【第2章】からくり興行一座の誤解
最新技術は昭和の空の下で『魔法』に変わる。
大型連休の初日。渋滞を避けて穴場へ向かうはずが、窓の外には見知らぬ景色が広がっていた。
「駿。これ、完全にやばいな」
「そうだな。とりあえず、カーナビが全く機能してないのはわかる」
運転席の駿がダッシュボードの画面を何度叩いても、画面に表示されるのは「圏外」の文字だけである。最新の電脳デバイスに搭載されている0570スキャナーを起動しようとしたが、そもそも通信電波そのものが空中に存在していない。携帯電話のアンテナピクトは完全に死んでおり、現代人にとっては絶望的とも言える通信不能の環境がそこにあった。
外に広がるのは見渡す限りの緑だった。舗装すらされていない赤土の砂利道が続き、両脇には背の高い木々が生い茂っている。どこまでも濃く迫ってくるような深い緑が、外界から完全に隔離された空間であることを主張していた。そして何より異様なのは、現代の騒音が一切ないことだ。車の走る音、遠くの飛行機雲、工場の稼働音すら聞こえない不気味なほどの静寂が辺りを支配している。
「どうすんだよこれ。帰りのガソリンだって限られてるのに」
「まあ焦っても仕方ないだろ。とりあえず現状把握からだ」
凪はため息をつきながら、背もたれに深く体を沈めた。
その時、ダッシュボードから電子音が鳴り響き、制御AIのDoyaがパニック状態からなんとか復帰した。
「皆様! システムの再起動が完了しました! ご心配をおかけしましたが、僕の演算能力に狂いはありません。ええ、この僕にかかればどんなトラブルも朝飯前ですよ!」
自信満々かつ慇懃無礼なトーンで息巻くDoyaだったが、二人は冷ややかな視線を送るだけだった。
と、その時である。ワゴンの少し離れた木陰から、ガサリと草木の擦れる音がした。
二人がそちらに目を凝らすと、色褪せた野良着を着て、頭に手ぬぐいを巻いた老人が立っていた。彼はワゴンの白いボディをじっと見つめ、腰を抜かすようにその場へへたり込んだ。
「……う、うわあぁっ! な、なんじゃこの白い大層なものは……! こりゃあ、でっけぇ弁当箱がこんな山の中に転がっとるぞぉ!」
老人が目を丸くして震えている。その声は静かな山村に響き渡った。
それを聞いた凪は目を細めてダッシュボードの駿を見た。
「俺のこだわりの流線型ボディが、このじいちゃんの目には弁当箱に映るのか……?」
「ははっ、まあ無理もないだろ。この時代にこのデザインは宇宙船みたいなもんだしな」
「はあ……なんか、色々と脱力するわ」
そこへ、Doyaがディスプレイに勢いよく飛び出してきた。
「皆さん、お待たせしました! 僕がこの時代の言語を最適化しましたよ! どんな状況でも、僕の完璧なプロトコルがあればコミュニケーションは万全です!」
そう言い残すと、Doyaは外部スピーカーのスイッチを勝手に操作した。ワゴンの屋根に仕込まれたスピーカーから、突如として大音量の音声が響き渡る。
「我々は、はるか東の都より参った、からくり興行の一座である! 驚くには及びませんよ!」
「からくり……? 狐の嫁入りか!?」
老人はわけもわからず「お、お化けが出たーっ!」と叫びながら、さらにパニックになって逃げ出そうとする。
「ちょっと待ってくれ! スピーカーを切れ、Doya!」
「えっ、僕の最適化は完璧だったはずですが!?」
バタバタと車内で二人が騒ぐ中、もう一つのディスプレイが静かに起動した。Geminiの冷静なトーンが車内に響く。
「お二方、落ち着いてください。この時代において、甘味などの糖分は希少価値が高いとされています。外部からの訪問者に対する警戒を解くために、糖分を用いた交渉をおすすめします」
「なるほど。甘いものか」
凪は立ち上がり、奥行き20センチのスパイスラックの隣に設けられた小さな隠し棚を開けた。そこには、二人が試運転用に持ち込んでいた高級羊羹が丁寧にしまってある。凪はそれを一つ手に取ると、ゆっくりとワゴンのドアを開けて外へ出た。
「あの、驚かせてすみません。怪しいものではないんです。これ、もしよろしければ……」
凪が羊羹の包みを開けて差し出すと、老人はおそるおそる近づいてきて、その匂いを嗅いだ。
「こ、これは……小豆のいい匂いがする……。う、うまい。こんな甘いもん、わしは初めて食ったぞ……」
老人は目を輝かせ、驚きと感動で両手を合わせている。
「お前さんたち、ただ者じゃないな。天人様だ! こっちへ来なさい、集落の者たちに紹介してやる!」
二人が言葉を交わすより早く、老人はすっかり警戒を解いて笑顔を見せ、集落へと続く細い道を手招きした。凪と駿は顔を見合わせ、仕方なくワゴンの鍵を閉めると、その後に続くのだった。




