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[完結] 第三王子の認めがたい初恋  作者: 悠初


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13 別れ

 屋敷を追い出されたデオダは、あまりに突然の出来事に呆然としていた。

 こんなにも急に、幸福な日々に終わりが来るなんて。

 何がいけなかった。どこで間違えた。どうしてこんなことに。

 ただ一緒にいられるだけで良かったのに、それなのにまさかこんな。

 屋敷の外には一人、また一人と護衛たちが追い出されてくる。

 周りは派兵団がぐるりと囲んでいて、また入ることなど不可能だ。

 どうしたら殿下を助けられる……。

 これで終わりだなんて、そんなことは絶対に……。


***


「お久しぶりです。今はここにいると聞いたもので」

「おっ、デオダ、生きてたか! なんだ、出戻りか? ざまぁねえな、はーっはっは! ……っておい、まさか本当に?」

 闘技場セルクルは現在営業停止中で、再開の目処は立っていなかった。

 支配人は今は酒場をやっていると聞いて向かってみると「セルクル酒場」という店名だったのですぐ分かった。

「まあ、当たらずとも遠からずで……」

「お前一体どうした、暗い顔して。こっち来て座んな。飯ぐらい食わせる」

 こじんまりした店であり、開店前の準備は全て一人でやっているらしい。

 豆の煮込みとパンが入った皿ががちゃりと置かれる。

「ほら、これでも食え。それでこれからどうする。闘技場の仕事はないから、しばらく店でも手伝うか? 二階で寝泊まりしていいぞ?」

「そういうわけには。殿下を助けに行かなければなりません。今、屋敷に軟禁状態なのです」

「あちゃあ。なるほどそういうことか。最近街中にいる奴ら、あれバグラドールの軍服だろ。治安の荒れたところをまんまと乗り込まれちまったわけか。しかし、助けるったってなあ。お前……、王子様にどこまで話したんだ?」

「何も。闘士以前のことは何もお聞きになりませんでしたから」

 そう言いながらエドゥアールの気遣いを思い出し、また胸が痛くなる。

「そうか。案外、()い方だったみてえだな。闘技場に来た時ゃ、怖かったけどなあ」

「怖い? 殿下が?」

「ああ、だってなんか居丈高でちょっと冷たくなかったか? いかにも王族って感じで」

「あれは緊張してたんですよ、すごく。ああいうところに初めてお越しになって、俺みたいのに話しかけるんですから。本当はとても純粋で、孤独で、繊細で、慈悲深くて……。あのような方は、他には」

「えっ、お前……。あ、いや、そうか。まあ、良くしてもらったんなら良かった。あの日は俺の方が緊張してたから、冷たく感じたのはきっと勘違いだったんだな。ほらあれ、とってあるんだぜ」

 そう言って視線を投げてみせた棚の一番上には、あの時エドゥアールから贈られたガラスの置き物がちらりと見えている。

「これ綺麗だよな。今も時々磨いてんだよ。俺なんかがああいうのを貰うの、最初で最後だろうからさ」

 エドゥアールが人々に与えた影響は、小さくとも確実に存在し、その人の人生に息づいている。

「そんで、頼る気はないのに訪ねてきたってことは、これか?」

 奥から持ってきた小箱を渡して言う。中を確認すると指輪が入っている。

「お前自身が持ってると危険だと思うけどな。でも、もう決めてるんだろ」

(あず)かっていただいてありがとうございました。後は自分でどうにかやってみます」

 デオダはそう言って店を出るとどこかへと歩いて行った。背中が小さくなっていく。

 ったく。ちょっと見ない(あいだ)にまあ、すっかり立派になっちまって。しっかし、馬鹿な奴だよ。金や名誉なんかよりもよっぽど毒なんだ、恋なんてのは。今度こそ、会うのが最後になるかもな……。


***


 屋敷が派兵団に乗り込まれて以来、エドゥアールは一歩も外出していなかった。

 治安が悪くなって外出が滞った日々は、人生の暗黒期なんだろうと思っていた。しかしまさか、あの時よりもっと状況が悪くなるとは。


 事務仕事は続けているが、上がってくる書類の量は大幅に減った。当然バグラドールが目を通した物のみだろう。逆に言うと決裁しないことも許されていない。

 恐らく王宮も同じなのだろう。連絡も自由には取れない。

 外の状況が正確に分からないことがなおさら気を(めい)入らせる。

 側近たちはまだ屋敷にも滞在してはいるが、もはや彼らは権限どころかほとんど行動の自由もない。

 そのほかの以前からいた従僕たちは、もう見なくなった。恐らく全員バグラドールの手の者に交代させられたのだろう。一挙手一投足が報告されていると考えて間違いない。

 しかし食事は以前より豪華になった。酒も常に部屋に置かれている。それに歌劇場や賭博場、娼館へ出かけることだけは許されている。恐らく遊興に()からせて堕落(だらく)させ、反抗心を奪っていくつもりなんだろう。平常時であれば観劇もしたいし楽器の演奏もしたいが、そんな気にはどうしてもなれなかった。読書だけは多少するが、その日何を読んだかも把握されていると思うと気分が萎えて全く心の慰めにならない。

 エドゥアールは誘惑の数々に抗っていたが、眠ることができなかったためワインの量だけはじわじわと増えてきた。

 胸の苦しさを一時期でもごまかすものが、他にない。しかし手を出せば奴らの思うつぼ。手は伸びるのに、飲むほどに(つら)くなる。


 生きる指針を奪い、自己肯定感を揺るがし、何も生み出させない。

 それはエドゥアールのような若い理想家にとってはてき面に効く責め苦だった。

 その葛藤自体がエドゥアールの精神を徐々に(むしば)んでいき、着実に衰弱させていく。

 俺はどこで道を間違えたんだろうか?

 国のためにと思って精一杯生きてきたつもりだが、国民には否定され、何も残っていない。

 兄たちのように俺も士官学校に入るべきだったのか。それに王宮で暮らしておけば一人にならずに済んだのでは。

 やってきたことなど無意味だったのか。そもそも俺は生まれてくるべき存在だったのだろうか……。

 —— 全く論理的でない思考をぐるぐると巡って、ただ時間を消費する。

 味の感じられない食事をし、ワインに負け、短く浅い睡眠を取り、また気だるい朝が来る。

 まるで自分で自分を痛めつけるような日々。

 もう息さえも苦しい気がする。

 これがずっと続くとすると、一体いつまで()つだろう。

 それならいっそ、誇りをもって自分で終わりを決める道もあるのでは。神の道には反するが、もう天国さえも俺を受け入れてくれないのだろうか。


 目を閉じると脳内にあの時の声が聞こえてくる。

「お前だ」「そうだお前だ」

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