エピローグ
では、どうぞ
この世界は、アラスカを持った。
一八六七年、ひとつの取引が成立した。それは、滅びゆく政権の最後の意地であったかもしれないし、あるいはひとりの官僚の執念が引き寄せた偶然であったかもしれない。いずれにせよ、その取引によって北太平洋の広大な土地が極東の島国の版図に加わった。
この世界は、北氷道を持った。
石炭が掘られ、金が掘られ、石油が湧いた。没落した武士の子孫が土を耕し、敗れた英雄が秩序を守り、かつての敵どうしが同じ雪の下で肩を並べた。先住民の言葉は失われ、あるいは変容し新たな文化の層が積み重なった。誰かが得たものの傍らに誰かが失ったものがある。歴史とは、常にそのようなものである。
この世界は、天城を持った。
横須賀ではなく、北の工廠で生まれたその艦は、大地震の炎を免れ、太平洋の波を越え、カリフォルニアの空に艦載機を放った。もし天城が横須賀で生まれていたなら、あの朝、サンフランシスコの港は静かなままだったかもしれない。
この世界は、パールハーバーを攻めた。
百八機の一式陸攻が、アラスカの暗い夜明けに飛び立ち、太平洋を越えた。ハワイの朝の空は快晴だった。同じ日、別の海では、別の艦隊が、カリフォルニアの港に砲を向けた。二つの攻撃は同じ日に始まり、世界を変えた。
この世界は、戦争に勝った。
完全な勝利ではなかった。北の大地ではソ連軍が進み、新京の空に赤い旗が翻りかけた。海軍はウラジオストクを焼き、ソ連の極東艦隊を沈めた。陸では負け、海では勝った。講和は、勝利と呼ぶには重すぎ、敗北と呼ぶには軽すぎる結末をもたらした。
この世界は、八咫烏を持った。
その艦は、誰にも知られることなく戦場を観察し、記録し、北極海を渡り、冷戦の海で静かに敵を見続けた。ソ連が崩壊した後、その艦は南鳥島の近海に沈んだ。試験記録には「大型標的艦(詳細不明)」と記されただけだった。皇居の文書庫に、その真実が眠っている。
この世界は、火星に到達した。
北氷道・海湾国の宇宙港から打ち上げられた船が、六ヶ月の旅を経て、赤い惑星に降り立った。人類が初めて地球以外の惑星の土を踏んだ日、ある研究者は東京の研究室で、一枚の古い写真を見つめていた。
もうひとつの世界では、アラスカはアメリカのものである。
北太平洋の大地には、英語が響き、別の歴史が刻まれている。あの取引は成立しなかった。榎本武揚は交渉の席に着かなかった。あるいは、着いたとしてもロシアは首を縦に振らなかった。慶喜は承認しなかった。あるいは、そもそも小栗忠順がその可能性に気づかなかった。いずれにせよ、一八六七年の冬、その取引は存在しなかった。
もうひとつの世界では、天城は横須賀で被災した。
一九二三年九月一日の地震が、建造中の船体を損傷した。天城は空母として完成することなく、その名は歴史の片隅に消えた。代わりに加賀が空母となり、別の艦隊が別の戦争を戦った。
もうひとつの世界では、真珠湾だけが攻撃された。
カリフォルニアの港はあの朝、静かだった。西岸の住民は、遠くの戦争をラジオで聞いた。北からの脅威は、なかった。
もうひとつの世界では、その戦争に日本は負けた。
占領が来て憲法が変わり、軍隊は解体され、高度成長が来て、バブルが来て、失われた三十年が来た。月には旗が立ったが、火星はまだ遠い。
もうひとつの世界では、アラスカはアメリカのものである。
そしてその世界で、ある研究者が、一枚の写真を見つめている。裏に鉛筆で記された日付と場所。写真の中の艦影。答えを持たない問いを、彼は今夜も抱えている。
ふたつの世界の差異は、一八六七年の冬、横浜のある建物の中で交わされた署名に、その起点がある。
歴史とは、そのようなものである。
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