~マンション(共同住宅)の物語 其の1 「クレーマーへの怒り・憎しみ」
安仁屋さんの狂気に満ちたクレームは、井川携帯から、
支店代表電話へと、矛先が変わった。
支店に戻ると女性社員が安仁屋さんにどれだけの時間を
奪われたか、精神的にどれほど嫌な思いをしたかを
朗々と語ってきた。
余り深く物事や状況を見ないベテラン管理職が言った。
「井川、支店に迷惑かけるな。お前の客なんだから、
お前が防波堤になれ!いいな。」
と、女子社員に聞こえるように言い放った。
井川は「この口先番町のパワハラ野郎め!」そう心の中で
思いつつ「わかりました。ご迷惑おかけしました。」と
大人の対応で返した。
すると、違う上司、女子社員の直系上司が来て、
「井川、あの客どうにかしろよ!仕事にならんじゃないか!」
と畳みかけて来た。
外から帰って来て、まだ上着も脱いでいないのに、疲れて
クタクタで戻ってきているのに、内輪からもこんなに叩かれる。
井川は、一層、安仁屋さんが憎くなった。
自分や、支店に、迷惑な電話をし続けてくるのは安仁屋さんだ。
しかし、周りは皆、井川を睨む。
井川の胃潰瘍が疼きだし、全身を軋ませ始めていた。
何とか上着を脱ぎ、席に座り、机のうえの大量の郵便物と
開けば数十件は間違いなく届いているメールを開くのを
少し後にして、井川は傷む腹部を手で抑え、痛みと軋みが
鎮まるのを待った。
雑念を払うため、暫し頭の中でBachのゴルドベルク
変奏曲BWV988アリアを鳴らしながら、落ち着こうとして
いた。
そうでもしない限り、ふつふつと煮え始める安仁屋さん
への怒りや憎しみが抑えられなくなり、胃のポリープが
破けて血の海になり兼ねないからであった。




