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遺書 その③

 晩ご飯はシチューだった。シチューをスプーンですくうと、黄色いキノコが現れて、ケイトは顔をしかめた。苦手なピリリキノコだ。ピリリキノコは栄養価が豊富で、味も優れているのだが、食後に舌が痺れるという欠点があった。


 できれば食べたくない。しかし残せば、母は怒るだろう。ケイトは我慢して、シチューを口に運んだ。

 なんとかシチューを完食して、ホッと一息ついたところで、空になった皿を、母が持っていった。


「あなたは痩せすぎなのよ。ほら、もっと食べなさい」


 ケイトの前に、シチューの入った皿が置かれた。

 ケイトは小食だ。たとえ好物であっても、二皿目は辛い。苦手な食べ物となれば、なおさらだ。


 シチューから目を上げると、母がケイトを監視している。母に泣き言が通じるとは思えない。

 ケイトはため息を飲みこむと、スプーンを手にとった。無理をして胃に流しこむが、やはり量が多すぎる。だんだんと気持ち悪くなってきて、ついには吐き気を催すようになった。


 これ以上は入らない。残すと怒るだろうが、吐いてしまったら、それ以上に母は怒るだろう。ケイトは観念して、スプーンを置いた。


「ごめんなさい。もうお腹がいっぱいで、食べられません」

「言い訳してる暇があるんだったら、食べなさいよ!」


 母はシチューを手でつかむと、その手をケイトの口に押しつけた。

 むりやり口の中にシチューを押しこまれて、ケイトは吐きそうになる。しかし、母が手で口を押さえつけているため、吐くこともできない。


 目に涙を浮かべて許しを求めるが、母は殺意の籠った視線を返してきた。ケイトはあきらめて、シチューを飲みこんだ。

 シチューで汚れたケイトの顔を見て、弟と妹はゲラゲラ笑っている。


「笑ってないで、お前たちも食べろ!」


 父は弟の後頭部をつかむと、シチューの入った皿に、弟の顔を沈めた。両親は子供を差別することなく、平等に扱っている。その点だけは評価できるかもしれない。

 ケイトは吐き気を我慢して、なんとかシチューをすべて胃に収めた。はち切れそうなお腹を抱えて立ち上がり、汚れた顔を流しで洗う。


 自分の部屋へ戻ったケイトは、そこで驚くべき光景を目撃した。

 机の上にあるノートには、誰も触れていない。それなのに、文字が勝手に書かれていく。まるで幽霊が透明なペンを使って、文字を書いているようだ。


 目を疑う光景に、ケイトは悲鳴をあげる。いったい、なにが起こっているのだろう?

 ハッと思いだして、表紙の裏に書かれたルールに目を向ける。


〝このノートに書いたことは、もう一つのノートにも書かれる。もう一つのノートに書いたことは、このノートにも書かれる。〟


 混乱する頭で、ケイトはルールをなんとか理解した。

 これと同じノートを別の誰かも持っていて、その誰かがノートに文字を書いた。その文字は、このノートにも書かれるのだ。


 ノックもなく、いきなりドアが開いた。ケイトの悲鳴を聞きつけて、部屋に入ってきた母は、隣の家にも聞こえるほどの声量で怒鳴った。


「うるさいわね! ちゃんと勉強はしているの⁉」


 ノートのルールに、ケイトは素早く目を走らせる。


〝ルール1。ノートに書いたことを、ノートの持ち主以外の人間に見られると、ノートは消滅する。〟


 ノートに書かれた文章を、母に見られると、ノートが消滅してしまう。こんな面白そうなノートを、消滅させたくはない。

 ケイトは近づいてこようとした母に、急いで向き直る。


「ごめんなさい。虫に驚いてしまったんです」


 母は大げさにため息を吐いた。


「虫ぐらいで悲鳴を上げないでよ。また悲鳴を上げたら、その虫をアンタの口の中に突っこんでやるからね」


 乱暴にドアが閉まり、母の足音が遠ざかっていく。ケイトは胸を撫でおろした。

 ノートに視線を戻すと、すでに書きこみは終わっていた。ノートに書かれた文章に、ケイトは目を瞬く。


〝サイパス村の呪われた血と、その血を受け継ぐ者〟


 サイパス村は、私の住んでいる村の名前だ。私の村のことを書いているのだろうか?

 同じ名前だが、別の村かもしれなかった。ケイトは真実を確かめるために、文章の続きに目を通す。


〝今から100年ほど前、モル大陸の海沿いに、サイパス村という村が存在した。

 サイパス村の村人は、美男美女ばかりで知性が高く、肉体も屈強だった。その肉体は、ある種の毒に対する耐性を持っていたとも言われている。

 サイパス村の近辺の森では、ピリリキノコという名前のキノコが採れた。キノコには毒があり、常人であれば一本食べれば命を失う。

 そんなキノコに、ピリリキノコという名前をつけたのは、サイパス村の村人だ。彼らにとっては、人を死に至らしめる毒も、舌がピリリと痺れるぐらいだったらしい。〟


 ケイトの住むサイパス村があるのは、モル大陸の海沿いだ。そしてケイトは、先ほどピリリキノコを食べたばかりだ。そのせいで、今も舌が痺れている。

 ピリリキノコが、そんな危険なキノコだとは知らなかった。村の外から来た人には、ピリリキノコを食べさせないように気をつけよう。


 とにかくこれで、ノートに書かれているサイパス村が、ケイトの住むサイパス村だと証明された。

 そうなると、〝サイパス村の呪われた血〟というタイトルが気になる。呪われた血とは、どういう意味なのだろう?


〝今から100年ほど前、モル大陸の海沿いに、サイパス村という村が存在した。〟という文章も気になった。これではまるで、もうサイパス村が存在していないかのようではないか。まさか、このノートに書きこみを行った者は、未来の人間なのだろうか?


 突飛な思いつきに、思わず笑ってしまう。しかし、すぐに笑えなくなった。このノートの不思議な力は、すでに目の当たりにしている。ノートを書いている人間が、未来の人間だったとしても、不思議ではない。


 続きが気になったが、書きこみはここで止まっていた。

 勉強をしながら、ケイトは続きが書きこまれるのを待った。しかし、その日のうちに続きが書きこまれることはなかった。

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