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もし日本がアラスカを手に入れていたら  作者: 如月 愁
第一章 統治まで

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第11話 降伏

では、どうぞ

 明治二年五月十八日、榎本武揚は、五稜郭において、新政府軍参謀黒田清隆に対し、正式な降伏を申し入れた。


 この降伏に際してのやり取りについては、すでに広く知られた逸話が残されている。榎本が自らの所持していた国際法に関する蘭書を、後世のために役立ててほしいと、敵将である黒田に贈ったという話である。黒田はこれに対し、酒樽を贈り返したと伝えられており、この一連のやり取りは、後に「敵将に贈られた書」として、戊辰戦争を語る上での印象的な挿話のひとつとなっている。


 戦闘そのものは、ここに終結した。だが、本書がここで詳しく論じなければならないのは、戦闘の終わりそのものよりも、その後に続く榎本ら旧幕府方残党の処遇をめぐる、新政府内部の議論である。


 降伏した榎本以下の幹部たちは、ただちに東京へと護送され、糾問所において取り調べを受けることとなった。当時の新政府内部には、彼らに対する処分をめぐって、大きく二つの立場が存在していたことが、複数の記録から確認されている。


 一つは、厳罰をもって臨むべきだとする立場である。これは、朝敵として武力をもって抵抗した者たちに対し、見せしめとしての厳格な処断を求める、急進派の意見であった。


 もう一つは、彼らの持つ知識と能力を、新政府のもとで活用すべきだとする立場である。これは、特に黒田清隆をはじめとする、薩摩出身の開明派官僚たちの間で強く唱えられた意見であった。黒田は降伏時のやり取りを通じて榎本の人物と見識に強い印象を受けていたとされ、後年榎本の助命と起用のために自ら奔走したことが知られている。


 この二つの立場の対立は、最終的に榎本らが助命され、後に明治政府のもとで要職に就くことになった。


 しかし、本書においては、この処遇問題に、もうひとつ別の要素が絡んでくることになる。それが、北方の新領土の処遇である。


 すでに買収契約は正式に成立し、国際的にも認知された事実として存在していた。だが、その統治を担うべき幕府という政体は、もはや存在しない。新政府は、この広大な、しかも誰も実効的に統治していない領土を、どのように扱うべきか、という、前例のない問題に直面することになったのである。


 この問題をめぐる新政府内部の議論は、当時の太政官文書の中に、いくつかの記録が残されている。明治二年六月、太政官において開かれたある会議の議事録には、次のような発言が記録されている。発言者の氏名は、原本の損傷により判読できないが、議論の内容から、開明派に属する官僚であったと推定される。


「かの北の地、すでに我が国の版図に帰したるは事実なり。されど、これを治むるに足る人材、また経験を、いま我が国のいずこに求むべきか。思うに、榎本以下、かの地の経緯に通じたる者どもをおいて、他になし」


 この発言が示唆するのは、新政府内部において、すでにこの早い段階から、榎本ら旧幕府方の残党を、北方の新領土の統治に充てるという発想が、具体的な選択肢として検討されていたという事実である。


 この発想には、新政府にとって、いくつかの実利があったと考えられる。第一に、榎本らの処遇問題を、処刑でも、単なる放免でもない、第三の道として解決できること。第二に、内戦で疲弊した国内において、新たに広大な領土の統治機構を一から構築するための人員と予算を、即座に捻出する必要がなくなること。そして第三に、榎本自身が買収交渉から委任統治の構想に至るまですでに深く関与してきた人物であり、現地の事情にもある程度通じていると考えられたことである。


 もちろん、この決定が、当初から円滑に進んだわけではない。一部の急進派は、朝敵であった者に、あれほど広大な領土の統治を委ねることに、強く反発したと伝えられている。だが、最終的に黒田清隆をはじめとする開明派の主張が通り、明治二年九月、榎本武揚以下、旧幕府方の主要な人物数名に対し、北方の新領土における暫定的な統治の委任が、正式に決定されることとなった。


 ここに、後世「委任統治」と呼ばれることになる体制が、その第一歩を踏み出すこととなる。


 敗者として裁かれるはずであった者たちが、遠い北の凍土において、新たな役割を与えられる。この巡り合わせを、当の榎本自身がどう受け止めたか、直接の心情を記した史料は乏しい。だが、後年、彼の縁者に宛てた書簡の中に、次のような一文が見出される。


「我ら、戦に敗れたれど、すべてを失いたるにはあらず。かの北の地にて、もう一度、何かを始めることが許されるのであれば、これに勝る幸いはなし」


 この一文をもって、本書第一章「統治まで」の記述を、ひとまず締めくくることとしたい。


 次章では、いよいよ榎本らがこの北方の新領土に渡り、何もないところから統治の体制を築き上げていく、長い苦闘の日々について述べていくこととする。

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