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第七章:弦の歪み

第7章です。道場に残るトウジとユウセイ。かつて全国を揺るがした「第十の弦」のトラウマと、壊れた主将の覚悟が激突します。




雨は上がっていたが、夜の湿気が道場の空気を重く、息苦しいほどに淀ませていた。合同練習が終わってから一時間が経過し、ミナト、ダイコ、イツキはすでに帰路についていた。しかし、部分的な照明に照らされた射場には、未だに二つの影が残されていた。


トウジは引き違い窓のアルミサッシを拭いていたが、その視線は後方のベンチに腰を下ろしている人影に固定されていた。ユウセイは斜め掛けのバッグを脇に置いたままそこに留まり、床の磨き上げられた板面に映る自身の影をじっと見つめていた。


「帰らないのか、ユウセイ?」

トウジは掃除用の雑巾を片付けながら、静寂を破った。

「急行の最終電車が二十分後に通り過ぎるぞ」


ユウセイは動かなかった。その鋭い瞳は冷たく、細められたままだった。

「君が毎日の脳内モノローグを終えるのを待っていただけさ、主将」

ユウセイはゆっくりと立ち上がった。その鋭利な声が誰もいない空間に響く。彼は弓立てへと歩み寄り、驚いたことに、誰もが触れることを躊躇うほどの強い弓力を持つ、黒い竹弓を手に取った。

「今日、あの三人の阿呆が古い木を磨いているのを見ていた。あいつらは本気で、弓道が努力や若者の結束で成り立っていると思っているらしい。滑稽だな」


トウジは射位の段差から下り、弓道着の襟を整えた。

「あいつらの努力は、死んでいた弓に命を吹き込んだんだ、ユウセイ。それは滑稽なんかじゃない。誇りだ」


「誇りで的は射抜けないよ、トウジ!」

ユウセイが切り返した。いつもの冷笑的な無関心は消え去り、剥き出しの攻撃性がその声に火花を散らせていた。彼は左手で黒い弓を掴み、その指先は凶暴な力で握りを締め上げていた。

「弓道は残酷なスポーツだ。何年もかけて準備し、身体の全細胞を一列に整え、完璧を追い求める……。それなのに、たった一秒で、弦は弾け飛ぶ。弓は粉々に砕け散る。そして、すべての尊厳が何千人もの観客の前でゴミ箱へと投げ捨てられるんだ」


トウジは一步前に進み、ユウセイの肩にみなぎる緊張を凝視した。

「二年前の中学選手権の決勝のことを見ているんだな。……『第十の弦』だ」


ユウセイは歯を食いしばった。その瞳には、何ヶ月もの間押し殺してきたトラウマが激しく燃え盛っていた。

「僕の会(かい)の瞬間、全国タイトルを確実にするはずの最後の一射で……僕の弓の弦は、完璧に断裂した。その音はまるで銃声のように響き渡った。矢は射場を外れて飛び去り、僕の左肩は反動で脱臼した。あの日、僕は理解したんだ。木やグラスファイバーはお前の才能なんて気にしてくれない。それらは壊れる。人間も、壊れるんだ」


ユウセイは強い弓力の弓を、乾いた衝撃音を立てて弓立てへと投げ戻した。

「だから、君たちの努力が滑稽だと言うんだ。お前は早気に苦しみ、脳が自分の指先をサボタージュしている。それなのに主将面をしてチームを率いようなんて、無理がある。お前はすでに擦り切れた弦をさらに引っ張っているんだよ、トウジ。地方大会で、お前の顔の前で派手に弾け飛ぶのがオチさ」


その後に訪れた沈黙は重かった。ユウセイの言葉は棘のある矢のように、トウジの最大の弱点を正確に射抜いていた。主将は胸が締め付けられるのを感じ、脳裏で早気の亡霊が、ユウセイの言う通りだと囁いていた。自分は壊れた主将だ、と。


しかし、トウジは退かなかった。彼はさらに一步前に踏み出した。手を伸ばし、自分の使い込まれた弓を掴む。彼の姿勢は真っ直ぐで、その表情は微動だにしなかった。その瞬間の彼からは、決して屈することのない主将としての圧倒的な風格(アティチュード)が放たれていた。


「お前は一つ勘違いをしているよ、ユウセイ」

トウジの声は低く、深い芯を持って響き、冷徹な神童を怯ませた。

「弓の弦は確かに切れる。人間の肉体は狂い、精神はパニックを起こす。僕の早気がその生きた証拠だ。僕は一射ごとに、自分の脳と戦争をしている。それは地獄さ」


トウジは弓を掲げ、一本の矢も番えずに、完璧な足踏み(あしぶみ)の姿勢をとった。ただ、空気を引き絞るように。

「だけど、『第十の弦』ってやつは、木材の脆さのことじゃない。俺たちのレジリエンス(回復力)の限界のことだ。弦が切れたなら、弓を捨てるんじゃない。畳の上に座り、新しいケブラーの弦を取り、蝋を塗り、もう一度結び直すんだ。指先から血を流してでもな。イツキも、ミナトも、ダイコも馬鹿じゃない。俺たちが不調な連中の集まりだってことは分かっている。それでもあいつらは、俺と一緒にこの木を握ることを選んだんだ」


トウジは弓を限界まで引き分けた。空の弦が彼の頬をかすめる。彼は会でそれを保持した。一秒。二秒。三秒。焦燥の圧力に筋肉が激しく震えていたが、彼はその動きを維持し、純粋な決意に燃える目でユウセイを睨み据えた。


「俺は壊れているかもしれない、ユウセイ。だけど俺は、地方大会の最後までこの弦を引き絞り続ける。もしお前がベンチに座ったまま、俺たちの崩壊を見物したいと言うなら、好きにすればいい。ただ、これだけは覚えておけ。俺たちはあの射場で、お前が耳を塞ぎたくなるほどの大音響(ノイズ)を響かせてみせる」


トウジは制御された所作で姿勢を崩し、ゆっくりと弓を下ろした。


ユウセイは固まっていた。主将を見つめる彼の顔から、皮肉の影は完全に消え去り、衝撃と、必死に隠そうとしていた不承不承の敬意が混ざり合った複雑な表情に変わっていた。彼は指先でショルダーバッグの紐をきつく締め直すと、一言も発することなく出口へと歩み去った。


ガラッ。


引き戸が閉まり、ユウセイの足音は学校の暗い廊下へと消えていった。


トウジは息を吐き、少しだけ肩の力を抜いた。彼の両手はまだ震えていたが、このチームの歪んだ弦は、ほんの少しだけ真っ直ぐに修正されたように感じられた。あの神童の心に、自分たちの覚悟が確かな痕跡を残したことを、彼は確信していた。


弓道は依然としてエゴの衝突の場だったが、今やユウセイの冷徹ささえも、彼らの放つ熱量によって試され始めていた。


地方大会は目前に迫っており、彼らは限界を打ち破る準備を整えていた。


(第七章 終わり)


第7章、二人の静かな決闘を楽しんでいただけましたでしょうか?

皆様の応援コメントやポストが何よりのモチベーションになります。ハッシュタグ「#カクヨム」「#なろう」での感想もお待ちしております!

公式X: @Sora_no_TENKAI


本日のラスト、21時には合宿編が始まる第8章が公開されます。最後まで駆け抜けましょう!


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