その五 今夜の設定
第一話
従三位 中納言 源 朝臣 淳明 卿、陰陽師 菅原 馨子に生霊を調伏させたる語
その五 今夜の設定
「黙っててくださいね。女が成り行きとはいえ、男のフリしてお役所勤めなんて、ばれた時のお咎めが恐いから」
まったく、『とりかへばや物語』もかくや、という身の上ではありませんか。
「その成り行きとは、いったい?」
つい聞いてみた淳明さまでございます。
「話が長くなっちゃうんだけど、あなたのご用件は後日になさいますか?」
「いえ、わたしの要件を先にしましょう」
「ですよね」
「それでは、わたしは陰陽師に仕事を依頼に来たのですから、あなたを陰陽師、男君とみなし、接してよろしいのでしょうか」
「もちろんです。だから僕が男言葉を使うのも、変に思わないでくださいね。僕って言うの、口癖になっちゃって」
ふふっと笑います。
「承知しました。それでは、わたしはあなたを何とお呼びしましょう?」
「菅原馨子。馨子と」
「菅原 、馨子さん」
この時代、実の名前は名乗らずに、肩書きで呼び合うものなのですが、そうすると誰が誰やらややこしくなるので、ここは名前を名乗っておきましょう。
「では馨子さん。わたしがここへ来た用件に移らせてもらいます」
淳明さまが陰陽師に会って相談したいことは、だいたい文で事前に知らせてあります。
「三条院の邸に、怨霊の気配がする。そういうことでしたね」
「いや、そう言うのは、わたしの母だけです」
「だけ? あなたは何も感じない?」
「ええ、まったく感じません」
断言されて、御簾の中で馨子はくすりと笑ってしまいました。
「そうでした、あなたは怨霊を信じない人でしたね」
淳明さまは小さく咳払いをし、
「母のいうことは信じておりますよ。母が見ておられ、感じておられるのは本物であろう。だがわたしには見えない。ですからわたしはそれを怨霊とは言い切れない。そういうことです」
「ふーん。では、三条院の邸って、どういうところか教えてもらえます?」
「母の実家です」
「今は別のところにお住まいなのですね」
「母の父上、先の大納言は十数年ほど前に他界されました。以来、邸は放置されていたのですが、ちかごろ病を得てすっかり心が弱くなられたのか母が恋しがるので、そちらに移っていただこうと手入れなどしている最中なのです」
「手入れってどのくらいの規模で?」
「傷みが激しいところもあるので、すべて建て直しています。できる限り昔の姿のままを心がけているのですが、母の記憶だけが頼りのため、おぼつかないところも多く、はかどらないのです」
「それで時々あなたのお母様もその邸にいらっしゃり、そして怨霊をご覧になられた。そんなところですか?」
「そうです」
「ふふ、凝っていますね」
ついっ、と床に落ちていた式札たちが立ち上がりました。
「設定はだいたいわかりました」
「設定?」
「じゃ、行きましょうか」
ひゅう、と式札が再び女房姿になり、わらわらと御簾の奥へ姿を消しました。
「それから、僕、この格好のままでいいですか?」
するするっと女房らが二人を隔てていた御簾を上げ、さーっと几帳を脇へずらします。
いまだあれは見間違い、目の錯覚だったかとも思い惑っておられた淳明さまでしたが、そこにいたのはやはり、袴、単衣、袿の3点セットの上にあらたまった場にふさわしい小袿という、りっぱに美しく身を整えた女君です。
「だめだったら急いで着替えます。ちょっと遅くなっちゃうけど」
「いえ、わたしはその姿でもかまいませんよ。しかしあなたは、女君とみなに知られてよろしいのですか? お咎めがこわいとおっしゃっておられませんでしたか?」
「今夜だけの、ただの余興だと思うでしょう」
「そうですか。あなたがかまわないのでしたら」
淳明さまは少し首をかしげながらも、うなずかれました。




