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もし日本がアラスカを手に入れていたら  作者: 如月 愁
第三章 明治政府統治

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第5話 北の工廠

では、どうぞ

 北氷道工廠の設立は一朝一夕に実現したものではない。その萌芽は、第二章で述べた日露戦争期における海軍拠点の整備にまで遡ることができる。


 明治三十六年、海湾国に設置された最初の海軍拠点は当初、補給と哨戒を主な任務とする、小規模な施設に過ぎなかった。だが、その後の北方艦隊の整備・拡充に伴い、この拠点は段階的に機能を拡大していき、大正初期には艦艇の修理・整備を担う能力をある程度備えるに至っていた。


 本格的な艦艇建造能力の整備が具体的な政策課題として浮上したのは、大正七年から八年頃のことであった。第一次世界大戦を通じて、戦艦・巡洋艦から航空機まで軍事技術の急速な進歩が明らかになる中で、海軍省内には本州の既存工廠だけに依存した艦艇建造体制の脆弱性を懸念する声が高まっていた。


 特に問題視されたのは、戦時における本州工廠の安全性であった。本州の主要工廠(呉、横須賀、佐世保など)は、外国海軍の攻撃に対して決して安全な位置にあるとは言えなかった。これに対し、北氷道の海湾国は地理的に本州とは大きく離れており、有事の際にも敵の攻撃が及びにくい立地条件を備えていた。加えて、すでに嶺林国において大規模な資源産業が発達しており、鉄鋼・石炭・石油といった艦艇建造に不可欠な原材料をほぼ現地で自給できるという決定的な優位があった。


 大正九年、海軍省は北氷道工廠の設立を正式に決定した。設立にあたっては、呉海軍工廠から造船・機械の各部門の技術者が、相当数北氷道へと派遣されている。また、北氷道の資源産業に従事してきた地元の技術者たちも工廠の設立準備に深く関わった。


 工廠の建設地として選ばれたのは、海湾国の南部、不凍港に面した一画であった。当時すでに、海軍の修理拠点として機能していたこの場所は、大型乾ドックの建設に適した地形を備えており、また、嶺林国からの資源輸送においても、水運を活用できるという利点があった。


 建設工事は大正十年から開始され、当初計画されていた最初の乾ドック(設計最大長三百メートル)が完成したのは、大正十二年、ワシントン軍縮条約が締結された翌年のことであった。この乾ドックは、当時の日本最大規模のものであり、その建設自体が、国内外の注目を集めることとなった。


 天城の建造が、この北氷道工廠に割り当てられた経緯については、やや複雑な事情がある。


 もともと、天城の建造は横須賀海軍工廠が担当する予定であった。だが、大正九年以降の北氷道工廠の建設計画が具体化する中で海軍省内に、天城の建造を、新設の北氷道工廠の「最初の大型艦建造」として位置づけるべきだという意見が浮上してきたのである。


 この移管案の背景にはいくつかの思惑があった。第一に、北氷道工廠の技術水準と建造能力を実際の大型艦建造を通じて高めるという、実務的な目的。第二に、北氷道という土地がもはや単なる資源供給地ではなく、国家の軍事的な生産基盤としても機能しうることを国内外に示すという、政治的な意図。


 海軍省内での検討を経て、大正十一年、天城の建造は正式に北氷道工廠へと移管されることが決定した。ワシントン条約の締結により、天城を空母として完成させるという方針もほぼ同時期に固まっている。


 かくして、北氷道工廠の最初の大型艦建造事業は、空母・天城の完成を目指すというきわめて重要な使命を帯びることとなった。工廠の技術者たちにとって、これは自分たちの仕事の価値を証明するための文字通りの試金石であった。


 私の祖父(三代目)が、北氷道の海軍兵学校に入学した大正六年はこの工廠設立の動きが、まさに始まりつつあった時期にあたる。幼い頃から、嶺林国の資源産業が急速に発展していくさまを目の当たりにし、また海湾国に建設が進む工廠の槌音を遠くに聞きながら育った彼にとって、海軍という世界はごく身近な現実として、そこにあったのである。

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