~マンション(共同住宅)の物語 其の1 「自命優先」
もう獣すら恐れをなすようなまでに自らが獣に貸した安仁屋さんを止めるものは、もう、いない。
捕まれば右手に掴んでいる千枚通しでメッタ突きになるだろう。
そして、精神鑑定で大した罪にならず、でてくるのであろう。
亭主は考えた。逃げながら考えた。
「今、一番大事なものは?」
「命、自分の命!」
「ならばどう守る?」
「とことん逃げ切るしかない!」
もう、西宮の人通りの多いところまで、どう走ったか記憶にないが、命からがらとは、まさにこのことなんだろうと、ふと思う余裕が少し出て来た。
その慌てた逃げっぷりは、見知らぬ人のスマートホンによって録画され、「逃亡者IN 西宮」と題して拡散された。
亭主は、後ろを振り返り、慎重に2度、3度振り返り、安仁屋さんの姿が見えなくなり、そして、奇異の目で見られながらも、人が多くいる今の場所に、やっと安堵した。
「さぁ、この後、どうしよう。」
そう思い冷静さを取り戻すと、安仁屋さんに殴打され、腫れあがっている頭部が痛みだした。
「まずは病院に駆け込むべきか、警察に保護を願うべきか。」
そんなことを考えながら、橋の真ん中で座っていると…。
ずっと眺め、気にしていた背後と、逆方向から、目は10時10分、眉は11時5分に吊り上がった、この世のものとは思えぬ形相の女が、左足の脛から血を流しながら走って来た。
「ま、まさか!」




