第6話 黒い油
では、どうぞ
石炭層の発見からほどなくして、嶺林国ではもうひとつ、後の歴史に大きな影響を及ぼすことになる資源が発見されている。石油である。
この発見の経緯は、金鉱の発見に比べると、やや異なる性質を持っている。記録によれば、明治十二年、嶺林国北部の湿地帯において、地表に黒く粘りのある液体が滲み出ている場所が、入植者によって発見された。
当時この地に派遣されていたお雇い外国人技師の一人、アメリカ出身の鉱山技師がこの現象に強い関心を示したと当時の調査記録に残されている。彼は本国合衆国における石油開発の動向に通じておりこの滲出物が、原油である可能性をいち早く指摘した人物であった。
彼が統治機構に提出した報告書には、次のような記述が見られる。
「この地に見られる滲出物は、合衆国ペンシルベニア州にて確認されるものと、性質において酷似す。試掘を行えば、相応の埋蔵量を確認しうる可能性あり」
この報告を受け、榎本らは慎重ながらも試掘調査を許可している。当時石油という資源そのものが世界的にもまだ黎明期にあったことを踏まえると、この判断は決して当然のものではなかった。石油の用途は当時主に灯火用の燃料(灯油)としてのものに限られており、後の内燃機関の普及を見越した戦略的な資源としての価値は、まだ広く認識されていなかった時代である。
それでも、榎本がこの試掘を許可した背景には、彼自身が、オランダ留学時代に得た、欧米における科学技術の最先端の動向への理解があったと、本書では推測している。彼は、この黒い液体が、いずれ何らかの形で、重要な資源となりうることを、直感的に見抜いていたのかもしれない。
明治十三年から十四年にかけて行われた試掘調査の結果、嶺林国北部の数箇所において、商業的な採掘に値する規模の油田の存在が確認された。これが、後に嶺林油田として知られることになる、小規模ながらもこの地域における重要な資源産地のひとつとして機能していくこととなる。
ただし、この時点での油田の規模は決して大きなものではなかった。後年の本格的な調査によってより大規模な埋蔵が北氷道の他の地域(特に南部海湾国の沿岸部)においても確認されることになるが、これについては後に改めて述べることとしたい。本話で扱う嶺林油田は、あくまで、この地における石油資源開発の、最初の一歩として位置づけられるものである。
石油の採掘事業は、当初、金鉱や炭鉱に比べると、ごく小規模な体制で進められた。専門的な採掘技術を持つ人材が乏しく、また、当時の輸送インフラの未整備もあって、採掘された原油の多くは当面現地での灯油精製、また機械の潤滑油としての利用にとどまっていた。
しかし、この小規模な油田の存在は、後年、大きな意味を持つことになる。第四章で改めて詳述することになるが、第一次世界大戦期において、この地で蓄積された石油開発の技術と経験、そして何よりも、すでに自前の油田を有しているという事実そのものが、日本がこの地の資源を活用して大規模な軍艦建造に踏み切る際の、重要な基盤のひとつとなっていくのである。
明治十年代の終わりまでに、嶺林国は、農業・林業に加え、金鉱・炭鉱・そして小規模ながら油田という、複数の資源産業を抱える土地へと、その姿を大きく変えつつあった。
この変化は、入植者たちの生活にも、確実な影響を及ぼしていった。初代の家系における二代目もまた、この時期、まだ少年であったと考えられるが、彼が育った環境そのものが、農業を中心とした単純な開拓地から、複数の産業が交差する、より複雑な経済圏へと変わりつつあったことになる。
資源に恵まれた土地は、しかし同時に、新たな課題をも生み出すことになる。それは、これらの資源が眠る土地に、もともと暮らしていた、先住の人々との関係である。
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