遺書 その⑤
教壇に立つ先生が、生徒に向けて声を張る。
「それでは成績優秀者を決める最後のテストを行います」
成績優秀者に選ばれた生徒は、海を渡った先にある国へ留学することになっている。ケイトの夢は、成績優秀者に選ばれて、村を出ていくことだ。
成績優秀者に選ばれるために、今まで一生懸命勉強してきた。最後のテストで、その勉強の成果を発揮したい。
「先生、成績優秀者に選ばれた生徒は、どうして村に帰って来ないんですか?」
生徒の何気ない質問に、先生は一瞬だけ真顔になった。すぐにいつもの冷淡な顔に戻ると、生徒の質問に淀みなく答える。
「帰省する時間がないからです。みんな勉強や仕事で忙しいのでしょう」
生徒は納得しかねるようで、先生に質問を重ねた。
「なんで手紙の一つも送ってこないんですか? 手紙を書く時間もないんですか?」
すると先生は、手に持っていたチョークを、生徒に向かって投げた。チョークは一直線に飛んでいき、生徒の額に直撃した。
クラスが笑いに包まれる。もしチョークが目に当たれば、大ケガをしていたかもしれない。チョークを投げる先生も信じられないが、痛がる生徒を見て、笑っている他の生徒も信じられなかった。
戸惑うケイトを置き去りにして、何事もなかったかのように、先生は授業を進める。
「つまらない質問で、テストの開始を遅らせないでください。それではテストを配ります」
先生が前の生徒に、テスト用紙の束を渡す。前から後ろの生徒へテスト用紙が手渡され、すべての生徒にテスト用紙が行き渡ったところで、先生は口を開いた。
「最後のテストは、性格診断テストです。深く考えずに、思いついたことを答案用紙に書いてください。それでは始めてください」
ケイトはテスト用紙を表にした。
〝あなたの両親は喧嘩をしています。喧嘩の原因は、病気になった母親が、料理を作れなくなったからです。夫婦喧嘩を止めるために、あなたならどうしますか?〟
母親が料理を作れないから、両親は喧嘩をしている。それなら母親の代わりに、自分が料理を作ればいい。
ケイトは答案用紙に、〝母親の病気が治るまで、自分が代わりに料理を作る。〟と書いた。次の問題を見れば、似たような問題が続いている。
性格診断テストなんて、初めて受けた。どのように答えれば、高得点が取れるのかわからない。とにかく、すべての回答欄を埋めようと、ケイトは急いでペンを走らせた。
ケイトが帰宅すると、猫を閉じこめた籠の前で、弟と妹が談笑していた。
昨日と同じように、ケイトは弟たちの背後から、籠の様子を伺う。籠の中の猫は、赤い舌を出して痙攣していた。
「あなたたち、猫になにをしたの⁉」
「ピリリキノコの粉をふりかけたの。お姉ちゃんもやってみる? おもしろいよ」
妹がケイトに、ピリリキノコの粉が入ったサラダボウルを差しだした。ピリリキノコには毒が含まれている。これ以上ピリリキノコの粉末を吸引すると、猫は死んでしまうかもしれない。
「そんなことしたら、猫が死ぬかもしれないでしょ? これは没収するからね」
ケイトは妹の手から、サラダボウルを取りあげた。
「なんだよ。つまらねぇなぁ」
弟は横目で父を見ながら、舌打ちした。不満そうだが、ケイトに暴力を振るってはこない。昨日、父に蹴られたことが、よほど堪えたらしい。
猫を逃がしてあげたかったが、そんなことをすれば、弟たちから酷い仕返しを受けるだろう。弟たちは飽きっぽい。三日もすれば、猫から興味を失うはずだ。そのときに猫を逃がしてあげよう。
ケイトは自室に入ると、本棚の上にサラダボウルを隠した。もし弟たちが勝手に部屋に入ってきても、ここなら見つけられないだろう。
新たな書きこみは、あるだろうか? 引き出しからノートを取りだして開いてみる。
〝サイパス村にある学校では、毎年、成績優秀者が発表されていた。
成績優秀者に選ばれた生徒は、海を渡った先にある国へ留学する決まりになっていた。しかし実際には、留学などしていない。留学の話は、大人たちが子供たちを騙すために作った作り話だ。〟
作り話? では、村を出ていった成績優秀者は、どこへ行ったのだ?
〝サイパス村の大人が、このような作り話を作ったのは、奴隷商人に子供を売ったことを、他の子供たちから隠すためだ。
海の向こうにある国へ留学するために、成績優秀者に選ばれた子供たちは、船に乗りこむ。船が陸を離れたところで、船倉に潜んでいた奴隷商人と傭兵が、子供たちを拘束する。
子供を売ったお金で、村人は働かなくても、豊かな生活を送ることができた。干ばつ以降、子供を奴隷として売ることにより、サイパス村の村人は生活資金を稼いでいたのである。〟
ノートに書かれていることを、ケイトは呆然と見つめる。
成績優秀者は海を渡った先にある国へ留学したと思っていた。しかし実際は、大人たちに騙され、奴隷として売られていたようだ。
自分の子供より、お金のほうが大事だって? その考えが、ケイトには理解できない。理解したいとも思わない。
信じがたい話だったが、両親の言動を振り返れば、腑に落ちることもあった。両親はケイトに勉強を強要したり、痩せすぎのケイトを太らせようとしていた。少しでも高くケイトを売りたくて、そのような行動をとったのではないのか?
もし奴隷として売られたら、私はどうなるのだろう? 自分がどんな風に扱われるのかを想像して、ケイトは肩を震わせた。
だいじょうぶ。まだ私が成績優秀者に選ばれたわけでない。
今まで成績優秀者に選ばれるためにがんばってきた。その努力をケイトは呪った。




