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遺書 その⑦

「それでは成績優秀者を発表します」


 成績優秀者の名前を、先生が一人ずつ読み上げていく。成績優秀者に選ばれた生徒は、みな目を輝かせていた。彼らはケイトと同じで思いやりがあり、そのせいで村に馴染めず、留学を望んでいた者ばかりだ。まさか自分が奴隷として売られるなんて、夢にも思っていないだろう。

 ケイトは自分の名前が呼ばれないことを祈ったが、その祈りは届かなかった。


「最後の一人はケイトさんです。おめでとうございます」


 ケイトの顔から血の気が引く。なにが、おめでとうだ。その言葉は奴隷に選ばれなかった生徒にこそ相応しい。


「すいません。私は成績優秀者を辞退したいのですが、辞退はできますか?」


 ビクビクしながら尋ねると、にわかに先生の瞳が鋭くなった。


「どうして辞退したいのですか?」

「この村が好きだから、この村を離れたくないんです」


 もちろん嘘だ。本当はこの村が嫌いで、今すぐにでも出ていきたい。奴隷ではなく、留学生としてならば、喜んで村を出ていっただろう。

 先生はケイトのすぐそばまで歩み寄ると、ケイトの耳に囁きかけた。


「火炙りがいいですか? それとも磔がいいですか?」

「えっ?」


 ポカンとするケイトの顔を楽しんだ後、もう一度、先生はケイトの耳に唇を近づけた。


「成績優秀者は、村のために留学しなければなりません。断れば罰として公開処刑です」


 普段は恐くて、目を合わせることさえできない先生の瞳を、ケイトはマジマジと見つめた。先生の瞳は、愉悦で三日月形に歪んでいる。

 先生は嘘をついていない。奴隷にならなければ、私は本当に処刑される。


「……留学します」


 ケイトが消え入りそうな声で答えると、先生は満足そうに頷いた。それから、成績優秀者の顔を順繰りに見回す。


「明日の早朝、留学先の国へ向かう船が、港を離れます。成績優秀者に選ばれた生徒は、今夜中に荷物をまとめておいて下さい。持っていける荷物ですが――」


 先生の声が、ケイトにはやけに遠く聞こえた。




「成績優秀者に選ばれたんでしょ? おめでとう!」


 成績優秀者に選ばれた生徒の名前は、すでに村中に広まっているようだ。自宅のドアを開けるなり、母がケイトに抱きついてきた。母に褒められたのは、生まれて初めての経験だった。


「ありがとう」


 涙があふれた。ケイトが奴隷として売られることを、母は心の底から喜んでいる。母がケイトではなく、金を選んだことが、どうしようもなく悲しかった。

 ケイトが泣いていることに気がついた母は、ケイトを突き飛ばした。


「なに泣いてんのよ! 私の服が、あんたの汚い涙で汚れるでしょ!」

「ごめんなさい」


 つい笑ってしまう。笑顔よりも怒っている顔のほうが、いつもの母らしくていい。


「なに笑ってるの? 気持ち悪いわね」


 母は吐き捨てながら、床にあるボロボロのスーツケースを拾い上げた。それから、そのスーツケースを、ケイトの胸に押しつける。


「出発は明日でしょ? このスーツケースに荷物を詰めなさい」

「わかりました」


 スーツケースを受けとったケイトは、自室に向かう前に、他の家族の反応を伺ってみる。

 父は皮袋から金貨を取りだして、机に並べ、金貨の数を数えていた。金貨に夢中で、ケイトを見ようともしない。あの金貨の数を数えれば、私の値段がわかるのだろうか?


 弟たちだけでもいい。私がいなくなることを、悲しんでくれないだろうか?

 しかし、台所を見渡しても、弟たちの姿はどこにもない。いつもなら台所で遊んでいる時間なのに。


「エビルとハビルは、まだ外で遊んでるの?」

「うるさいから、殺して川に捨てたわ。そんなことより、早く明日の準備をしなさい」


 ケイトは自分の耳を疑った。

 弟たちを殺した? 今、自分の子供を殺したと言ったのか?


「なにボーっと突っ立ってるの? 早く行きなさいよ!」


 母が机の上にあるコップを掴んだので、ケイトは慌てて自分の部屋に駆けこんだ。急いでドアを閉じると、母の投げたコップが、ドアにぶつかって砕け散る音が聞こえた。


 ふらつく足取りで、勉強机の前にある椅子に座る。引き出しからノートを取りだして、いつものようにノートを開いた。


 文字が滲んで読めない。弟たちが殺されたショックで、瞳は悲しみに濡れていた。

 涙を拭いて文字を読もうとするが、すぐにまた涙があふれてくる。いつもの何倍もの時間をかけて、ケイトはノートに書かれている文章を読んだ。


 なぜ弟たちは殺されたのか? その理由がノートに書かれていた。


〝子供を売って、手に入ったお金の9割は、子供の親が受けとる。残りの1割は、他の大人たちが山分けにする。

 大人たちは大金を得るために、好きでもない相手と結婚して、奴隷として売るための子供を作っていた。大人たちにとって子供は、商品でしかない。子供を売って一財産を手に入れた親は、不要となった子供を殺すこともあった。〟


 金が手に入ったから、もう弟たちはいらなくなったというわけか。

 可哀そうな弟たちを、憂いている余裕はなかった。明日は我が身だ。

 奴隷になれば、何年ぐらい生きていられるのだろう? すぐに私も、弟たちのいる所へ行くことになるのだろうか?


 スーツケースに荷物を詰めながら、ケイトは打開策を考えた。

 明日、港を離れる船に乗れば、奴隷として売られてしまう。かといって逃亡しようにも、距離が離れすぎていて、隣の村まで歩くのは不可能だ。もし逃亡したことが、他の村人にバレれば、追手だって放たれるだろう。


 どうにかして逃げる方法はないのだろうか?

 思索に耽るケイトの視線が、本棚の上で止まる。そこに置かれているサラダボウルを手にとって、中を覗きこんだ。中にはピリリキノコの粉末が入っている。


 そのサラダボウルは、猫の命を弄ぶ弟たちから、ケイトが取りあげたものだった。たった二日前のことなのに、ずいぶんと昔のことのように感じる。


 籠に閉じこめられた猫は、ピリリキノコの粉末を吸引したせいで痙攣していたが、一時間もすれば元気になっていた。どうやらピリリキノコの粉末には、生き物を一時的に痙攣させる効果があるらしい。毒に耐性のあるサイパス村の村人には効かないが、それ以外の人間には効果があるはずだ。


 そこまで思い至ったとき、ケイトの頭に脱走のシナリオが思い浮かんだ。もしかしたら、奴隷にならなくてすむかもしれない。

 ケイトはピリリキノコの粉末を袋に移し替えると、不思議なノートと一緒に、スーツケースに詰めた。

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