12 一緒なら
呼び出しを受け、馬車は王宮に向かっていた。
「殿下は王宮に戻ることはお考えではないのでしょうか?」
デオダが疑問を口にする。安全面を考えたら屋敷で一人でいるよりは良いと思っているのだろう。
しかしちょっと都合が悪くなるぐらいで戻るのは情けないようで気が引ける。
「王宮の外にいるからこそできることもあるからな。ただ、いずれそうなる可能性はあるかもしれない」
王宮勤めとなると護衛の形も今までと変わるだろうが、それでもデオダに着いてきてほしいと言ったら、やっぱり我儘だろうか。
「その時は、私も連れて行っていただけるのでしょうか?」
やめてくれ。どうしてお前はそう、俺が言って欲しい言葉をくれるんだ。
肝心なことだけは、首を縦に振らないくせに……。
「お前さえ良ければ、そうしてもらいたい」
「父上、近衛を増やさないのですか?」
父や兄たちの集まる部屋に着くまで、やけに静かだった。
王宮の警備はどれほどになっているかと思いきや、案外以前と変わらないか、それよりも少なく感じたのだった。
「……エドゥアール。兵にも文官にも俸給の支払いが何度も滞っているんだ」
「増員どころか、維持もできていない」
兄たちが説明すると、少し疲れた様子の父が目を伏せる。きっと自分の無力さを痛感しているのだろう。真面目で優しい男の気持ちが少し分かった。
「そうでしたか。そこまで……」
ということは装備の買い替えや軍馬の購入などもとっくに止まっているのだろう。戦力としての低下は明白だ。
それに、そうとは知らず、自分はほとんど今まで通りの生活をしていた。強烈な羞恥に襲われて愕然とする。
「会議の時間だ。行こうか、息子たち」
日頃から直接的には政治参与していないが、重要な場には参加することもある。この日も兄たちに並んで座ることになった。
「本日の最初の議題は、バグラドール皇国からの提案についてです」
山河に囲まれた我が国モンセルニュと、平地から楽に行き来できる唯一の国がバグラドールだ。
同規模の小国であり、観光客も運送も全てこの国から、それ以外もこの国を通過して来ている。
「現在我が国ではストライキや暴動が頻発し、財政も逼迫しています。そこを、バグラドールが支援したいとの申し出です」
「具体的には治安部隊の派兵ということだろうか?」
「そうです。追って、食料や燃料、医療支援等の用意もあるとのことです」
バグラドールもまた同じような財力のはずで余力などそうないはずだが、隣国としての誼だろうか。いずれにせよ今の状況に有り難いことは間違いない。
「バグラドールからしても一日も早く暴動を鎮静化してもらわないと困るという事情がありましょう。交易も滞りつつあり、暴動が飛び火して共倒れになっては一大事です。もはや静観していられなくなったということでしょう」
「基本的には申し入れを受け入れる方向で進めたいと思うが、どうか」
決が取られ、大筋は決定した。後は大臣たちや文官が細部を詰め、最後に父王が承認することになる。人数を絞った小規模な会議にしたため、会議は日暮れ前に終わった。
これで状況が良くなるといいが。いずれにせよ俺は俺のできることを粛々とやるだけだ。
「お疲れでしょうか?」
「いや、明日の病院訪問のことを考えていただけだ」
「そうですか……」
***
屋敷に籠って事務仕事をこなし、時々福祉施設や医療施設に赴き、夜は静かにリュートを奏でる。
俺がそんな生活を徐々に受け入れていけたのは、他ならぬデオダの存在のお陰だった。
この暮らしがいつまで続くのか、全く見通しが立たない。
でもデオダがいるなら、その日その日を耐えていけるような気がする。もし彼がいなかったらと思うと、それこそ怖い。
しかし恐れても仕方ない。やれることをやるだけだ。
「チェスに付き合え」
「はい。今日こそ初勝利を頂きます」
経験値の点から言って俺がデオダに負ける可能性などはないに等しい。しかしデオダは嫌な顔一つせず毎回果敢に挑んでくれる。
最初よりは少し強くなったが、それでも到底敵わない。
「グッドゲーム。初勝利はお預けだな」
「次こそは」
デオダが悔しそうに笑ってわざとらしく睨む。ここに来た当初よりも、表情が豊かになったように思うのは気のせいだろうか。
きっと、こんな日々も悪くない。
生きてさえいて、静かにデオダといられるなら、それだけでも……。
その矢先、一階からドカドカと複数の足音が近づいてくる。
やけにうるさいし、この時間にそんな大勢が部屋に来る用向きなど思い当たらない。そもそも屋敷内でそんな無作法な音を立てる者などいるはずない。
デオダがサッと立ち上がり俺を庇って背に隠し、腰のレイピアに手を掛ける。
ダンダンと強いノックをして、返事も待たずすぐさま扉が開かれ入ってきた男たちは十人以上だった。
「エドゥアール王子ですね」
デオダがレイピアを抜いて男たちを睨みつけ、代わりに聞いた。
「誰だ、貴様たち」
「バグラドール派兵団です。王宮に続き、こちらの屋敷も我々が警備いたします」
王宮に続き、だと?
そんな話は聞いていない。本当ならいつの話だ?
そういえば……王宮との連絡が遅れがちになり、最近はほとんどなかった。
まさか本当に。
「こんな時間に些か無礼ではないか。それに我々はそんな連絡は受けていない」
デオダが噛み付かんばかりに威嚇している。
「時間? こんな時だというのに随分優雅なお考えで結構なことだ。ところで貴殿は何者か」
「俺は殿下の護衛だ」
「ではこれでお役御免だ。ご苦労だった、新しい仕事でも探すんだな。剣をしまってもらおうか」
この狭い部屋で俺を守りながら傷付けずに闘えるのか、デオダが思考を巡らせているのが分かる。
俺のために人なんか斬らせたくない。闘技場でだって実際には斬らなかったはずだ。
そのために連れてきたはずなのに、今はもうそれを望まない。人を斬るか斬らないかなんて、考えさせたくない。
ここまで付き合わせた。
デオダにはこれからの人生がある。これ以上は、いけない。
「良い、デオダ。王族とはこういうものだ、覚悟はしていた。お前を付き合わせて悪かったな。ここで別れだ。お前の幸運を祈る」
目の前のデオダの顔に、みるみる絶望が浮かんでくる。
「そ、そんな……嫌です。私は、ずっとお仕えすると、必ずお守りすると—— 」
「早く出ろ。おい、連れ出せ」
一人が俺を押さえ、他の全員がデオダを部屋から追い出す。
「やめろ! 殿下に触るな!」
誰かがテーブルにぶつかって、チェスの駒が辺りに飛び散った。
背筋を伸ばして立ちデオダに微笑んで見せると、自分が小首を傾げていることに気づく。
ああ、これか。デオダの言っていた俺の癖というのは。
そういえば、花とか美術品とか好きな物を見つめる時、よくこうしているような気がするな。
そんな顔をしないでくれ、デオダ。
これが最後になるなら、せめて俺の笑顔を覚えていてくれ。




