼を連れて行く。
他の闘士たちは何事かと彼らを見送ったが、やがてこの後どこで酒を飲むかという話題に戻っていった。
***
「殿下、お連れしました」
エドゥアールが闘技場内の個室を貸し切り待っていると、マントの男がやってきた。
「……失礼いたします」
男は、これから一体何を言われるのかと警戒しているようだった。




