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遺書 その⑨

 授業開始まで、まだ時間のある大学の講義室には、まばらにしか人がいなかった。アイスはその時間を利用して、不思議なノートに、サイパス村の終焉を記していた。


〝人身売買を生業としていたサイパス村だが、人身売買により滅ぶことになる。

 あるとき奴隷として売られるはずだった子供たちが、奴隷商人から逃げだした。奴隷商人はサイパス村の村人に、子供を売って得たお金を返還するように求めた。

 しかし村人は、子供を逃がした奴隷商人の落ち度を責めて、返金を拒んだ。村人も奴隷商人も、互いに一歩も譲らず、両者の対立は深まっていく。

 先に動いたのは村人だった。村人は奴隷商人を殺すことにより、問題の解決を図った。〟


 サイパス村は素晴らしい村だと、アイスはあらためて思う。

 殺人なんてすれば、奴隷商人の母国から報復されるのはわかりきっているのに、そんな常識さえも、サイパス村の村人にはなかった。なぜ彼らは、そんなにも非常識だったのか? それは、彼らの育った村では、殺人が許可されていたからだ。

 殺人が許可される世界。アイスにとっては、まさに理想のユートピアだ。


〝自国民を殺されて、奴隷商人の母国も黙ってはいなかった。なぜ殺されたのかを調査するため、すぐにサイパス村へ兵隊が派遣される。

 村人と兵隊は言い争いになった。村人が刃物を振りあげて、それが戦闘開始のゴングとなった。

 最新式の銃を扱う兵隊に対して、村人は刃物で応戦した。武器に差がありすぎて、それは戦闘と言うよりも、一方的な虐殺だった。わずか一日で、サイパス村は歴史から退場することになる。〟


 忙しい中を縫って、サイパス村の歴史を記してきたが、それもいよいよ大詰めだ。残すはサイパス村が消滅したあとの、村人の行方のみとなった。

 アイスは表情を引き締めると、丁寧に字を書いていく。


〝奴隷商人から逃げだした子供たちは、異国の地で新たな生活を始める。

 サイパス村の村人は外見がよく、高い知性と強靭な肉体を持っていた。その特性を生かして、逃げだした子供たちと、その子孫は、華々しい活躍をすることになる。

 そんな彼らとは対照的に、兵隊との戦闘を生き延びた村人と、その子孫は、暗黒の道を歩んだ。銀行強盗やテロなど、彼らの犯した罪は、枚挙にいとまがない。〟


 ようやくサイパス村の歴史を書き終えた。しかし、記述を終えた満足感や、充足感とは程遠い感情が、胸に湧いてくる。


 アイスの祖先は、兵隊との戦闘を生き延びたサイパス村の村人だ。アイスの体にはサイコパスの血が流れている。まだ19歳のアイスだが、殺人を犯して、つい最近まで女子少年院に収監されていた。


 そんなアイスとは違って、奴隷商人から逃げだした子供たちの子孫は、光にあふれた人生を歩んでいた。その中でも、ケイトの子孫の活躍には、目を見張るものがある。

 ケイトは世界で最も有名な女優の一人だ。ケイトの子孫であるウールも、すでに女優として、映画やテレビドラマに、引っ張りだことなっている。


 アイスは講義室に入ってきた生徒に、冷たい視線を向けた。友達に囲まれて、楽しそうに談笑している生徒がいる。その生徒こそがウールだった。


 元はと言えば、奴隷商人から逃げだした子供たちが悪い。サイパス村で暮らす村人のために、大人しく奴隷として売られていればよかったのだ。そうすればサイパス村の村人が、奴隷商人を殺すこともなかったし、その報復でサイパス村が滅ぶこともなかった。

 怒りのために、アイスの筆圧は自然と強くなる。


〝子どもたちが奴隷商人から逃げださなければ、サイパス村は滅びなかった。サイパス村が滅びたのは、逃げだした子供たちのせいだ。

 私にはサイパス村の呪われた血が流れている。祖先の無念を晴らすためにも、逃げだした子供たちの子孫は、私が作った爆弾で、一人残らず吹っ飛ばしてやる。〟


 野望が現実となったところを想像すると、清々しい気分になった。

 アイスが犯行手記を書く理由は、自分の偉業を後世へと伝えるためだ。センセーショナルな手記は、きっと世界で最も有名な著作物の一つとなる。ケイトやウールの女優活動なんかよりも、真に評価されるべきは私の殺人なのだ。




 アイスは自宅のアパートで、ノートにメモした爆弾の作り方を見ながら、爆弾作りに励んでいた。

 爆弾の作り方を自宅のパソコンで調べたり、作り方をデータとしてパソコンに残しておけば、捜査機関に疑われたときに困ったことになる。検索履歴やデータは削除したところで、簡単に復元されてしまうからだ。


 だから、アイスは偽名でネットカフェを訪れ、そこにあるパソコンを使って、爆弾の作り方を調べた。データとして残さないように、犯行手記を書いたノートに、爆弾の作り方はメモした。


 同じ店で爆弾の材料を買い揃えれば、店員に不審に思われるかもしれない。抜かりのないアイスは、様々な店で、少しずつ爆弾の材料を買い集めた。

 完璧だ。これだけ用意周到に行動したのだから、捕まるわけがない。


 ミスが許されない爆弾作りの最中なのに、つい頬が緩んでしまう。ウールの美しい顔が、血で染まったところを想像すると、楽しくて仕方がなかった。

 陰鬱に笑うアイスの顔が、閃光で真っ白になる。ノートに書いてある通りに、爆弾の材料を混ぜたら、なぜか爆発が起こった。


 爆風に吹っ飛ばされて、アイスは壁に叩きつけられる。しかし、痛みを感じる時間はなかった。爆風で内臓が破裂して、すぐにアイスは命を失ったからだ。

 アイスの美しい顔は血で赤く染まり、その意識は闇へ溶けていった。

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