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もし日本がアラスカを手に入れていたら  作者: 如月 愁
第五章 第二次世界大戦

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第8話 秘匿艦

では、どうぞ

 カリフォルニア攻撃から数十年が経過した後も、その作戦に参加した艦艇の全容は、公式には明らかにされていなかった。


 北方艦隊主力の編成と、連合艦隊からの増援艦艇については、戦後の歴史研究の過程で、段階的に公開されていった。天城をはじめとする空母各艦、大和型戦艦、巡洋艦群の行動記録は、昭和三十年代以降、防衛省の史料公開によって、ある程度まで確認できるようになった。


 だが、ひとつの艦だけが、いかなる公式記録にも、その名を現さなかった。


 本書の冒頭で述べた通り、私がこの問題に気づいたのは、祖父母の遺品の中から、一枚の写真を発見したことによる。その写真には天城の艦影の傍らに、見たことのない形状の大型艦が写り込んでいた。右舷と左舷に飛行甲板を持ち、それに挟まれるように、滑らかな曲面の艦橋が立つ、異様なシルエット。写真の裏には、「十六年十二月八日 桑港沖にて」と記されていた。


 この艦の存在を、私が独力で追跡するには、十年以上の歳月が必要であった。


 防衛省の未公開史料、米国立公文書館の旧海軍記録、そして北氷道工廠の建造記録の断片。これらを突き合わせていく作業の中で少しずつ、この艦の輪郭が浮かび上がってきた。


 艦名は、八咫烏。建造は、昭和十年代後半、北氷道工廠において秘密裏に行われた。連合艦隊所属。排水量六万トン級。三胴船型に類似した独特の船体形状を持ち、右舷と左舷にそれぞれ飛行甲板を備え、艦橋をその間に配置した、他に類を見ない設計の艦。艦載機は常用三十機程度で防空戦闘機を主体とし、対空両用砲を前後に装備した、艦隊防空司令艦としての性格を持っていた。


 なぜ、この艦の存在が、戦後も長く秘匿され続けたのか。


 その理由のひとつは、八咫烏が、戦後においても、現役艦として機能し続けたからであった。太平洋戦争終結後、この艦は連合艦隊の管轄から切り離され、北方艦隊に編入された。その後の詳細については、本書の後半で改めて述べるが、ここでは、この艦が北極海における対ソ警戒任務において、ある人物の指揮下で運用されることになったという事実だけを記しておきたい。


 その人物とは、私の父(四代目)である。


 本書の冒頭で述べた、アラスカの実家から発見された写真。その写真に写る、若い頃の父の背景に映っていた艦影は、この八咫烏のものであったと、本書では確信している。開戦の日に、カリフォルニア沖でその姿を記録され、そして戦後、北極海の対ソ最前線で、父の旗艦として機能したこの秘匿艦の来歴は、私の家の歴史と、奇妙に絡み合い続けていたのである。


 コード名Y。大和との混同を意図した、この暗号名が示唆する通り、八咫烏は、その存在を徹底的に隠すよう設計されていた。艦名の由来となった八咫烏は、神話において、先を導く神鳥である。


 ただ、本書を執筆する中で、私はひとつのことを確認した。八咫烏の建造記録の断片の中に、この艦の設計に関わった人物として、ある技術者の名が記されていた。その名前の苗字が、私の家の家名と、一致していた。


 これが偶然の一致であるのかどうか、本書では断定しない。だが、この発見が本書の執筆を単なる歴史的な研究の枠を超えた、ある種の個人的な探求へと変えるものであったことは、率直に認めておきたい。

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