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遺書 その④

 教壇に立つ先生は、サイパス村の歴史について講義していた。


「昔のサイパス村の主な産業は農業でした。しかし、画期的なお金儲けの方法を発見して、村人は働く必要がなくなります」


 ケイトは先生の話に耳を傾けながら、サイパス村の過去に思いを馳せる。

 今では、まともに働いている村人なんて、ほとんどいない。先生のように働いている村人もいるが、嫌々働いているような者ばかりだ。昔の村人は、みんな勤勉だったのだろうか?

 先生は生徒たちの顔を見回した。


「画期的なお金儲けの方法とは、なんでしょうか? 答えは出稼ぎです。成績優秀者に選ばれた生徒は、先進国に留学して、卒業後はその国で働きます。彼らの仕送りのお陰で、他の村人は働かなくても生活できるのです」


 優秀な生徒は、村の資金で海の向こうにある国へ留学する。そして学校を卒業した後は、その国で就職して、給料の一部を村へ送金する。

 先進国に比べれば、この辺りの物価はかなり安かった。一人が仕送りをするだけで、かなりの村人が生活できる。これが、この村の大人たちが働かなくても生活できるカラクリだ。


 成績優秀者に選ばれて、出稼ぎに行くことは、非常に名誉なことだとされていた。だが、大人が子供を利用しているようで、ケイトはその制度を好きにはなれなかった。




 ケイトが帰宅すると、他の家族はみんな台所にいた。母は料理を作っており、父は酒を飲んでいる。弟と妹は台所の隅に座って、なにやら楽しそうに話していた。

 ケイトは弟たちの背後に歩み寄った。上から見下ろすと、猫を閉じこめた籠が目に入る。猫はケイトと目が合うなり、牙を剥いて威嚇してきた。


「その猫はどうしたの?」

「僕が捕まえたんだよ。この猫を使って、賭けをしているんだ」

「賭け?」


 聞き返すと、今度は妹がケイトの質問に答えた。


「この猫が何日で餓死するのか、お兄ちゃんと賭けてるの。お姉ちゃんも賭ける?」


 残虐な遊びに、ケイトの背筋が凍った。


「猫が可哀そうでしょ。逃がしてあげなよ」

「だったら、お前が猫の代わりに、籠の中に入れよ!」


 キレた弟は、近くにあったビールの空き瓶をつかむと、ケイトに向かって投げた。

 ケイトの顔の真横を、風切り音を立てて、空き瓶が通過する。背後で空き瓶の砕ける音がした。

 肝を冷やしたケイトだったが、これで終わりにはならない。この家には、弟よりも危険な人間がいた。激怒した父が、ケイトのもとへ駆けつける。


「ケイトの顔に傷がついたら、どうするんだ!」


 父は弟の腹を蹴り飛ばした。


「猫より先に、お兄ちゃんが死んじゃったりして」


 腹を抱えてうずくまる弟を見て、妹は腹を抱えて笑っている。自分で言った冗談が、そんなにおもしろいのだろうか?


「ケイト、お前は宿題をしなさい」


 血走った目で父に睨まれたケイトは、黙って頷くと、自分の部屋へ逃げこんだ。

 宿題をする前に、確かめておきたいことがあった。引き出しを開けて、ノートを取りだす。ノートを開くと、新たな書きこみがあった。


〝サイパス村で呪われた血の選別が始まったのは、サイパス村が干ばつに襲われたときだと言われている。サイパス村の村人は、農業で生計を立てていた。しかし、その年はひどい干ばつに襲われて、ほとんどの野菜が枯れてしまった。

 貧窮した村人に、村の外からやって来た奴隷商人が、悪魔の囁きをした。

「あなたの子供を、私に売らないか?」

 サイパス村の村人は容姿がよく、知性も肉体も優れている。奴隷として申し分なかった。

 子供を一人売れば、他の家族は助かる。

 売らなければ、家族全員が餓死することになる。

 選択肢など最初からなかった。子供を売ることにより、サイパス村の村人は、干ばつから生き延びたのである。〟


 まだ村人が農業をしていた頃の話だから、私が生まれてくる前の話だろう。しかし、そんな話は聞いたことがなかった。


 サイパス村が干ばつに襲われたことも、村人が自分の子供を奴隷商人に売ったことも、今日初めて知った。なぜ村の大人たちは、この事実を隠しているのだろう?

 ノートに書かれている〝呪われた血の選別〟という文字から、ケイトは目が離せなかった。

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