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もし日本がアラスカを手に入れていたら  作者: 如月 愁
第二章 委任統治中

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第9話 西南の余波

では、どうぞ

 明治十年、本州において後の歴史に大きな影を落とすことになる、ひとつの内乱が勃発した。世に言う西南戦争である。


 この内乱の発端、経過についてはすでに数多くの研究が存在しており、本書ではその詳細を繰り返さない。ここでは、本書の主題、すなわち北氷道の歴史に関わる範囲に絞ってこの出来事がどのような展開を見せたかを記しておきたい。


 西南戦争の根本的な背景には、明治六年の征韓論政変によって下野した西郷隆盛と、彼を慕う薩摩士族たちの、新政府に対する不満があった。秩禄処分、廃刀令といった一連の政策は士族階級全体の特権と矜持を急速に奪い去るものであり、その不満は西郷の下野以降、鹿児島の私学校を中心に徐々に蓄積されていった。


 史実において、この不満は明治十年二月、ついに武力蜂起という形で爆発し、半年近くにわたる激しい戦闘の末、九月、城山において西郷の自刃をもって終結している。

 しかし、《《この世界》》がたどった歴史においては、この経過に、ひとつの重要な相違が生じている。


 すでに本書がこれまで述べてきた通り、明治初期から、北氷道は、戊辰戦争で禄を失った旧幕府方、とりわけ東北諸藩出身の士族たちにとって、新たな生活の場として機能してきた。この「北方への移住」という選択肢の存在は、当初、薩摩士族とは直接の関わりを持たないものであった。


 だが、明治九年から十年にかけて、この状況に変化が生じ始める。複数の史料が示すところによれば、廃刀令、秩禄処分によって生活基盤を失いつつあった、薩摩を含む各地の士族層の一部が、すでに十年近い実績を積みつつあった北氷道への移住という選択肢に、新たな関心を寄せ始めていたことが確認されている。


 明治九年、統治機構が東京に置いていた出先機関には、薩摩出身者を含む、複数の士族集団から、北氷道への移住に関する問い合わせが、相次いで寄せられていたことが、当時の往復文書から確認できる。


 この動きが、西郷隆盛自身の判断に、どの程度の影響を与えたのか。これについては、史料の制約上、断定的なことは言えない。だが、後年編纂された、西郷の周辺人物による回顧録の中に、次のような一節が見出される。これは、西郷自身の発言として伝えられているものである。


「すでに北の地にて、新たな生業を立てたる者あり。我らもまた、いたずらに兵を構うるより、その道を探るべきやもしれぬ」


 この発言が、いつ、どのような文脈で語られたものか、確たる裏付けは難しい。だが、本書ではこの一節を、西郷自身の中に武力蜂起以外の選択肢への何らかの傾きが存在していたことを示す、ひとつの手がかりとして提示しておきたい。


 結果として、明治十年二月、私学校を中心とする蜂起そのものは、史実と同様に発生している。だが、その動員規模は、史実に比べて、相当程度縮小したものであったと、複数の史料が示している。蜂起に先立つ数ヶ月の間に、相当数の士族が、武力蜂起ではなく、北氷道への移住という道を選んでいたことが、この縮小の主な要因であったと、本書では推定している。


 戦闘は、史実と同様、熊本城をめぐる攻防を経て、政府軍優位のうちに推移していったが、その規模と烈度は、史実に比べて、明らかに小さなものであった。そして、戦闘が長期化する中、明治十年八月、西郷は、残された兵を率いて鹿児島への撤退を進める過程で、政府軍との間に、ある種の非公式な接触を持ったことが、後年の研究によって明らかにされている。


 この接触の詳細については、現在もなお、不明な点が多い。だが、最終的に、西郷は、城山における自刃という結末を迎えることなく、降伏という形で、この内乱に終止符を打つこととなった。


 政府内部では、西郷の処遇をめぐって、再び厳罰論と寛大論とが対立したと伝えられている。だが、すでに榎本の事例があったことも手伝い、最終的に、西郷とその主だった従者たちは、北氷道における治安維持の任に当たることを条件に、その身を許されることとなった。


 明治十一年、西郷隆盛は、自らに従っていた多くの薩摩士族とともに、北氷道へと渡った。彼らの多くは、すでに先行して移住していた薩摩出身者たちと合流し、中部嶺林国から南部海湾国にかけての地域に、新たな生活の基盤を築いていくことになる。


 西郷自身は、現地において、それまで榎本らが組織してきた、簡易な自衛組織を母体とした、より本格的な治安維持機構の整備を任されることとなった。榎本と西郷、かつて戊辰戦争において、互いに敵対する陣営に属していた二人が、この北の大地において、協力者として再会することになったのである。




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