11 情勢
デオダが気遣わしげにこちらに視線を送る。恐らく指示を待っている。
俺にこの話を聞かせたくないんだろう。今日はこういう意見を拾うのが目的だったんだが。俺よりデオダが苦しそうにしているので、時間も遅くなってきたことだし切り上げるか。
「では、今日はそろそろ—— 」
「きゃあーーっ!」
突如、一階から叫び声がする。
見下ろすと、酔っ払い同士の喧嘩が起こったようで、野次馬も次々に参加し、店員が奥へ引っ込んでいくところだった。
デオダと目を合わせ、席を立つことにした。
二階席にいた護衛と合流し階段を降りる。一階にいるはずの護衛はこの混乱で姿が確認できない。
「このまま外へ」
デオダは敢えて落ち着いて声を掛け、速やかに出口へ向かう。
外はまだ街灯が点かず、やけに暗いままだった。
馬車の待つ方向へ早足で歩き出す。
すると前の通行人が行き先を塞いだ。暗くて顔が見えない。
避けようとすると、それも邪魔してくる。
気付いて咄嗟に踵を返すと、後ろにも別の男たちがさりげなく道を遮った。
「お前か」「お前だろう」「そうだ、お前だ」
ぞっとして体を硬直させてしまったが、デオダと追ってきた護衛二人とが囲み、抱き抱えるようにして馬車に乗せた。
「大丈夫ですか」
「ああ……」
今回は流石に動揺を隠せなかった。心臓が苦しいほど激しく鳴っている。
彼らは明らかに自分を王子と確信して狙いに来た。どこから把握されていて、誰が一味だったのかも分からないし、狙う理由も不明のまま。
ただ、単なる強盗なら身分を確認する必要はなかったはず。
街には王族に恨みを募らせている奴らが確実に存在する。
それは、そう少なくない数であり、場合によっては徒党を組む。それが今日証明されてしまった。
「殿下……、差し出がましいようですが、しばらくの間、少し公務を厳選されてはいかがでしょうか」
「……そうだな」
姿勢を低くしてデオダの膝に頭を寄せたまま少しの間考え、諦観して答えた。
空き瓶の投擲は偶然だったとしても、今回は身分を狙っての襲撃。どちらも怪我がなかったとは言え、もう外出を控える段階まで来ていることは認めざるを得ない。これ以上は護衛たちにも負担が大き過ぎるだろう。
***
あの日以来、外出は二日に一回程度になった。
屋敷に客を招くのもぱたりと止めた。防犯上の心配でカーテンも碌に開けず、日中はほとんどの時間を執務机に向かって過ごし、あとは時々側近たちと会議するぐらいだ。
部屋の前に一人、廊下の両端と階段前にも一人ずつ。警備はますます厚くなった。
パンとポタージュの昼食を黙って食べ進めながら、ふと視線を投げると、いつもの通り凛とした顔のデオダがいる。
気配を消しているので、本当にいるか時々確認したくなるのだった。
いや、いるのは分かっている。そうではなく、時々その顔が見たくなるのだ。
今や数少ない慰めのうちの一つとなり、変わらぬ態度が落ち着きを取り戻させてくれる。
俺は決して社交が好きなわけではなく、職務として淡々とこなしてきた。だがそれがここに来て控えざるを得なくなった。
しかしそうなると、自分の役割が何なのか、皮肉にもいよいよ不安になる。
治安が悪化し経済状況が悪くなると、まず最初に削られ始めるのは、芸術、教育、医療、福祉。
それはまさに俺がライフワークとしている分野そのものだった。
各団体や関係者も、今は相談も陳情も難しいと諦め、どこも様子見をしている。
それがまるで、自分が必要なくなったようにすら感じてしまう。
迷った時は、国民に寄り添って……。
こういう時こそ必要でもあり、支援を絶やしてはならない分野だ。余裕がある時だけ支援すればいいわけではない……。
「……行きたいところがある」
「殿下、ようこそ。いつもありがとうございます」
迎えてくれた若い施設長が、改めて挨拶をする。
「このような格好ですまないな。最近少し物騒なんだ」
今日は肌にも髪にも煤とインクをしっかり叩き込み、変装の出来は上々だった。よほどの知り合いでない限り見破れないだろう。
これならどこへでもほぼ自由に行ける。今は見てくれを気にしている時ではない。
一番先に切り捨てられやすい、一番弱い立場の者たち。それを考えた時、この児童養護施設が候補の一つに上がった。他にも周りたいところがいくつかある。
「近況を聞きたかったんだ」
「はい、実は燃料の手配に苦慮しております。今はまだしも寒期に料理や暖房が立ち行くのかどうか」
ガス工場や炭鉱でもストライキが起こり、コンロやストーブが安定して使えないらしい。そのせいで薪の買い占めも起こり入手困難になっていると言う。
最近は街灯までも点かないことが増え、夜間はみんな基本的に出歩けなくなっている。襲撃のあった日、街が暗かったのもそのためだったらしい。
「なるほど。それが第一優先だな」
打ち合わせを終えると速やかに部屋を出る。
「殿下は、子供たちとはお会いにならないのですか?」
定位置である左斜め後ろにいたデオダが呟く。
「しない。この子供が可愛いとか、あそこの研究者が不遇だ、とか私情を挟むわけにはいかないからな。俺は誰に対しても平等でなければならない」
「少しぐらいは……」
廊下の先で待っていた子供たちに、ふと足を止められた。
「……ほら言えって。決めただろ。ほらっ」
「……」
恐らく俺に何か言う役目だった幼い少年が真ん中に立って、隣の少年に急かされている。どうやらいざとなったら何も言えなくなってしまったらしい。
子供たちの前にかがみ込むと、少年は背中に隠していた、野花で作った冠を渡した。
「……あの、お花、女の子みたいだけど、王子様は綺麗だから、似合う……ます」
「俺にくれるのか。綺麗だ、ありがとう」
思わず笑顔になった。すると少年たちは、ぱあっと花が咲いたように一斉に笑った。
ふと振り返るとデオダも黙ってかがみ込んでいた。
目線は子供たちではなくこっちに向いていて、その表情が思いがけず真剣だったのでどきりとした。




