16 対峙
黙って聞いていた男たちがやっと口を開く。
「驚いたな。信じがたい話だが、辻褄は合ってる。何よりその指輪は正当な後継者である証なんだろうし」
その時、料理係の男がおずおずと進み出てきた。
「ディオダート様なのですか……? 本当に?」
デオダは男の顔をじっと見た。
「ご立派になられて……。私です、厨房のパティシエの、よくスフォリアテッラをこっそり差し上げた……、いえ、ずっと昔のことですからご記憶にありませんよね」
まさかここで覚えていないとは言いづらい。彼を見つめながら必死に記憶を辿ると一人思い当たる人物がいた。
「……ああ、ブルーノなのか? 随分と料理の幅を広げたんだな」
デオダが笑うと、彼は駆け寄ってデオダの手を握り泣き崩れた。
男たちが大いに沸く。
「これで証明されたな!」
「よし、今度はこっちの話をしよう。俺たちはウラニアの現政権に対抗するレジスタンスだ。ウラニアでは今、現王の圧政で苦しんでいる国民が多くいる。それに旧王派の家臣や関係者たちが迫害され、無念のうちに死んでいった者さえもいる。俺たちは被害に遭ったやつらと、その同志だ。クーデター決行まであと一歩というところにお前が現れた。天は俺たちに味方している」
男が握手を求める。
「俺はエリオ。ただの代表者で、ここでは全員平等だ。悪いがお前さんもな」
「エリオ、みんな。どうか宜しく頼む」
***
人混みに紛れていると、エリオが小声で文句を言ってくる。
「お前はちょっとデカ過ぎて目立つ。三十センチぐらい縮め」
「無理を言わないでくれ」
閲兵式の日。王は軍事力の誇示と権威付けのために隔年で行っているらしい。
「あそこにいるのが現王だ。どうだ、見覚えあるか?」
柵に囲まれた台の上の観覧席。キャスケットの下から覗いてみると、当時より髪を伸ばしてはいるが確かにあの叔父の顔そのものだ。艶やかな黄金色の豪華な衣装に身を包んでいる。
「ああ……忘れもしないよ」
王宮前の広場。兵のパレードはここをスタートし、沿道を回り、また戻ってきてここを終着点とする。
やがて、派手な軍服を着た兵たちの行進が広場に戻ってきた。
「奴らの中にもシンパは少なくない。王宮の中にも、群衆の中にも、いざとなれば味方は大勢いる。ここまで来たらビビるなよ、みんなお前が頼りだ」
「今さら恐れるものなどあるものか」
一歩も引けない。亡き父のため、過去の自分のため、帰りを待つ人のため。
目の前のチャンスを掴むしかない。
全身を熱い血が駆け巡っていく。
兵が観覧席の前に着き、まさに今パレードを終えようという時。
エリオの合図で、旗や垂れ幕を持ったレジスタンス軍が飛び出す。
「王子の帰還」「真の王・ディオダート」「後継者の再臨」
観客たちが騒ぎ出す。
「何あれ?」
「ディオダート様って、幼い頃から療養生活だっていう、あの?」
「戻ったってなんのことだ? ずっと王宮にいるはずだろ?」
観覧席に座っていた王はそれだけですっかり動揺した。
一番隠さねばならない事実を国民の前で露呈されている。
「おい、あいつらを早く取り押さえろ。早くっ……」
「叔父上! ようやくお会いできました!」
黒檀のレイピアを抜いたデオダが少し離れた正面に立ち、群衆に聞こえるよう敢えて大声で呼びかけた。
「な、ディオダート……!? まさか……死んだと報告を受けていたのに!」
「どうしました? 再会を喜んでくださらないのですか! それともあなたが『保護』した甥のディオダートをお忘れか!」
観客たちはとても理解が早かった。
「なんかおかしいと思ってたんだよな。全部、王の謀りだったんじゃないか?」
「ああ、こりゃ本物だな。どう見ても偽の王とは格が全然違う」
「こないだ飲み屋で聞いたんだ、新王が帰ったって」
すっかり慌てた王が、その豪奢な椅子から立ち上がった。
「何をしている! あんなやつ偽者に決まっているだろう! 早く斬れ! ……おい?」
さっきまで団結と忠誠を高めていたはずの近衛兵は動かない。
先王の逝去の後すぐに王座についた、小物で吝嗇な男。
それと時期を同じくして重病と発表されて以来、誰の目にも触れなかった王子。
信用できる条件は揃い過ぎている。
「では、本物の王子とやらをここへ連れて来てもらおうか! 王の印章とともに!」
「まさか……それも持っていると言うのか? ……ええい、貸せ!」
動かない近衛兵の剣を抜き、素人剣法でデオダに向かってきた。
レイピアの鍔で造作もなく剣を弾いてやると、それだけでバランスを崩し、そのままどさりと倒れた。
そこにデオダが、首元に剣先を突きつける。
「くそっ! 殺せば良いだろう! 好きにしろ!」
「……生憎このレイピアは大事な物なので、貴方には少々もったいない」
「何だと!?」
地面に広がった長い黒髪にレイピアを突き刺してやると、ついに観念し抵抗をやめた。
「誰か、彼を拘束してくれるか?」
王子の初めての指示を聞いて、兵たちは嬉々として名誉ある権利を奪い合う。
「俺が連れていくっ」
「よこせ、俺が担当する」
エリオが歩み寄り、膝を突く。
「お帰りなさい、ディオダート様。どうか国民にお声を」
デオダは空になった椅子の前に立ち、宣言する。
「同胞たちよ、喜べ! 虚飾の王は去った! ついにウラニアは、我々の手に取り戻せり!」
目の前で簒奪劇を見届けた国民たちは、真の王を囲んで熱狂した。
ついにその名を取り戻したデオダは、その光景を見つめる。
信じられない。
ひたすら逃げ隠れして生きていたあの日々。
自分を排除した祖国になど二度と帰りたくもなかったし、一切考えないように生きてきた。
それが、一歩踏み出したらこんなにもあっさり道が開け、今までが嘘のように多くの人々に歓迎されている。
あの方に出会っていなかったら、今日の日はなかった。




