第2話 冷戦の北極海
では、どうぞ
昭和二十年代後半から三十年代にかけて、北極海は世界の中でも最も緊張した海域のひとつとなっていた。
太平洋戦争後の国際秩序の中で日本とソ連の関係は、正常化を遂げることなく、低温の緊張状態を維持し続けていた。北満州における外交的敗北の記憶は、日本の安全保障担当者の間に対ソ不信感として根強く残っていた。一方ソ連にとっても、ウラジオストクの壊滅という屈辱と北氷道に軍事拠点を構える日本の存在は、極東における警戒の種であり続けた。
こうした状況のもと、北極海は日本とソ連双方の海軍が、互いの動向を監視し合う静かな対峙の場となっていた。
私の父(四代目)が、北極海方面の司令官として任務にあたったのは、まさにこの時期であった。昭和二十三年に就任した彼の任務は、北極海におけるソ連艦艇の動向を監視し、北氷道への接近を阻止するための抑止的な存在として機能することであった。
北極海の氷海を、他の艦艇に先んじて進むことができる八咫烏の限定的な砕氷能力は、冬季の対ソ監視において、特に大きな意味を持っていた。通常の艦艇が氷に阻まれる海域においても八咫烏は、先端を丸めて収束させた独特の艦首形状によって、一定の氷海航行を可能としていた。その姿をソ連側は、長く把握できていなかったとされる。
北極海での任務は、派手な交戦とは無縁のものであった。忍耐と緊張の連続であり、敵艦艇が接近すれば後退し、帰投すれば再び展開するという地道な繰り返しが続いた。この任務の記録の多くは、現在も機密扱いのまま解除されていないが、断片的に公開された資料から、その一端を垣間見ることができる。
公開された資料の中に、父がこの時期に記したとされる、短い所感の断片がある。その全文は確認できないが、次のような一節が引用されている。
「北極の海は静かだ。敵も見えない、味方も見えない。ただ、氷と風の音だけがある。この海を守ることが、何のためになるのかを、考える時間だけは、十分にある」
この一節が、本当に父のものであるかどうかを本書では確認できない。だが、この言葉が表現するある種の孤独と問いかけは、この時期の北極海の任務の本質をよく言い表しているように思う。
父が北極海方面の司令官を務めた期間の終わりに、何があったのかは、明確ではない。ある時点から、彼の公式な記録への登場が急に少なくなる。これが任務の性質によるものなのか、それとも別の理由によるものなのかは本書では確かめることができなかった。
ただ、確実に言えることがある。八咫烏という艦は、父が北極海での任務を終えた後も、しばらくの間その役割を続けていたことが、後年の資料から確認されている。そして、ある時期を境に、この艦もまた記録から姿を消している。どこで、どのような形でその役割を終えたのか。それを明かす史料に、本書はいまだ辿り着いていない。
この謎は、私の次の課題として、残されたままになっている。
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