第十六章:二十八メートルの射座
毎日3話公開の4日目、お昼の更新となる第16章です。運命の三位決定戦。二十八メートル先にある巨大な的の壁「万代」を前に、五人がそれぞれの覚悟を胸に射座へ並びます。
総合地方体育館の高いガラス窓から、冷たく淡い朝の光が差し込み、三位決定戦という大舞台を照らしていた。畳と汗の匂いは空気そのものに染み付いているようだったが、弓道部の五人のメンバーにとって、満員になりつつある観客席の喧騒は、すでに遠い残響に過ぎなかった。
彼らの前方、二十八メートル先にあるメイン射場。そこには、白い紙に同心円の黒い線が描かれた的をがっしりと繋ぎ止める巨大な構造体――万代――がそびえ立っていた。あの三十六センチメートルの紙切れこそが、部の消滅と、永遠の栄光を分かつ唯一の境界線だった。
第四射線。五人の少年たちは静寂の中で一列に並んでいた。ソラ・ハチマキは連盟の深い紺色の袴に腕を組み、横から彼らの構えをじっと見つめていた。もはや純粋な技術の問題ではなかった。これは、プライドの戦いだ。彼らはそれぞれ、己の内に棲む悪魔と確信を胸に、的を見据えていた。
イツキが一步前に出た。大前の射座を占める。彼は、あの寂れた道場で、震える指先で自ら巻き付けたあの革の握り皮を見つめた。脳内のモノローグは、もはやネットの拡散のことではない。全校生徒の前で無様に失敗する恐怖のこと death でもなかった。
(俺はこれまで、真剣にやって傷つくのが怖くて、何でも冗談半分にして生きてきた)イツキは足の裏を床に据え、力強く確信に満ちた足踏み(あしぶみ)を開きながら考えた。(だけど、トウジの弓道は、血の汗を流してでも守る価値があるものを見せてくれた。俺が最初の弦だ。俺の役割は、このチームの士気を最高潮までぶち上げること。俺がこのショウの流れ(リズム)を決定してやる)
彼の後ろで、ダイコが人差し指で眼鏡の位置を直した。固定された瞳からは、あらゆる空間的雑音が排除されていた。
(物理学において、カオスとは宇宙の基本原則だ)ダイコは沈黙の中で思考を巡らせ、ミリ単位の調子で幾何学数式を処理していった。(風、湿度、筋肉の疲労……それらは制御不能な変数だ。しかし、このチームは、僕がその正当性を証明すると決めた数学的定数だ。僕の一射は、ただ紙を射抜くためのものじゃない。調和を欠いた僕たちの論理が、完全に正しいと証明するためのものだ。僕がこのアルゴリズムの絶対的な安定度だ)
ミナトが重い一歩を踏み出し、弓道着の下で広い両肩を拡張させた。彼は口元に野性的な微笑を浮かべ、前腕のあの紫のあざを見つめた。
(バスケ部じゃ、誰も俺の怒りの扱い方を知らなくて、ただ暴れて物を壊すだけの厄介者扱いだった)巨漢は獣のような確固たる力で和弓を握り締めながら考えた。(だけどここでは、射線の静寂がこの力を流し込む方法を教えてくれた。俺が布陣のへそだ。この野性的な熱量のすべてを、あの紙切れにぶち込んでやる。体育館中の連中に、俺の矢の轟音を聞かせてやるぜ)
四番目の位置に立つユウセイは、貴族的な冷徹な眼差しを万代へと固定していた。彼の耳の奥では、二年前のあの弦が引きちぎれる幻聴の残響はもう鳴り響いていない。準々決勝で、トウジが背中に当ててくれたあの手の重みが、彼の歴史を完全に書き換えていた。
(木やグラスファイバーは壊れる。人間も、壊れる)ユウセイは考えた。その冷笑は消え去り、純粋なエリートとしての誇り(プライド)に満ちた風格が宿る。(だけどトウジの言う通りだ。『第十の弦』とは脆さのことじゃない。俺たちのレジリエンス(回復力)の限界のことだ。俺がこの学校の技術的切り札だ。射線を完璧にクリーンにし、外科医のような洗練さで、俺たちの主将へ最高の道を整えてみせる。誰にも、俺たちの尊厳を踏みにじらせはしない)
そして最後、大落の射座についたトウジが、静かに目を閉じた。
吸って。吐く。
早気の亡霊は、まだそこにいた。弓を持ち上げた瞬間に、あの臨床的焦燥の引き金を引こうと、皮膚の裏で這いまわっている。だが、トウジはもう、あの暗い道場で一人きりではなかった。彼の前には、一列に調えられた四本の弦の熱量が、確かに脈打っている。彼らは学校の官僚主義から走って上がってきた単なる泥縄の生存者としてこの大会に来たが、今、緑のカーペットの上に立つ彼らは、純粋な王者の風格を放っていた。
(外すかもしれない。脳のスイッチが狂うかもしれない)トウジは目を開けた。主将としての圧倒的な威厳が一瞬で周囲の空気の密度を変える。(だけど、俺がこの部の主将だ。俺の職務は完璧であることじゃない。あいつらが放ったすべての矢の重みを引き受け、最後までその木を繋ぎ止めることだ。この決定戦で、地方大会の連中が二度と俺たちの名前を忘れられないほどの大音響を響かせてやる)
線の係員が白い旗を掲げ、大決定戦の射出開始の合図を送った。
窒息しそうなほどに重い静寂が、体育館全体を包み込んだ。思考の時間は終わった。二十八メートル先で、巨大な的の壁が彼らを挑発しており、五本の弦のチームは今、最大の風格を解放する準備を整えていた。
(第十六章 終わり)
第16章をお読みいただきありがとうございました!五人がそれぞれの武器を握り締め、己の覚悟を的にぶつける瞬間のモノローグが熱い展開でした。
この後、本日の夜19:00には、泣いても笑ってもこれが最後の一射となる第17章「万代」が公開されます。五本の弦が奏でる奇跡の音響をぜひ見届けてください!
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