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第98話 宿の夜

 宿に戻り、夕食をとった後は酒を飲みつつゆるりと夜を過ごしていた。窓の外では朧月がまるで怪しげな夜の訪れを告げるように鈍く光っている。

 その光に誘われたのであろうか、静まり返った宿の廊下ではなるべく音を立てまいと歩いてもギシギシと音が鳴ってしまう。


 だがその音は他の客、ライリーの仲間らには気づかれぬようにしなければならない。そう、今宵は久々の楽しい一夜にしたいからだ。

 部屋の扉の前で足音が止まったかと思うと静かに扉が開いた。


「こんばんは。ライリーさん。お待ちかねのお時間です」


 宿の娘がついに部屋にやってきた。ライリーもこういったロマンある一夜は久々なので楽しめそうである。

 部屋に入った娘はそのまま、ライリーの座っているベッドに腰かけ艶のある溜息をしたと同時に甘い誘惑をはじめる。


 廊下を歩いているところを見られても良いようにエプロンをしているがその下には白く魅惑的なネグリジェを纏っていた。

 農作業をしているからか、体は引き締まっておりグラマラスでしっかりとしたハリと柔らかさを併せ持つバランスのとれた体をしている。


 窓から差し込む月明りに照らされた髪は光を通し、より美しい顔をしているのが強調される。そう、まるで後光がさしているかのように輝いている。

 そんな彼女の髪を右手で少し横へ避け、頬に手を当て唇へと吸い寄せキスをした。不敵な笑みを浮かべるライリーと娘はこの時間をもっとしっとりとしたものへとしようと酒を口に含み、それを飲ませる事にした。


「……ねえ、このお酒飲んでいい?」

「もちろん。それは王国で作られたウイスキーだ。飲めばさらに君も艶っぽくなるだろうな」


 そう言うと彼女はウイスキーを口に含み、そのままライリーにキスをする。それと同時に自分も飲み、ライリーも飲んだ。

 スモーキーな香りと魅惑的な甘みが口に広がり興奮によって鼓動が増してくる。ネグリジェを徐々に脱がせていくと頬が徐々に赤くなりつつもさらけ出された体には興奮を禁じ得ない。


 その後は二人ともゆったりとした雰囲気で楽しみつつも激しく楽しむ時間を繰り返した。二人とも久々に興奮が止まらない時間を過ごす。

 しばらくしてお互いに汗で濡れ、部屋もむせるほどとなった。小さい部屋なのでそれもまたいいものである。


 窓を開けると爽やかな夜風が部屋に入り込み、湿気と濃い二人の匂いを薄れさせる。寄り添いつつ窓の外を見ながら満足げな顔をしている二人。


 その姿は前の世界でかつて転勤させられた時にこうなればいいのにと思っていた情景そのものであった。

 普通は行きずりなり何なり、ありそうなものなのだがライリーにはそれがどういう訳か無かった。その頃の話を娘とする事になった。


「ねえ、前の世界でもこんな事をしていたの?」

「こんな事って言うと何だ? 旅先で見つけた女と寝る事か?」


「それもあるけど、偶然見つけた人と寝る? とかかな?」

「そうだなあ。俺は前の世界でちょうどこんな感じの部屋に引っ越さないといけない事が起きてな。働いていたところで別のところへ行けと言われてそこで仕事をしつつ暮らしていた事があった」


「そうそう。そういうところに行くと出会いってあるものじゃない。何回かあったんでしょ?」

「普通、そう思うだろう? その引っ越した先でも似たような事を皆、言っていた。なのに無かったんだよ」


「それはおかしいよね。言っていたのは男だけ?」

「いや。どっちもだったな。男女比も同じくらいだった。しかも年齢もバラバラだったな」


「それ、おかし過ぎない?」

「ああ。おかしい。前の世界では本当に出会いの無さが異常過ぎてな。それらしい出会いがあっても何故か付き合うまで行かなかったり、こうして一夜の楽しみになる事も無かったり、とにかくおかしかった」


「じゃあ、あなたにとってはこの世界に来れた事が本当に良かったんだ」

「ああ。本当に良かった。あのまま前の世界にいたら幸せなんて感じる事も無く朽ちていただろうな」


 ギシ……ギシ……。二人のトークを遮るように急に不穏な足音が近づいて来た。音の軽さからして多分、あの三人だろう。寝ぼけて部屋に入って来ようとしているのかもしれない。

 流石に見られたくはない姿を二人ともしているので衝立を立てて、部屋に入れないようにした。


「おっと、危ない。この宿の扉は鍵がないからね」


 そう言うと彼女は扉に衝立を立てて開けられないようにした。手際が慣れているのでこういう事は商売でしているのか気になったので尋ねてみる事にした。


「随分と手馴れているな。今夜みたいな事は商売としてもやっているのか?」

「え~? それを聞いちゃうの? 私、付き合うならライリーさんみたいな人がいいんだけどな~」


「それはありがとう。俺もあの頃に君みたいな娘と付き合えていたらどんなに救われたかと思う」

「ま、いいけど。商売としてはやってないよ。でもこの村って外から男が来なさそうでしょ? だから結婚できるかもって思った男とはこうして積極的に関わるようにしてるんだ」


「そうなのか。なら健全だな。カセムの方はどうだ? 他にも兵士は何人もいるぞ」

「う~ん。カセムさんはちょっと違うかな。他の兵士の人は似たような人が時々は来るからね」


「そうは言うが俺みたいな転移者はそうそう現れるものではないだろう?」

「うん。私も初めて。だから気になっちゃった」


「まあ、それはありがたいが俺はソフィアと王国でこの先も暮らすつもりなので今夜はいい思い出として終えようと思う」

「なんだ。残念。でも、いつでも気が向いたら来てね。あなたはスローライフを送りたいって感じがするし」


「それは正解だ。王国でスローライフを送ろうと思っていたらこうして魔族領行きになったからな」


 そんな事を小声で話ながら汗も引いたところで窓を閉め、眠る事にした。地平線の向こうの空が僅かに白んで見えたので夜明け近くまで楽しんでいたのだろう。

 明日からは次の村に移動する事になる。王国からの応援は上手くやっていればいいのだが。

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